それぞれの・・・
なんだかとても眠たい。
先程までは、闇に飲まれていた様な息苦しい『闇』だったのに。
今は姉さんの膝枕の元、瞼が重く、そして心地よい。
姉さんが頭を撫でながら優しい口調で言う。
「そのまま目を閉じて眠るが良いさ。次に目覚めた時に反省でも後悔でもすれば良い。今はただ、休め」
「あぁ…、そうだね…。とても眠っ…いな…」
姉さんの声と共に、俺は再び闇に落ちた。
ただ違う事は、その闇は優しく暖かい闇である事。
不安も悲しみもなく、慈しみの闇である事。俺は安心して眠った。
私の膝下で、傷ついた身体を休める弟を眠るのを確認してようやく安堵のため息をつく。
傷ついた防具や、破れた衣服の隙間から見える傷が生々しい。
それでも一言も泣き言は言わないあたりは褒めてあげるぞ。
「…むんっ!」
小さく気合を入れて、弟が起きないように両腕で抱えて医務室に運んでやる。周りには医療班の者達が担架を用意していたが、それを無視して出入口へと歩を進める。
「レイア教官!?担架は・・・?」
医療班の学生が、少し困惑しながら聞いてくる。
「ふん。構わんさ。このまま医務室へ連れて行く」
それだけ残し、闘技場を後にした。
なぁに、構わんだろう?
身体ばかり大きくなって、まだまだ手のかかる弟を運ぶだけだ。気持ちよさそうに眠るディー君の寝顔に、私はまた口元を緩めた。
場内は常に騒然としておりました。
ディオ様が失格の宣言を受けて、試合の終了が場内に伝えられました。
「そんな!?ディオ様が失格だなんて…!!」
堪らず大きな声を出して、目の前の状況に戸惑う。
ミラルダ達も皆驚いた様に、渦中のお二人方に見入っている。そして始まった圧倒的で一方的な戦い。
「そんな…。ディオ様があんな戦い方をする筈なんてありえませんわ!」
苦虫を噛む様な歯がゆさが、身体を包み込む。同じ世代の殿方とは違うどこか大人びた人。いつも笑顔を向けてくれて、それでいて少し困った様な優しい微笑みを返してくれる人。
そして…、私の人生を変えてくれた人。
忘れる事の無いあの時の出来事が脳裏をよぎる。
夕日に染まりつつある街で見せた勇姿を。
しかし今私達の前で行われているのは一方的な『暴力』であり私の見た誰かを救う力ではありませんでした。
私にもわかります。
今のディオ様が普段と全く違う様子に。
きっとダミアン殿との試合中に何かを仕掛けられたと見て間違いはないでしょう。
(しかし…。それでも…)
不安に不安が折り重なり、心が酷く重くなる。
両手を組み合わせ神に祈る。
あの方が無事に戻って来てくれるように…。またあの優しい笑顔が見れるように…。
そして神様に願った祈りは、レイア教官の登場と言う形で叶ったのでした。
「あら。これはダミアンの負けですわね」
わたくしは闘技場で戦う二人の男性を見ておりました。
一人はマリーベルさんの従者『ディオニュース・カルヴァドス』さん。
もう一人はわたくしの従者『ダミアン・メリル・ヤンスター』
ダミアンの家系は古く、バトランジェの建国より皇国に仕えてきた名門でありまた名門に恥じぬ有能な人材を輩出し、バトランジェの中枢にはヤンスターの縁のある方々が、少なからず皇国の運営を担っている。
わたくしがゼオングラーダの学園に入学する際、従者を付ける事になった。お父様や周りの臣下の推薦で、わたくしの前に現れたのがダミアンでした。
容姿は淡麗。
わたくしと年齢も同じで、知らない仲でもない。智謀と武勇にも勝り、魔法の才も有している。
わたくしの従者としては、申し分ないものを持ち合わせていた。
ただ一つの欠点を除いては。
「その内こんな事になるかもとは思っておりましたが…。まさかそのお相手がお芋さんとは、わたくしも思いませんでしたわね」
ふぅ。
周りに気づかれなどしない程度のため息を一つする。
職務に忠実であった為、好きにさせていましたが、わたくし自ら手綱を持てば良かったのかしら?等と、目の前で一方的に追い回され、無様に逃げ惑うダミアンを見て思う。
そして決して届かない言葉を闘技場に向けて投げる。
「ダミアン…。あなたはとても有能な人ですわ。でもそれだけです。もう少し、そう本当に少しでも他者に対する痛みを理解出来ていれば或いは…」
そこまで言って言葉を飲み込んだ。
「おほほほほ。わたくしが言えた事じゃありませんわね」
闘技場を見れば、遠目でもわかる程に憔悴しきったダミアンを颯爽と救いに来たレイア教官が、お芋さんと対峙していました。
「急いで!!」
乱暴に扉を開いて、担架で運ばれて来た生徒には見覚えがあった。
いや、忘れる事なんて出来る筈もない。
何故ならその生徒は私の大切な幼馴染を必要以上に傷付けた張本人なのだから。
「ダミアン・メリル・ヤンスター…」
武棟祭と言う性質上、怨恨等あってはならない。
しかしこの男は、私の心を酷く歪ませる程の事をしたのだ。
目に見える傷口を全て塞ぎ、胸に魔術師特製の治癒の護符を貼り付け医務室の一角で安静にしているロブロイの方へ目をやる。
敵と言うには大袈裟かもしれない。
しかしこのまま素直に治癒を施すには、心が釈然としない。
担架からベッドへと移されたダミアンを見る。
全身は血塗れ。薄く切り刻まれ、意識はあるが酷く怯え縮み上がっている。よく見れば下腹部が湿っており、嫌な臭いが鼻を刺激する。
「…漏らしてる」
少し前に、場内にマリーちゃんの従者であるディオ君の失格の通知が流れていた。
ダミアンの怪我の状況から察するにあってはならない『何か』が起こってしまい結果漏らしたダミアンがここに運ばれて来たのだろう。ベッドに横たわりながらも、暴れ、何か支離滅裂な事をブツブツと言い続けている。
「君っ!じっとしなさい!治療が出来ないじゃないか!」
医療班の人達がダミアンを必死で押さえつけて、なんとか治癒を施そうと躍起になっている。
「くっ、来るなぁぁぁ!やめろぉぉぉぉ!ああぁぁ…!うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ベコっ…。
ダミアンの狂ったかの様な叫び声が収まった。
ただその直前に、その叫び声に勝るとも劣らない鈍い音がしたのを、医務室に居た全ての関係者が耳にし、一部始終を目撃していた。
「…これで大人しくなった」
慈愛の癒手メリーアン。
学園内でもごく少数の者しか使用する事が出来ない中級魔法の習得者。
中でも彼女の回復魔法は、失った身体の一部すらも早期であれば傷も残らず元に戻す事も出来るらしい。
その様な大業もあって付けられた異名。
その彼女が、愛用の古めかしい木で出来た大きな杖を患者の額に思いきり叩きつけたのだ。眼前で行われた荒療治に、他のスタッフ共々声が出ない。かく言う私も治癒師としてもう何十年も経つのに呆気に取られてしまっている。そんな我々にメリーアンはこう言ったのだ。
「…さっさと全ての服を脱がして全裸にする」
私の行動と、抑揚の無い淡々とした声に、驚きを隠せない医療班の面々。
杖を持ち上げ、杖先を床にトンっと軽く鳴らすように当てる。
ハッと気づいたかの様に、各々が手際良くダミアンの衣服を刃物で切り裂き脱がしてゆく。
程なくして、ベッド上に全裸で仰向けになるダミアンが衆目の下、晒された。
こんな人でも怪我人。
なので私は治癒を施す。
だからこそ、釈然としない自分の心をちょっとした復讐で納得させた。ダミアンが常日頃から、一般生や平民の限定生に対して言われ無き迫害を繰り返していた事は、ここにいるスタッフ含めて学園内でも有名である。
だからこそ、わざわざ全裸にしたのだ。
しかし全裸にする事が復讐では無い。
私は、この場にいる人達に聞こえる様、息を吸い込みはっきりと言ったのだ。
「…身分は貴族でもアソコは平民の子供並み」
同時刻。
偶然医務室の前を通りかかった数人の者が、医務室から盛大に聞こえてくる笑い声に首を傾げていたが、関わりにならない方が良いと各自判断しその場を後にした。




