パーフェクトウォーリアVSパーフェクトウォーリア
「おい!まだ動けるな?しっかりするんだ!」
私の背後で憔悴しきっているヤンスターに話しかける。
勿論、今もなおディー君の剣を受けたままでだ。
グイグイと押し込む力が愛剣から伝わる。
「ヤンスター!貴様に聞いておく事がある。まず彼にかけた魔法の解除は可能なのか?またどう言う類の魔法なのだ?」
正気を失っているディー君を、出来る事なら傷を負わさずに元に戻したい。解除方法があるのなら、それを試さない理由は無い。しかし、か細い声で漏れる言葉は、見事に期待を裏切ってくれた。
「か、過去に経験した、ぜっ絶望を無理やり掘り起こし…こ、心を壊す魔法…。げ、幻術をきっかけに徐々にその効果を浸透させっ、させたんだ!か、解除の方法なんて…ないんだ…。い、いつも実験にしていた街のゴロツキの平民どもは、なっ、長くても半時もしない内に正気にも、戻ったのに!?今までの奴らっ!こんな事にならなかったのに!?」
ふん。
たいそう立派なご身分だ。
平民のゴロツキを使って自分の魔法の実験とはな。
流石の私も恐れ入る。
こんな若い内から性根が腐っているとは。
『過去に経験した絶望を掘り起こす』
ディー君の絶望とは、間違いなく私とディー君が出会ったあの日の事だろう。それを無理やり思い出せ、心を砕くとはな…。
教員として助けるべくして助けたが、あの村の惨状をこの目で見ている身としては、心底憤りを感じて仕方ない。
(ディー君…。つらかっただろう)
愛すべき弟が受けた仕打ちに怒りを覚える。
ディー君の様に体内に魔力を殆ど有していない者は魔力の耐性が極端に低いのが、一般的との見解らしいが、それを加味しても効果は絶大に見える。
ゴロツキと言ってもディー君よりは魔力の耐性がある一般人で半時。
それでは効果覿面のディー君ならどうだろうか?
解除方法は時間の経過。
ならばその時間を稼ぐのが今の私の役割なのだろうが、何程の時間をかければ目を覚ましてくれるのか。
「ヤンスター!一番近くの出入り口まで這ってでも良いから、死に物狂いで逃げたまえ。彼は君の命を奪う事にご執心の様だ。近くに治療班も待機している。死にたくなければ急ぐんだ!!」
「うっ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私の背後から、大声を上げて駆け出す。
気配が遠ざかるのを確認して、ヤンスターを見る。前のめりで、今にも転倒しそうだ。なに、あれだけの声を上げれるんだ。まだ余裕が残っているな。
ヤンスターの姿を一瞥し、直様目の前ので剣を交わす弟の対処を考えあぐねる。
(半時で本当に元に戻るんだろうな…?)
一抹の不安を胸に抱いて私はディー君との戦いに腹を括る。
「聞こえているか!?ディー君!?お姉ちゃんだぞ!しっかりしろ!!」
思いの丈をディー君にぶつけてみる。
しかし私の言葉に反応を示す事は無く、何かを小声で呟いている。俯き気味に、弟の酷く濁った様な力の無い瞳が見える。
こんなディー君の姿を見るのが辛い。
心が壊れると言うのはこんなにも人を変えるのか。
「しっかりせんか!ディー君!!」
剣をいなしながら、肩をディー君の身体に入れて突き飛ばす。
無防備に体当たりを受け、土煙を上げて後方に飛ばされる。
それでもゆらりと立ち上がり、私を睨みつける。
ディー君の目が…。
私を睨みつける瞳は、先程の様などこまでも濁り続ける様な抑揚の無い瞳ではなく、あの日の空の様に紅く、憎しみの色に染まりきっている。
私はこの目を覚えている。
身体を震し、私に感情をぶつける。
『アッ…。アァ…アッァァァァァァァァァ!ユルサナイ…!ユルセナイ…!!テキヲ…コロス…!ユルサナイ!ヨウマヲ!!ユルサナイ!カミヲ!!』
「ディー君…」
頭を抱え、今にも泣き出しそうな顔で天に向かって絞り出す、獣の如き咆哮が空に突き刺さる。
『ユルセナイ…ユルセナインダ…マモレナカッタ!!オレノセイデマモレナカッタ!!チカラガナ…カッタ!ヨワカッタカラ!!オレガ!オレガァァァァ!!』
叫び、猛る。
剣を構え再び私に斬りつける。
一振り二振りと躱し、三振り目は剣で受ける。
鋭い剣撃から、お互いの刃から火花が飛び散る。
私と出会い、愚直に強さを求め、無駄な殺生を好まず、他者に対する思いやりを忘れず、周りの者を笑顔にさせてくれた弟。
妖魔領で戦いのあった時、家族がいると命乞いをする妖魔族を見逃してやった弟。妖魔領内で飢えで苦しむ妖魔の子供に自分の食料を分け与えた心優しき弟。だからこそ聞いた事がある。
その真意を。
「何故そこまでするんだ?」
ある日私はディー君に問いかけた。
何故そんなに優しいのか。
どうして憎む事をしないのかと。
彼はいつもの様に穏やかな表情で話す。
「俺は大丈夫だよ。それよりもこんな戦いが早く終われば良いのにね…」
別段普段と変わらず飄々と答えるディー君。強いて言えばその表情に少し陰りがあったくらいだろうか。
あの時、胸に生まれた僅かなしこりは、彼の言葉によって溶けて消えた。
しかし、現実は違っていたのだ。
出会って過ごしたあの時から、今の今まで!
「ディオ…。君はずっと自分自身に嘘をついていたのだな…。全ては戦争のせいにして、出来る限り傷付けず、自分だけが傷つき、殺したい程憎くても、誰も憎まぬ様に心を欺いて…。それに…」
それに、彼が手に持つ剣は見覚えがあった。
幼き日、彼の目の前で倒れた父君が最後に持っていた剣。
あの時、身の丈に合わない剣を手にし、妖魔に向かった幼きディオ。
もっと良い武器があっても、決して手放す事は無かった剣。
「そうか…。それが君の『1番目』の、最初に魂に刻んだ武器だったんだな…」
戦争が終わり、平和になりつつある今になってようやく彼の苦しみに気づけた様な気がした。
私はお姉ちゃん失格だ。
こんな事になるまでディー君の苦しみに気づいてやれなかった。
一番多くの時間を過ごし、傍にいてあげれたのに!
自分の不甲斐なさを反省するのも、感傷的になるのも後でも出来る。
今は一刻も早くディー君を楽にしてあげたいと心から願う。
『グッ!ガァァァッ!!』
ディオが力任せに剣を横薙ぎに振るう。
咄嗟に腰を落とし、しゃがみ姿勢のまま、左足首を狙い廻し蹴りをする。私の蹴りを察知したのか、上体を反らし、後ろへとジャンプする。お互いまた一定の距離で拮抗を保つ。
出来るだけ傷を負わさずに戦うってのは骨が折れる。
動きは鈍いものの、れっきとしたパーフェクトウォーリアなのだから。
その身体に染み付いた戦う為の行動が顕著に出ている。
全く大した子だ。自分の意識下で動いている訳ではないのに。距離を保ち、私がそんな事を考えていると、事態が急変した。
『11武装閉錠』
その言葉を告げた後、ディー君の持つ剣が消えた。
もしや効果が思ったよりも早く消えたのかと思ったが、そうではなかった。
『11武装開錠……』
新たに唱えたディー君の左手が輝き始める。
私は届かないと知っていても叫ばずにはいられなかった。
「やめろディー君!それは乱用しては駄目なやつなんだろ!?君の…!君の命を削るんだろ!!」
私の必死の思いは言葉はやはり届かない。
心に負った傷を無理やり思い出さされ、憎しみに染まる彼の攻撃衝動は、収まる事を許さないのかもしれない。
しかも、これ以上の武装開錠は本当にディー君の身体にダメージを与える筈だ。
ままならぬ苛立ちに、焦りも重なる。
なるべくならディー君を傷つけたく無い為に、出来るだけ力を抑えていたがそうも言っていられない様だ。
『キタれ…!クノ…ブソウカイジョ!『豊穣の蒼弓』…』
重く静かに流れた言葉と共に、彼の左手に蒼き大弓が現れた。




