Commuting Time
「問題ありませんな」
担当してくれた医師の診断の結果、経過良好とのお墨付きをもらいマリーと姐さんが来てくれた日から数日の内に退院する事になった。
実際思った以上に身体が楽になった気がするし、なんだか心にあった重しが取れた様な数日だった。気分が晴れると言えばしっくりとくるかもしれない。
身元引受人であるマリーの代理としてミラルダが付き添い、退院手続きを済ませた。
「私では不服かも知れませんが、お嬢様は本日は学園ですので」
滅相もない事を言わないで欲しい。
こう言う手続き的な事は正直苦手だ。
それらを滞る事もなくスムーズに手続きをしてくれるミラルダには頭が本当に下がる。
「滅多な事を言わないで下さい、ミラルダさん。正直なところ事務的と言うか手続き的な事は苦手なんで、本当に感謝してますよ」
何も言わず、ただ微笑み返してくれるミラルダ。
こうして俺は無事に退院する事が出来たのだった。
退院当日は久しぶりの自室で1日を過ごす事にしたが、学業を終えたロブロイがやって部屋に訪ねて来て、武棟祭での事やメリーアンの事、マリーや姐さんが如何に心配をしていたかを話してくれた。
「でもなディオっち。本人前にして話すのも恥ずかしいんだけどよ、俺っちも少しは心配したんだぜ?なんせボロボロに負けちまった俺っちよりも目を覚ますのが遅かったんだ。俺っちが目を覚ました後、メリーアン様にその後の事を聞いたけど正直半信半疑だったぜ」
自分もダミアンに相当な痛手を喰らっていたのに、俺の心配を少し照れながらもそう話すロブロイの心遣いが素直に嬉しかった。
「悪い。ロブロイにも心配かけたな」
「まぁ正直なところ、俺っちもずっと寝てたから聞いただけの話だけどな!」
そう言ってニカっと白い歯を見せて笑う。
見る者を安心させる陽気な笑顔に釣られて、俺も表情を緩ませる。
本当に感謝するよ。
あの時俺に声をかけてくれたのがお前で。
ロバート・ロイルと言う人間だった事に。
しばらく雑談等を織り交ぜていたが、いつしか結構な時間になっており夕食時の前にはロブロイは去って行った。
「んじゃ、また明日な!」
そんな言葉を残して。
何気ない日常の言葉がやけに嬉しく感じる。
「おう、また明日な」
ロブロイを見送った後、事前に食堂の料理人にお願いしていたミラルダによって用意されていた、腹に優しい食事を食堂で済ませた。
少し物足りなさがあったが、一気にがっつくと嘔吐する事を昔身を持って体験しているので、我慢する。
夜、就寝前に空腹を抗議する腹の音を落ち着かせるのに苦労した。
翌日の朝、寮を出ると見知った人物が男子寮の前で立っていた。
「おはようございます!ディオ様!」
「おはよう、マリー」
眩しい朝日の下、リングベルの王女様がそこに居た。
昨晩、一緒に学園に向かう約束もしている訳では無い。いつもは決まった時間に俺がマリーの所へと出迎えに行くのだ。学園と寮の距離なんて、せいぜいしれているが受け持った職務を疎かにしたくなかったからだ。
男子寮と女子寮の距離はそれなりに離れているので、早めに朝食を済ませ寮から出たのだが、俺よりも先にマリーが俺を出迎えてくれたみたいだ。
「マリー。一応警護される立場なんだから、待っていてくれたら良かったのに」
少し困った顔でマリーに話す。
しかし、そんな事はお構い無しに、マリーは胸を張って返す。
「マリーは、ディオ様と少しでも早くお会いしたかったのですわ!だって久しぶりに一緒に並んで通学出来ますもの♪」
朝日の眩しさに劣らない笑顔を見せるマリー。
もう何も言うまい。
素直な言葉が朝から嬉しい。
「そっか」
「ええ!そうですわ!」
まだ生徒の数も疎らな早朝。
綺麗に舗装された道を、学園に向かって2人で歩いて行く。
道の両脇に所々に植えられた木々の隙間から朝日が零れる。
「…ん~~~!!」
鞄を右手に持ったまま、大きくあくびを噛み殺して伸びをする。涙目になった目で、すぐ横を歩くマリーを見る。
俺の顔を見てクスクスと上品に笑っていた。
そんなマリーを見て目を擦り、拭った後俺も笑い出す。
またそんな時間が始まったんだと、俺は実感した。
「マリー、ずっと聞きそびれていたんだけど、結局武棟祭の優勝者って誰になったの?」
そう。
実は今の今まで武棟祭での優勝した人が誰なのか知らないまま過ごしていた。昨日の夕方まで話していたロブロイとも、ダミアンに対する恨み言1割。
メリーアンに対する褒め言葉8割。本当にどうでも良い話1割で終わっていた。学園までの間、ずっとあくびをして歩く訳にもいかず、気になっていた事をマリーに聞いたのだ。マリー口から意外な人の名前が出た。
「今年の優勝者は『エキゾナ・フレイア』先輩ですわ」
「エキゾナ・フレイア…。あの特別枠のシードに当たった運の良い人か?」
「えぇ。そうですわ」
少し驚いた。
あの場まで残ったと言う事は、運だけではなく実力も備わっている事に違いはない。しかし、エキゾナ・フレイアを見たのはシードに当たり呆気に取られている、どこかのんびりと間延びした様な人の印象を受けていたからだ。
やはり、人を見た目や印象で判断するのは間違いだな。
武棟祭での俺でもないが、下手をすれば取り返しのつかない事になり得る。
今回の経験は戒めにしようと、胸の内にしまう。
戒めをしまっている間に、マリーが続ける。
「私も最後まで見ていた訳ではありませんので、どんな試合だったのかまでは存じ上げておりません。ただ…」
「…ただ?」
「ただ、とても不思議と言うか、おかしいと言うか。変な試合だったと学友の方からは聞きましたわ」
変な試合?一体それはどんな試合だったのだろうか。
気になる。
今更ながらに、ダミアンの術中にはまり、失格になった自分の力量に情けなくなる。その効果は、俺が俺でなくなる程、恐ろしいものだったのは事実だが。それでも、そんな面白そうな試合だったなら勝ち進んで一手合わせしたかったと少し悔やまれる。
「はぁ~…。面白そうな試合だったなら、手合わせしたかったな~」
残念そうに、そう言う俺にマリーは少し諌めを含めて話す。
「ディオ様?昨日の今日でもう戦う事をお考えなのですか?」
呆れる様な顔でジト目で俺の顔を見上げてくる。
「うっ…。いっいや、それはあれだ。少し興味があっただけの話で武棟祭の時の様な戦いじゃないからさ!」
我ながら、しどろもどろと言い訳がましい事を言う。
そんな俺の胸中を知ってか、マリーは嘆息を吐いて返す。
「良いですか?…しばらくは大人しくして下さいませ!」
ビシっ!
と人差し指を突き刺し、有難い忠告をしてくれた。
有り難すぎて朝からやけに冷や汗が出てくる。
眼前に、学園の門が見えて来るまで、マリーの優しくも有難い忠告は一つ、また一つと増していくのだった。




