「…実験は予想通り。…でもあの人は?」
「…では今伝えた様にお願いします」
メリーアンの作戦概要はこうだ。
まず、俺が1人中庭で昼食を取る。
その時に何かしらアクションを起こす者がいれば面白い事になりそうだと。
作戦でも何でも無い様な気がするが、今は置いておく。その際出来るだけ中央で昼食を取る様に提案されたが出来れば隅の方でお願いしますと、俺の必死の懇願により出来るだけ目立たない隅の方で妥協してもらった。
「…意気地なし」
いや、ごもっともで。
俺としても、ここに来てからは奇異の目で見られている自覚はあったが今日感じる感覚は、前以上に何かしらの目で見られている事は確かだ。その上で、こんな実験で見世物にならなければいけないのだ。中庭の隅で、佇む事を懇願した俺は間違ってはいないと思いたい。
「ディオっち、ほらよ。パンと干し肉を貰って来たからよ、これを食べてくんな。あ、後これは水な」
メリーアンの説明を聞いている間、ロブロイがわざわざテイクアウト用の包にいれた昼食を用意してくれた。
ご丁寧に木筒に水まで入れて用意してくれている心遣いが嬉しい。あの紋様の力で出来た紙コップの量では、足らないと思ったのだろう。
「悪いな、こんな事までさせて」
「バッカ言うなって!なんだか面白そうなもんが見れるかもしれねぇんだ。こんな雑用くらい朝飯前の夕飯だぜ!」
訳のわかならない事を言いながら、ロブロイは笑顔で話す。
それよりも、少しでも付き合わせて申し訳ないと思ってしまった俺の心をどう慰めようかと思案する。
「さぁ、ささ!では私達は物陰に隠れてディオ様に近づくかもしれない不敬の輩を監視致しましょう!」
妙にやる気を出して、妙に的はずれな事を言い出すマリー。
別に犯人探しをする為の餌役ではないんだが。
「じゃあとりあえず、向こうの隅の方で飯食べてくるわ…」
もうどうにでもなれと、半ば覚悟を決めて所定の位置に向かって歩き出す。後ろを振り返ると、マリー、メリーアン、ロブロイの3人が建物の入口付近に歩き出し、どうやらそこでこちらを監視する様だった。
大丈夫か?昼飯はしっかり食べた方が良いぞ?
「さてと、どうしたもんかな。ま、とりあえず用意された飯は無駄には出来ないしな」
そう独り言を言いながら、ロブロイに渡された包みを紐解き、中に入っているパンと干し肉を手に持ち、おもむろに頬張る。
んぐ、むしゃむしゃ…。バク。もぐもぐ…。
「ふぃ~…。美味い!」
少なくとも下手な店で出されるパンより、遥かに柔らかく小麦の味がしっかりと伝わるパンに、クヌトトの肉を丁寧に下ごしらえをした上で、作られたであろう塩味の効いた干し肉は、質素な物だからこそ本当に美味いと感じた。
さて、パンをもう一齧りしようとした時、それまで食事の為に落としていた目線をふと上げた。
中庭はかなり広く、いつも特別生、限定生、一般生も関係無く使える言わば生徒達が誰でも使用出来る場所らしい。
勿論、教職員の人達も例外では無い。
学園がある日で天気の良い日は、大勢の生徒達で、それなりに賑わう生徒達の憩いの場所でもあるのだ。
まぁ大抵は、それなりに疎らに生徒が思い思いに時間を過ごしたり、飯を食べたりしているんだが、今俺の視線上には確かにいつもの中庭の風景がある。あるのだが…、こうなんと言えば良いのだろうか。少し偏っている気がしてならない。
主に女子生徒が少数グループを形成して、隅にいる俺を取り囲む様な形になっている辺りが、非常に気になる。
顔を上げた時に『たまたま』近くにいた女子生徒グループの1人と目が合う。
特に見知った相手でもないので、名前も知らない生徒だ。
それでも、目が合ってすぐに逸らすのも、なんだか失礼な気がして、とりあえず当たり障りなく彼女に向かって微笑んだ。
「…っ!?」
目が合った彼女はビクっと身体を震し、声にならない声を出して驚いている様だった。手に持っていた飲み物を、滑らせてしまい、スカートの裾を少しばかり濡らしてしまった。
(俺か?今のは俺のせいなのだろうか…?)
直接的にでは無いにしろ、俺と目が合い、その結果驚かせてしまったのなら、きっとそれは俺のせいなのだろう。
そう答えを出した時、今日はまだ一度も使用していない手拭き用の味気ない布を取り出し彼女の元へ歩み近づく。
「ひゃっ!?あっ、あにょ…!?」
なんだかおかしな言葉を話す彼女に苦笑いを堪えつつ、取り出した手拭き布を彼女に渡す。
「何だかよくわからないけど、俺が驚かせてしまったみたいだから。これで綺麗にしてくれ。洗ってからまだ一度も使ってないから綺麗だしさ」
女子生徒は顔を真っ赤にしながら、コクンコクンと何度も頷いている。
しまった。
またやらかしたのかもしれない。
よくよく考えれば、女子なら自分の手拭き布くらい持っていて当然なのに男の俺が、勘違いで出しゃばって、余計に恥をかかせたかもしれないと思った。と言うか、この場合俺が勘違い野郎で、もの凄く恥ずかしい奴になる。その事を一瞬で思い、俺も慌ててその場を後にする。
「ま、まぁそれは別に洗って返さなくても良いから、適当に捨ててくれても良いから!」
俺もなんだか、焦って言葉が突っ掛ってしまう。
全く一体何をやってるんだろうと、恥ずかしさを誤魔化す為に、頭を無造作に掻く。自分の場所に戻っている途中、先程の女子生徒のグループから「キャァーーー!!」と言う甲高い声が耳に入って来た。
正直に耳が真っ赤になるくらいに、恥ずかしいと思った。
柄にも無い事はするものではないと、思った。
また中庭の芝生に腰を下ろし、妙に乾いてしまった喉を潤す。
ふぅ…。
先程の女子生徒のグループの方へ視線をやるのは、正直気恥ずかしいが、なにぶん俺の座っている場所から見て、ほぼ正面である。チラリと気づかれない様に視線をやる。
幸いな事に、特にもうこちらを気にする事もなく、内輪でなにやら盛り上がっている様で、ホッと胸を撫で下ろす。
しかし、他のグループの生徒達からは、さりげない様子を保ちつつも明らかにこちらを伺うような位置取りで見られている事はさっき歩いて良くわかった。全員俺が移動した時に目が動いて、俺が戻る時も目が俺の後を追っていた。
(メリーアン様ぁ~、マリ~。もう良いでしょう!?)
3人が向かった場所に視線をやると、いつの間に用意したのか遠眼鏡を用意したメリーアンとマリーがこちらの様子を伺いながら、何やらロブロイに指示を出している様に見えた。そのロブロイだが、何やら紙に一生懸命に何かを書いている様だが…。
どちらにせよ、この実験はもう少し続くのかと嫌な覚悟を決めた。俯き、力無く干し肉を齧ろうとした俺に、複数の女子生徒が突然声をかけてきた。
「あのっ!アドニス限定生のディオニュースさんですよねっ!武棟祭で見てました!失格にはなっちゃいましたけど、凄く強くてビックリしましたっ!」
大人しそうな雰囲気の生徒が、半ば興奮気味で武棟祭の事を話す。しっかりと失格になった事も交えて。
「あ、あぁ。ありがとう…」
「ちょっとっ!…どっいぃてぇぇ~!…ふぅ」
先程の生徒を無理やり押しのけて、また別の小柄な生徒が割って入って来た。
「遠くじゃ良く見えなかったけど、案外良い顔してるのね、あなたって!私は3年のアジアンタムの…」
そう紹介する前に、先程まで周りにいてたグループの女子生徒達の数名と若干数の男子生徒が俺に近づき、口々に自己紹介をしてきたり、武棟祭での感想を伝えに来る。
しかし、当人である俺は、突然の堰を切った様な出来事に、驚き生返事しか返さないでいる。
「あ、ありがとう…。はぁ。えっと…よろしく」
そんな状況の中、生徒が1人、また1人と払いのけられて来るのを後ろの方から確認する。誰かが他の生徒を力ずくで押しのけてやって来ているのだ。
「ディオニュースさんっ!私は…キャッ!?」
そう言って、目の前にいた女子生徒の会話を遮り、無理やり押しのけて現れた女子生徒が目の前で自己紹介をする。
「ど~もぉ~♪お久しぶりで~す♪ディオせ・ん・ぱ・い♫」
両手引いて、胸の前に出して露骨に可愛らしさをアピールする。特別生の服を着ていて、一瞬誰だかわからなかったが、その特徴的な喋り方とその特徴的な声は、つい最近聞いた事があった。
「…その声と喋り方?まさかサンドラ・イメス・ホォーエルか!?」
「当ったり~♫サンドラちゃんで~す♫きゃはっ♪」
俺の目の前に現れた女子生徒は武棟祭本選の第二試合で闘った相手。
二面性のある強かさを持つ者。
サンドラ・イメス・ホォーエル本人だった。




