Wake up
目を覚まし、気付いた時にはもう全てが終わっていた。
この学園で毎年行われる武棟祭と言う祭りが。
俺は姐さんとの会話の後、まる三日間死んだ様に眠っていたらしい。
俺にとっては、姐さんとの会話もついさっきの様に思えるから不思議な感覚だ。それに目覚めた場所は闘技場内に用意された医務室ではなく、王都ゼオングラーダにあるとても大きな病院の個室だった。
とてもじゃないが、こんな大きな病院で個室を借りれるなんて以前の俺からすれば信じられない事だった。この病院へ受け入れる準備をしてくれた人達の事を思う。
「マリーと姐さん、パリンガーさん辺りだろうな。全く…。こっちに来て迷惑と世話ばかりかけさせてしまってるな…」
俺が目を覚ましたと言う一報は、直様学園にいる姐さんとマリーに伝えられた。病室の扉が開かれ、我先にと向かって来る二人の姿に苦笑いしか出来なかった。まず最初に二人に迷惑と心配をかけてしまった事を深く詫びた。マリーは遠慮がちに、それでも強い意思を持って答えてくれた。
「ディオ様…。ほんっっっとうに心配致しました!でも私は信じておりましたから!またディオ様の笑顔が見れると!謝罪は受け取ります。しかし、約束して下さいね?もうあんなお姿を私達にお見せにならないで下さい…」
最後の方はもう涙声になっていた。
余程マリーに心配をかけていた様だった。
この子にそこまで心配をかけさせてしまった未熟な自分を力任せに殴りつけたくなる。
「…約束する。もうあんな事にはならない」
その言葉を聞いたマリーは安堵の表情を浮かべ、来客用の椅子に腰を下ろした。
しかし、もう一人の見舞い客は未だ俺の眼前で、腕を組み立ち尽くしていた。
「ふん…。リングベルの娘だけなのか?私には何も無いのか?」
そう言って少し子供の様に拗ねて話す姐さん。
勿論、そんな訳は無い。
俺が正気に戻れたのは、レイア姐さんのおかげとしか言い様がない。本当にレイア姉さんには子供の頃も、今も世話と心配ばかりかけさせている。
「レイア姉さん…。ごめんね。俺が未熟過ぎてまた心配をかけてしまって…。子供の頃から何も変わって無いね、はは…」
姉さんへの謝罪と共に、不甲斐ない自分に俯いて、自嘲気味に乾いた声で笑う。目の前に姉さんの手が伸びたと思った瞬間、額に思いきりデコピンをされて思わず仰け反ってしまった。
「あイタっ!痛いよ!?姉さん!?」
「ふん!これで勘弁してやる。それにディー君。君は未熟で当然なんだ。未熟であるが故に、成長も出来れば、気付く事だってある。自分が未熟であると気付いたんだろう?ならそれが今回の君が得た経験だ」
「ね…えさん…」
厳しくも、本当に優しい姉の言葉に思わず喉を詰まらせてしまう。
色々と言いたいのに、何も出て来ない。
いや、出せないのだ。
熱くなった目頭を抑えて、真っ直ぐに姉の瞳を見る。昔も今も変わらない、芯のある強い瞳だ。
俺が憧れた人の瞳だった。
「まっ、まぁ!今回の件で負い目を少しでも感じているのなら今から言う私のお願いを聞いてくれるなら、ほんとの本当にかっ、勘弁してやる!」
あれ?
ちょっと瞳が濁りかけていませんか?
姐さん?
「えっと…、それは今の俺でも出来るのかな?出来るのなら、それで姐さんの気が済むなら俺はなんだってするよ」
言質を取った!
とでも言わんばかりに姐さんが何度も復唱する。
「い、言ったな?何でもするって言ったな?やっ、約束だぞ?」
視線を逸らし、顔を赤らめて話す姐さんは、モジモジと両手の指を絡めて言葉を一生懸命だそうとしていた。
「レ…ぉ…ちゃ。と呼んっ…」
「え?姐さんごめん。もう少し大きな声で言って欲しいな」
姐さんにあるまじき、あまりに小さな声に驚く。
まるで好きな人を前にして、上手く喋る事が出来ない少女の様だ。
「だっ!だから!!レ…ちゃ…呼んで…」
「??」
尚も尻すぼみに語尾が小さくなる姐さんに、困惑の表情を浮かべる。
横に座っているマリーに視線をやると、マリーも少し困った様な顔をしていた。
マリーにも姐さんが何を言っているのかわからないらしい。
そんな俺達の様子に気付いたのか、意を決した様に、顔を真っ赤にして話した。
「だからっ!昔の様に!『レイアお姉ちゃん』ってたまには呼んで!!」
何故か息切れを起こしている姐さんの口から、意外な言葉が出てきた。
姐さんが意を決して言う様な事だから、もっと別な事をするのかと思ってしまった。そんな事で姐さんの気が済むなら、お安い御用である。すぅっと息を吸い込み、姐さんの目を見て話す。
「…心配かけてごめんなさい。レイアお姉ちゃん」
久しぶりに言うその言葉に、どこか気恥ずかしくなるが、少し前まではずっと姐さんの後ろを歩いては『レイアお姉ちゃん』と呼んでいたのだ。
いつしか『レイア姐さん』と呼ぶ様になったけど、それはいつまでも俺が姐さんの後ろで『お姉ちゃん』として頼り、甘えてばかりの自分が嫌になったからだ。まぁその呼称の経緯は、姐さんには伝えてはいないが。
姐さんの希望通りに昔の様に、お姉ちゃんと呼んだ。姐さんを見れば、身体を震わせ右手で口元を覆い隠している。両目を閉じているし、その表情は窺い知れない。
「姐さん…?」
不思議そうに聞く俺に、姐さんは一歩、また一歩と後退りをする。
そして踵を返して、脱兎の如く病室から出て行ってしまった。
『もう!ディー君ったらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
と言う謎の言葉を残して。
そして必然的に二人きりになった病室で、マリーと目を合わす。
マリーはどこか悟っている様な、呆れている様なため息を一つする。
「…ディオ様は罪作りなお方ですわ」
「マリー…?」
「いえ、なんでもありませんわ。それよりも、もう後2.3日は念の為安静にしてくださいませ。それで問題が無ければ退院の手続きを…」
そこまで言いかけて、マリーは言葉を詰まらせた。
何故なら俺は手を伸ばし、彼女の頭を撫でたからだ。
自分でも良くわからない。
ただ、今この場所で無性に彼女に触れたくなった。
そうとしか言い様が無かった。
まるで守るべき者を、絶対に見失わない様に。見誤らない様に。尚もマリーの頭を撫で続ける俺に、頬を可愛らしく膨らませ抗議する。
「…本当に罪作りなお方ですわっ!」
頬を染めて抗議するマリーを見て、俺は久しぶりに微笑んだ様な気がした。




