幼き日に願った強さ
『あぁ…。ここは寒いな…。そして暗い…』
希薄になる意識の中で呟く。
それは果たして声に出しているのだろうか。
それとも頭の中で吐き出した言葉なのか。
いつからここに居るのだろう?
自分の周りは全て闇。黒い黒い、酷く凍える静寂の闇。
それでも暗闇に身体を飲み込まれまいと、必死にもがき、足掻く。
上も下も右も左も無い。
自分と言うちっぽけな命の周りに闇が広がっているのだ。
いや、広大な闇の中で、自分と言う異分子が存在しているかもしれない。
『ここは悲しくて…。つらい…』
沸き起こる負の感情が身体を巡る。
絶望と言う感情が、四肢を飲み込む。
腕を振り上げる。
足を蹴り上げる。
首を動かす。
胴を捻る。
出来る事を全てして、それでもままならないと悟る。
『何がパーフェクトウォーリアだ…。何も出来やしない…』
情けない言葉が闇に飲み込まれる。身体を丸めて、闇になすがまま、何もかも飲み込まれる。身体も、思考も、想いも、思い出も。
…
……
………
でも。
それでもやっぱり。
『失いたく無い…な…。どんなにつらい思い出でも…!俺はっ!失いたく無い!だって!!』
だってそれは、絶望であったと同時に『希望』に出会えた日でもあるのだから。
希望は俺に明日を見させてくれた。
雄々しく、凛々しく、勇壮な者達。
復讐の想いは確かにあった。
妖魔をこの手で全て滅ぼす事が、俺の生涯を賭して行うべき事だと。
少しずつ力を手にし、妖魔を斬り伏せる日常が、俺の日常なのだと。
だがある時、疑問に思った。
考えてしまった。
人に滅ぼされ、親を失った妖魔族の子供達の目を見た時から。
俺が受けた絶望は、世界における絶望の中で、何程の絶望なのかと。
今の時代、いやもっと遡った時代。
人と妖魔が今以上に、血で血を洗い、血で喉を潤していた時代。何程の不幸と絶望が、人と妖魔に降りかかっていたのだろうかと。何より訪れた妖魔の村で見た、あの子供達や生き残った大人達の目。
(あの目は昔の俺だ。そしてそれを向けていたのは俺自身じゃないかっ!)
あの頃の自分の感情を否定するつもりは無い。
そして、あの頃の目を向けられる、今の自分を否定する事も無い。
だからこそ、考えてしまった。
正義と悪を。
善行と悪行を。
『正しい』のか『間違って』いるのかを。
全ての元凶は戦争だと、自分に思い込ませる度に口に出す度に、心はどこか空虚になり黒い感情が燻っていく。清廉潔白になりたかった訳じゃない。勇猛果敢を目標にした訳じゃない。
(俺は最初…どうしたかったんだっけな…?)
飲み込まれた思考を取り戻す。
(あぁ…。そうだったな…)
飲み込まれた思い出を取り戻す。
(だからこそ…!俺はっ!!)
飲み込まれた想いを取り戻す。
闇に沈みきったと思った身体を、闇を引き千切り浮かばせる。
なおも闇は身体を絡みつき離そうとしない。
しかし俺にはもう迷いは無い。
もうここで立ち止まる止まる事も、休む事もする必要は無い。
(心が…暖かい…)
心が暖かいのだ。
思い出し、思い返す事が。
身体に絡みつく闇が徐々にその勢いを衰えさせていく。
俺の身体に生まれた小さな灯火は、徐々に広がっていく。
暖かい光と声と共に。
…
……
聞こえる…。
姐さんの声が。
感じる…。
姐さんの想いが。
暖かい。
本当に暖かい。
あぁ、また心配かけてしまったんだな。
姐さんに。
身体を包み込んでくれている暖かな想いに、力が、意識が戻り始める。
(姐さん…。暖かいや、いつも心配かけてばかりだね…。出来の悪い弟だよ。本当に…あぁ…それにしても本当に暖かいな…。暖かい…。暖かい…。あたた…熱っ!?)
なんだ?
俺は今どう言う状況に陥っているんだ?
目の前に姐さんの、今にも泣き出しそうな顔がある。
咄嗟に声を出そうとして、自分の声が上手く出て来ない。
それに俺の身体が、何かで燃やされたかの様に熱い。
息苦しさで肩で息をしながら、必死で話しかける。しかし、一言姐さんに話しかけた後、また意識が遠のいてゆく。
その次の瞬間に、顔面に受けた、凄まじい衝撃と共に俺は完全に意識を刈り取られた。
そして…。
そして、今。
俺の目の前にはレイア姐さんがいる。
俺の目に映るレイア姐さんの顔は上下逆さまになっている状態でだ。
後頭部から柔らかい感触が伝わって来る。
それに身体が今度は、本当に暖かく、楽になっている。
(あぁ、そうか…。姐さんの膝枕か…。懐かしいな…)
昔よくして貰っていた事を思い出す。
ん?
なんで今、姐さんに膝枕をして貰っている事になっているんだ?
俺はダミアンと試合をしていたのだ。
痛む全身と、特に顔面の痛みに耐えて姐さんに話しかける。
「ねっ…、姐さん…。ダミアンとの試合は…?」
声が上手く出てこない。
声帯が乾き、喋り難いのだ。
そんな聞き取り難い俺の言葉を、しっかりと聞き、理解した上で告げた。
「ふん。ディー君の失格で終わったぞ。どこまで覚えているかは知らんが、ヤンスターの魔法をまんまと受けて、君は11武装開錠まで使ったんだぞ?」
姐さんが真顔で告げた。
俺が姐さんと事前に使わないと約束していた、11武装開錠を
使用しただなんて、俄かには信じられなかった。
「ディー君。君はヤンスターにかけられた『絶望を見せる』魔法によって意識を失いそして心を壊されたのだ」
「…心を?」
「そうだ。少しでも覚えは無いか?その後、ディー君は…うむ…。そうだな。強いて言うならばずっと隠していた本音が爆発した状態になっていたな。元に戻すのに骨が折れたぞ?」
「…本音?どう言う事なの?」
直様、痛む喉から返答を求める。
しかし姐さんから帰って来た答えは、俺が期待したものではなかった。
「ふん。とりあえずディー君は、これからはお姉ちゃんに思った事を正直に言う事だ『神憑の戦士』の名が泣いているぞ?」
少し拗ねた様な、怒った様な表情をする姐さんに、膝枕越しにドキっとする。
「やっ、やめてよ姐さん!その名は言わないでって昔言ったよ!?」
そんな気持ちを悟られまいと、俺に付けて貰った身の丈に合わない二つ名を持ち出した事を利用して、誤魔化す。
「ふん。そう謙遜するな。ディー君の実力があんなものじゃない事くらいは戦った私がよくわかるさ」
とんでもない事が飛び出る。
俺と姐さんが戦っていた?
「ちょ…、ちょっと待ってよ姐さん!俺と姐さんが戦っていたって本当なの?」
半信半疑で聞き返す。
どちらかと言えば、それは何かの間違えであって欲しいと言う願望交じりで。
まぁ、あっけらかんと肯定されてしまったのだが。
「あぁ、そうだぞ。意識をなくしたディー君は、先程も言ったが11武装開錠まで使用したからな、お姉ちゃんも『フェザー』を使ってなんとかしたぞ」
「…え?フェザーを使ったの?えっ!?本当に?」
驚愕の事実である。
出来れば知りたくは無かった。
「あぁ、だから言っただろ?正気に戻すのに骨が折れたと」
口元を優しく緩ませる姐さん。
見る者が見れば、心をあっという間に攫われてしまうだろう。
しかし俺は、今の言葉を聞いた上で、別の事を考えていた。
(俺…。よく死ななかったな…)
痛みに耐える身体に、冷や汗も加わり額から汗が吹き出す。
意識を無くして、暴れた俺を止めてくれた姐さん。
そしてそれを労力だとも、迷惑だと言わず俺を介抱してくれている姐さん。
その姿と行動に、俺はあの闇の中での事を少し思い出す。姐さんには今、直接話す事はしない。
清廉潔白になりたかった訳じゃない。
勇猛果敢を目標にした訳じゃない。
俺が目指したものはそうじゃない。
(俺が目指したものは…)
つらい昔の事を思い出す。
絶望に飲み込まれ、希望に出会ったあの日の事を。
俺が伝えた事を。
『どうすればお姉ちゃん達みたいになれますか…』
優しく頭を撫でる姉さん。
知ってますか?姉さん。
俺はあなたを目標に、ずっと頑張ってこれたんですよ?
視線を少しずらせば、試合開始前に覆っていた雲が少し、また少しと徐々に霧散していく。
「あまり心配をかけてくれるな」
尚も俺に、愛情を惜しみなく注ぐ姉さんに、俺はまだ遠く人としても戦士としても敵わないと思った。




