変化した日常と、想像と違っていた癒手
日数で言えば、ほんの数日間。
一週間も経っていないのに、学園を守る無骨な門扉が少し懐かしく感じてしまう。限定生の服に袖を通すのも、不思議なもので、久しいと思ってしまう自分がいた。
有難い忠告を終えたマリーと共に、正面入口からアドニス棟に向かって歩き出す。既に、この時間くらいから一般生の生徒達が多く集まっており門を抜けた辺りでは、それなりの喧騒が起こっている。
ここに来て最初の頃こそ、結構驚いていたが、それもすぐに慣れた。
先程までの賑わいが嘘の様に、徐々に静まり始まる。
そう、これが『慣れた』事の一つである。
生徒達が声を抑え、マリーを見つめている。
特に男子生徒らの熱い視線が、青春の二文字を形容しているかの様だ。
(相変わらずモテモテだなぁ…)
そんな事を思いながら、マリーの横に並び歩き続ける。
今までの場合、マリーに送られる男女の熱い視線以外、俺に向けられるのは嫉妬と怒りの視線ばかりだ。
学園の憧れと呼ばれる様な人物の横に、ある日突然得体の知れない男が堂々とつきそう様になったんだ。
わかりやすい生徒達の視線に、最初は戸惑った。
今日もマリーの横で、今までの様に、俺にはキツイ視線が浴びせられる日々がまた始まるのだろうと思っていたが、久しぶりの学園初日、俺に浴びせられる視線は以前のそれとは違っていた。
「おいっ…マリーベル様の横にいるあの人が…」
「あぁ、武棟祭で暴れまくった奴だ…」
「ねぇ?ディオニュース先輩ってちょっとかっこよくない?」
「嘘!?あんたあの先輩に気があんの!?」
「ディオニュース…。俺と一緒に肉体美を追求してくれないだろうか…」
「…ディオ様?」
「…なんでもない」
耳が拾って来る言葉に一部動揺を隠せ得ない。
生徒達は一応俺に聞こえない様に話しているつもりなのだろうが一部の声を拾ってしまった。武棟祭での不甲斐ない闘いが、やはり尾を引いている様だ。
ただ聞き間違えで無ければ、別の女子生徒が俺の事を格好いい良いとも聞こえた。その点では素直に嬉しくもあり、若干照れるところでもある。
しかし、聞き間違えで無ければ、別の筋肉質の男子生徒が熱い視線で物騒な事を言っていた様な気もするが…。
学園内に入り、中央の中庭を抜ける道中も俺に対する視線が多いと感じた。注目されていると、大袈裟に言う訳ではないが元の職業からか『見られている』事に多少敏感になっているのも理由の一つだ。
それは本日マリーが受講する最初の授業中にもちらちらと俺を見る生徒が後を絶たなかった。
「見られてる…」
「見られてますわね」
「…熱い視線」
「バッチリとな!」
午前の授業を終えて、中庭で適当に日差しを遮れる木の下で休憩をする。腰掛けに座っているマリーとメリーアン。
俺とロブロイも対面する腰掛けに、腰を下ろしている。
最初の授業が終わり、昼食までの少しの間、中庭で休憩を取る事にした。
中庭に出ると、他の生徒達同様に、メリーアンとロブロイが中庭で休憩をしており、俺達に気付いたロブロイの手招きで、今こうして4人で時間を潰す事になった。
しかし、この4人で揃うのは初めてなんじゃないか?
メリーアンがいつも忙しそうにしているからな。
…ロブロイと違って。
俺の左手に位置する、気さくで陽気な友を見る。
「どうした?」
と、相変わらず軽い感じで聞いてくる。
それよりも、今4人の話の中心は俺になっているのだ。
「ディオ様にとって、本日が武棟祭後の最初の学園ですが、明らかに他の生徒の方々から見られてますわね。やはり結果こそ納得いくものではなかったにしろ、ディオ様の強さが認められたのでしょうか!」
マリーが誇らしげに話す。
「いや、姐さんやマリー達からの話では、そんな胸を張れる戦い方じゃなかったみたいだし、違うんだと思うけどなぁ…」
「…でもディオ君が他の人から見られているのは。…事実。…特に女子」
『特に女子』の単語に敏感に反応したのは、マリーだった。
メリーアンの横に座っているマリーが、メリーアンにずずいっと近づき詰め寄る。
「めめめっ、メリーアン様!?そそっっそれは本当なのですかっ!?」
「…あれ?マリーちゃん気づいてなかったの?…この中庭でもディオ君を見ている生徒の中で、なんだか熱い視線を送っているのは。…女子生徒」
ハッ!として周りを見渡すマリー。
眉間に可愛らしい皺を寄せて、辺りを注意深く探る。
そうすると、確かにメリーアンの言う様に歩いている生徒、同じく休憩している生徒達の中には、こちらを伺っているのも少なからずいる。
俺からすれば、この学園に在籍する生徒の中でごく少数の者しか、使用する事が出来ない『中級魔法』の使い手である『慈愛の癒手』メリーアン。
その誠実な従者『烈風剣』のロバート・ロイル。学園内の上級生、下級生問わず非公式ながらも愛好会もあるマリーベル。
その従者で先日無様な闘いで失格になった俺。
そりゃ多少は好奇の目で見られるだろう。武棟祭が終わって然程日にちも経過していない時ならば、尚更だ。だから今、と言うか今日その事に気付いた時、向けられている視線が気になってもおかしくないと思っていた。
「まぁ、4人でいる事なんて、今日初めてだし、余計に珍しいだけじゃないか?」
頬を膨らませ、険しい顔で辺りを伺うマリーにやんわりと言う。
「いえ!メリーアン様の言う通りですわ…。私とした事が、盲点ですわ!確かに女子生徒からの視線がとても熱い様にみえます!」
「だから、それは勘違いだって…」
俺の言葉は然程マリーには届かず、生徒達の視線に警戒を強めてしまっていた。でもマリーはきっと気づいていないんだろうな。周りにいる男子生徒や女子生徒の声がマリーの表情一つ変わる度に
「うぉぉぉぉ!かっ!可愛いっ!!」
「キャァァァ!!愛らしいですぅ~!!」
と言う声を上げている事に。
ほらな?
と肩を竦めてロブロイを見る。
ロブロイにしては珍しく、苦笑いを浮かべていた。
「まぁよ、それも含めてマリー様のお人柄だと思うぜ?」
「…まぁな」
そんな男同士の会話に、耳を傾けていたメリーアン。
彼女はあまり表情を前面に押し出すタイプの人間じゃない。
それでも、言葉の節々をきちんと読み取り、彼女なりの答えを出す。
例えそれが突飛もない答えだったとしてもだ。
「…マリーちゃん。本当にディオ君が気になるのなら試してみれば良いと。…思う」
周囲を警戒していたマリーが、直様メリーアンに向き直り、佇まいを直して耳を傾ける。
「それは、どう言う事でしょうか!?試す…と言うのは一体…」
マリーの頭上に疑問符が出ているいる様だ。
そして勿論、それを聞いている俺の頭上にも?と言う疑問符が浮かび上がっている。ロブロイは面白そうな事になりそうだとも言わんばかりに、笑顔でいる。
「…簡単な事。マリーちゃんとディオ君いつも一緒。…だから敢えてディオ君一人にさせて『私達』は離れた場所でこっそりと、どうなるか実験…、あっ、もとい注意深く観察すれば良い」
「…!?それですわっ!!」
「いや、『それですわっ!!』じゃないよ!?なに感銘を受けてるの!?」
マリーの言葉に即座に反応する俺。
それを横目で盛大に笑うロブロイ。
そして静かに自信ありげに胸を張るメリーアン。
それとさっきのメリーアンの言葉だけど、確実に『実験』って聞こえたんだが?俺は今とてつもない見えない流れに流されそうになっている。
「…実験は簡単。ディオ君をこの場に一人にさせて、私達は隠れた場所でディオ君を観察。…本当に今日の視線がディオ君に向けられているのかを突き止める」
「メリーアン様。もう実験とか観察とか隠す気ないですよね?」
俺の冷静な抗議を意に返さず続ける。
「…これで女子生徒がディオ君に何かしてくれば、おもしろ…もとい興味深い。…男子生徒が近づいて来ても、私的にはアリ!」
「…俺的には無しです。それにもう完全に楽しむ気満々ですよね?」
武棟祭で見せた、ロブロイを治療する気高しさと、凛々しさを有していた慈愛の癒手メリーアンの影は微塵も消え失せていた。
そこにいたのは、ただ表情こそ表立って変化はないが、心底事の成り行きを楽しもうとする小柄な少女だった。
「…なぁ、ロブロイ」
「ん?どうしたよディオっち」
俺は友であるロブロイに視線を合わす事なく問いかける。
「…メリーアン様って、こう言う感じの人なのか?」
俺の言葉の意味をすぐに理解してくれたであろう、聡い友人は惜しげも無く話してくれる。
「そうだぜ。な?面白くて優しいお方だろ?」
「…あぁ。そう…だな…」
もう何も言うまい。
これはきっと今日、中庭でこの2人に出会ってしまった時には既に決まっていた事なのかも知れない。
そう思う事にしておこう。肩を落として嘆息をつく。
「…何をため息をついているのかな?」
「いや、まぁまたなんだか面倒な事になりそうだなと…」
俺は正直な感想をメリーアンに伝える。
メリーアンは実に蠱惑的な微笑みで、俺を見つめる。
「…ふふ。ディオ君は正直だね。…でもね私は面白い事に貪欲なんだ。…人が貪欲になる時はいつなんだろうね。…私の場合は、面白そうな事を見つけた時だから」
小柄な少女から漂う、言い様のない雰囲気に圧倒されてしまう。
戦場で対峙する敵の様な圧倒では無い。
ただただ、面白そうな玩具を見つけた子供の様に、無邪気に笑うメリーアンに俺は圧倒されるのだった。




