その女、策士につき
「サンドラ・イメス・ホォーエル…。どうして君がここに?」
自身を取り囲む生徒を払いのけ、目の前に現れた彼女に問いかける。
「ちょっと!ディオ先輩♪私の事は『サンドラちゃん♪』って呼んでくれないと~♪」
「…」
「1♪2♪3♪はいっ♫」
「…サンドラ…ちゃん…」
思わず彼女の言う通り、ちゃん付けで呼んでしまう。
試合中は煽りの意味も兼ねてちゃん付けで呼んだが、いざ学園の中でそんな風に呼ぶのは柄では無さ過ぎる気がしてならない。
「はい♫よく出来ました~♪」
にっこりと笑顔でそう話すサンドラ。
しかし、そんな俺とのどうでも良い会話をしに来た訳では無い筈だ。
俺はサンドラに直接問いただした。
「サンドラ。君がここに来たのは俺とどうでも良い会話をする為じゃないんだろ?」
目を丸くして驚く。
訳でもなく、あっけらかんと答える。
「お昼を食べに中庭に出たら、なんか隅の方で盛り上がっていたの♪面白そう♪っと思って近づいたら、なんと!武棟祭でこの幼気なサンドラちゃんを完膚無きまでにあっさりと打ち破った先輩が見えるではないですか♫」
身振り手振りを交えて、大袈裟な口調で話す。
「ふむふむ、それで?」
「それだけですよ♫」
「…えっ?」
ただ何か面白そうと思い近づき、結構な生徒を払いのけてまで来たのにその先に俺がいたからわざわざ話をしに来ただけなのか。この子は一体何を考えているんだ?
「あ~!ちょっと今『何考えているかわからない奴』とか思いませんでしたか!?」
結構鋭いな。
それとも、そんなに顔に出ていたのだろうか。
慌てて取り繕う様に話す。
「あ、いやそう言う訳じゃない。ただ、君が俺に話しかける事なんて、特に無いと思うんだけどね。接点も特に無いし」
俺がそう話すと少しむくれた顔をして、抗議する。
「私が先輩に会いに来ちゃ駄目なんですか?用が無ければ駄目なんですか?…接点ならりますよね♪武棟祭で唯一、先輩と闘った『女子生徒』は私だけなんですからぁ♪それに私はちゃんと言いましたよ?『今後共よろしくお願いしますね♪先輩♪』って♫」
そう言って片目を閉じてウインクをする。
中々様になっている仕草で、実にこ慣れている感がある。
それに確かにそんな事を言ってた様な、言って無かった様な…。
彼女の話を聞いた上で、失礼を詫びる。
「不愉快な思いをさせたなら詫びる。すまない。それで、これからどうするんだ?たまたま見かけた俺といつまでもここで話をする訳でも無いんだろう?」
俺とサンドラの周りに結構な数の生徒達を見渡しながら、サンドラに話す。
彼女は口元を緩め、クスっと蠱惑的な唇を少し釣り上げた。
そして、左手の掌に右手の握りこぶしをポンッ!とわざとらしく置いて周囲に聞こえる様、大きな声でこう言った。
「あっ!そうだ!先輩♪今から私と付き合って下さいね♫」
一瞬の静寂の後、周囲から驚きと悲鳴の様な声が上がった。
「えぇぇぇぇぇ!?ディオニュースさんと!?サンドラさんが!?」
「…嘘っ!?公開告白しちゃったの!?」
「くそっ!サンドラが邪魔さえしなけりゃ私が先にしてたのにっ!!」
「俺達は…っ!俺達はっ!!うぉぉぉぉぉ…!」
周囲から吐き出された様々な声に動揺する俺とは対照的に、俺に更に一歩近づき、サンドラは悪戯そうに舌を出して小声で話す。
「あ、いけない♫いけない♫先輩、今から私に少しだけ付き合って下さいね♪」
「サンドラ…。君はなんて言い間違いをしてくれたんだよ…。周りの生徒達は完全に誤解してるぞ?」
俺が恨めしげにサンドラに話す。
彼女はそんな周囲の事など気にせず答える。
「そんなの勘違いした人達が悪いも~ん♪」
悪びれる様子もなく、平然と言い放すサンドラ。
思わずこめかみを押さえて、どう対処すべきだろうかと考えた。
そうだ!
と思い出し、俺はこの状況を作り出すきっかけとなった人物達の方へ視線を送る。そこにいたのは、今にもこちらへ飛び込んで来そうなマリーの両脇に手を回し必死に抑え込んでいるメリーアンと、マリーにおいそれと触れる事も出来ずにメリーアンの杖を手に持ち、慌てているロブロイの姿が目に映った。
「…何やってんだか」
「ん?何か言いましたか?先輩♪」
なんでもないよとサンドラに話し、今さっき彼女の口から出た言葉の意味を問いただす。
「で?俺がなんで君に付き合わなければならないんだ?俺はあまり目立ったり面倒な事はしたく無いんだけど?」
少しだけ愛想なく話す。それでもいつもの調子で答えるサンドラ。
「あは♪聞いてくれます?実は次の休日を利用して、ちょ~っとだけぇ~力仕事を手伝って欲しいなぁ~なんて♪」
「却下」
「えぇ~~!?なんでぇ~~!!」
上目遣いにもじもじと身体をくねらせて、お願いをするサンドラだったが俺が出した答えは却下だった。
「なんでも何も、何故俺が君の手伝いをしないといけないんだ?君とそれ程親しい訳じゃない。それに君の事だ、俺よりも多くの友人や頼れる者だっているだろう?」
両手をパンっ!と鳴らし、笑顔で答える。
「じゃあ今から先輩と私は親しい仲って事で♪」
「ならん!」
「えぇ~~~!?」
不満の声を出して、抗議するサンドラ。
しかしどう考えても彼女に付き合う謂れも、必要も無いのだ。
特に予定を入れている訳では無いが、何があっても無くても直ぐにマリーの為に動ける様にはしておきたいのだ。
「…とにかく。俺は君の事が云々では無く、手伝ってやる事は出来ない。君には君の交友関係の中で解決してくれ」
サンドラに諭すように話す。
少しだけ申し訳ないが、大事な事なのできっちりと、はっきりと言う。
彼女を見ると、俯き視線を落としている。
(む…。駄目だ駄目だ。泣き落しは通用しないぞ)
「…どうしても駄目…ですかぁ?」
「うっ…その、他を当たってくれると有難い」
「サンドラちゃんが嫌いだからですかぁ…?」
「そっ、そんな事は言ってない!」
明らかに落ち込んでいる風のサンドラの力無い言葉とお願いにどんどん自分が彼女に意地悪をしている様な錯覚になってくる。どうしたもんかと、困り果てた時に俺とサンドラを巡る状況が一変した。
「…えいっ✩」
どうしたもんだろうと、目を閉じ俺なりに考えていた瞬間。そう、目を閉じた、ほんの一瞬の間だったのだ。
彼女の声が聞こえた次の瞬間には、俺の右手は、とても柔らかい感触に包まれていたのだ。
「…は?」
目を開き、自分の右手に起きている状況を冷静に分析する。俺の右腕は真っ直ぐに伸びていた。痛み等は無い。
更に視線を進ませる。
右手首がサンドラの両手でがっちりと握られている。
中々力強い。
更に更に視線を進ませる。
件の右手だ。
なる程な。
誰がどう見ても、サンドラの胸を思いきり触っている。
いや、正確にはサンドラ自身が手を引いて、胸を触らせたと言った方が正しい。
(…ゴクリ)
唾液を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。冷静に分析した結果二つの答えが導き出された。『俺、サンドラの胸、触った』と言う答えと『俺、サンドラに、謀られた』と言う答え。
ふにょ
「っあん♪」
「わぁぁぁぁ!なんて声を出すんだ!?」
慌ててサンドラの胸に触れていた手を離し、彼女の口を抑える。周囲の生徒達には死角になっている為、俺とサンドラの間で何が起こっているのかまでは、きっとわからない筈だ。
それも見据えての行動だったなら、この女は相当の策士だ。彼女の口を抑えている為、必然的に距離は近くなる。慌てる俺とは本当に対照的に目元に余裕が見える。抑えていた手を下げて、彼女に詰め寄る。
「…っ。一体なんのつもりだ?」
「何がですか♪」
「俺をからかって楽しんでいるのか?」
「まっさか~♪ただただ、か弱いサンドラちゃんはお願いしてるのです。先輩の様な人に、ちょ~~っとだけ力仕事を手伝って欲しいなって♪」
「だからそれは断ると…」
「先輩が私のおっぱいさわっ」
「右手だけ『斬煌の神突』!!」
再びサンドラの口を神突の速さで優しく抑え込む。
「むごぉ~♪むごごぉ~♫」
また右手を下げ、彼女の口元が顕になる。俺の今までの経験上、間違いなく俺は今『後手の後手』に回っていると確信する。
「ぷっはぁ~!先輩酷いですよ~!女の子は乱暴にしちゃ駄目なんですよ♫女の子は柔らかくてとても繊細なんですから♪」
大きく息を吸い込む動作をし、人差し指を突き立て抗議する。最早、目が全力で泳いでいる事くらいには動揺しているであろう俺はついに力無くサンドラに屈する事になった。
「…サンドラ…ちゃ…ん。良ければ手伝わせて…くれないか」
肩を落とし、目の前の策士に屈する。
「うふふ♪サンドラちゃんは、ただの可愛いだけの女の子じゃなかったのでした♪それじゃ、先輩これからよろしくね✩」
サンドラ・イメス・ホォーエルとの、舌戦と言うにはお粗末な内容だが彼女との二度目の攻防は俺の黒星で幕を引いた。




