Miscalculation~誤算~
「絶望の狂想曲!」
まるで地面が泥沼の様に沈みゆく錯覚を覚える。
自分が今何処にいるのかもわからない様な感覚。
暗い闇の中に俺は1人漂っている。
そして暗い闇の中から紅い光が写し出される。
光は徐々に近づき、俺を飲み込む。
そう…。
紅いのだ。
あの時見た世界は、とても紅い…。
『忘れるもんか…』
それは俺が忘れる事等絶対に出来ない悪夢。
俺の始まりの絶望。
空が炎で紅く染め上がる。
「お父さん!!お母さん!!リタァァー!!」
今は亡き父と母、そして妹の名を口にする。妖魔達の視線を掻い潜り、家族の元へと走る。
村外れの湖に遊びに行っていた俺は村の方から立ち上がる黒煙と炎で異変に気づき、慌てて村へ戻った。
途中村の自警団の人達が必死で戦っている姿を何度も見た。
村の家屋が燃え盛り、崩れていく。炎は天まで燃え上がり、空を紅く染めている。
数と力にものを言わせ、妖魔達は思う存分に蹂躙を始めた。
目の前で大人達が斬り殺され、生きたまま焼かれ絶叫の中、絶命する。
「あっ!あっぁぁ!?」
小さく悲鳴をあげて無我夢中で走る。
目の前で知っているおじさんが殺された。
(怖い…でも早くお父さん達の無事を確認しないと!)
もうすぐ自分の家だ!そこのお父さんとお母さん。リタもいる。
そうだ…。
もう目の前まで来た時に、燃え盛る我が家の前で父さんと母さんは…。
『やめろ!やめてくれぇ!もう見せないでくれ!!』
心が痛い。
粉々に砕け散るかの様だ。
無理やり思い出さされ、鮮明に見せ付けられるものは、あの日家族を失った光景。
妹も失い、何も出来なかった自分と神を呪った日。
「お前はここから早く逃げなさい!ぐっ!?ぎゃぁぁぁぁ!!」
目の前で優しく、釣りの得意だった自慢の父の胸を貫く姿を見せられる。
「あっ!あなたぁぁ!!しっかりしてあなたぁ!!…よくもぉぉぉぉぉ!!」
血塗れの父に寄り添い、父を刺した妖魔に向かって母が手をかざす。炎が生まれ、妖魔の甲冑ごと身体を燃やし尽くす。黒く焼け焦げ、立ち尽くしたまま絶命する妖魔。
「はぁはぁはぁ!!あなた!?しっかりして下さい!今すぐ治癒魔法を!お願い間に合って!!」
涙を流し、肩で息をする母が父の胸に治癒の魔法を施す。
絶対に父を救う。
その力強い思いと共に、父の体に添えた母の両手が優しく光り出す。
『お願いだ…やめてくれ……やめてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!』
父の胸に手を当て、治癒魔法を施していた母の手から光が消えた。
母の首が鮮血を上げて宙を舞う。
母が倒したと思った妖魔は絶命する事無く、持っていた剣で母の首を切り裂いたのだ。
料理が得意でいつも笑顔が絶えなかった母さん。
俺に魔力が無い事を悲観せずに「それがディオの個性なんだよ」と言ってくれた優しかった母さん。
炎が辺りを燃やす尽くす中、両親が折り重なる遺体に近づく。
そして。
『ヤ、メ、ロ…。ヤメ…ロ…!』
沈みゆく世界に残される絶望。
あの日見た一生忘れる事の無い紅い空。
忘れる事の無い感情。
「どうだ!野良犬!?貴様の絶望は何色だ!!犬でも人並みに絶望する事があるようだな!あ~っはっはっは!!」
プツン…。
何かが音を立てて瓦解し、世界は暗転した。
『コ……テ…ヤル…。コロ…テ…ヤル…!』
「ふんっ!心が砕かれ、もう何も出来ない様だな!さらばだ野良犬。今後俺に出会う度に、惨めに隠れて生きるが良い!」
ヤンスターが突き出した細剣をディー君が避ける。
茫然自失と立ちすくむだけだったのに。
意識もあったのどうかも怪しい。
それを避けたとはどういう事だ。
細剣を躱され、驚くヤンスターが見える。信じられないとばかりに数歩後退する。
そして、静けさが広がる闘技場内で、拡声器も使わずにディー君の口から深淵の底から這い出て来たかの様な、普段のディー君を知る者ならば別人だと錯覚する、そんなただならぬ異様な声が響いた。
「コロシ…テヤル…。コロシテヤル…!コロシツクシテヤル!!」
なんだ?こいつは!?
確実に私の魔法で墜ちた筈だ。
何故避けれた?
いや、それよりもなんだ、こいつから放たれているこの圧迫感は?
奴の声を聞いてから、身体がおかしい。まるで息が出来ない様な感覚に陥る。
足が竦み、身体が震え出す。
何を情けない姿を晒す?
私はバトランジュ公国が名門ヤンスター家の者だぞ!!
何を怯える事があろうか!!
…。
怯えている?
この私が?
自分の考えがが信じられない。
「高貴なる血統の私が、どこの野良犬かも知れん奴に遅れをとるかよぉ!」
今一度細剣を構え、野良犬に向かって必殺の一撃を浴びせる。
「犬同士仲良く血に染まれ!『糸人形の仮面舞踏会!」
パシッ!
その乾いた音と共に、私が繰り出した渾身の技は最初の一突き目で呆気なく、まるで子供の児戯の様だと言わんばかりに、あっさりと剣を握られ防がれた。
「離せっ!離さんかぁ!!」
力任せに細剣を奪おうとするが、奴の手に掴まれている細剣はビクともせず徒労に終わる。
奴の顔を見れば未だ虚ろげな表情を残したままだ。間違いなく、絶望を見せつけ、心を破壊した筈だ。
それが何故今になってまだ動けるのか。
「糞犬がっ!離さんかぁ!!」
右足で奴の腹部を蹴りつける。
剣を離し、再びその場で立ち尽くす。
なんなのだ一体、こいつは?
一体なんなのだ!?
卑しい平民風情が、私に恐怖を抱かせるとは!
ありえん!
お前らの様な者達は、我らが貴族の一生の肥やしに過ぎない。
その肥やし風情が私に歯向かうだとぉ…!
歯ぎしりをし、奴を忌々しげに睨みつける。
微かに口が動いたと思った矢先、またあの心臓を押しつぶされるかの様な声が響いた。
『11武装開錠……』
なんだ?
奴の手に光が…!?
魔法が使えない無能者じゃなかったのか!?
『キタレ…。イチノ…ブソウカイジョ…。銘無き剣』
奴の右手に突然現れた剣は、鈍い光を放ち異様な光景を見せつける。
なんだあれは?
いや何でも良い。あんな見掛け倒しの何かで、臆する事はないのだ。左手に持つ細剣を改めて構え、奴に今一度攻撃する。
「はぁぁぁぁ!」
ヒュンヒュンヒュン…。
ふわっと風が巻き起こり、前髪が浮き上がる。
なんだ?
風?
そう思った瞬間、私が手にしていた細剣は鋭利な刃物で切られた果物の様にバラバラに斬り落とされていた。
「し!真剣!?」
その事実に恐怖し、後退りする。
奴が歩を進め近づいて来る。
グゥワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン……!
グゥワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン……!
グゥワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン……!
銅鑼の音が鳴り響く。
「試合中止!ディオニュース・カルヴァドスの失格とする!ヤンスターの子息!ただちにその場から逃げろ!!」
試合はこいつの失格で終わった。
しかし銅鑼の音が鳴り響いても俺を狙い、斬り続ける事を止めない。
「く、来るなぁぁ!!」
ひと振り、ふた振りとする度に、身体を徐々になます切りにされていく。
左腕を、折れて腫れ上がる手首を庇った右腕を、足を背中を顔を。
全身から出血し、汗と血が交じり合う。
痛みと恐怖は身体を包み込み支配する。
虚ろな瞳は何を思う訳でも無く、ただ私を淡々と斬りつける。
『ユル…サナイ…。ユルサ…ナイ…。ゼンブコロス…。コロシツクス…。カエ…セ。カエセ…。ト…サン…ァサン…ヲ…。リ、リタヲォォォ…』
(何故私がこんな目に会うのだ!?恐ろしい…!嫌だぁ!何なのだ!コイツは一体『何者』なのだ!?怖ろしい!恐ろしいっ!!あぁ…!来るなぁ!!)
無様に逃げ惑い、恐怖から逃れる様に、目の前の化物から逃げる。
闘技場内に血を滴らせ、腕をだらしなく下ろし、足を引きずり力無く逃げ続ける。
一撃で止めを刺さず、まるで狩りをする様に徐々に追い詰められていく。
私は完全に奴の獲物となっているのだ。
必死で逃げ続ける。
「早く!早く誰か来てくれぇ!!」
断末魔とも思える心からの叫びを上げる。
しかし、とうとう壁際まで追い込まれた時、奴は初めて剣を構えた。
確実に私を狙い斬り殺すつもりだ。
「え…あっ?あぁぁ!?や、やめてくれぇ!殺さないでくれぇ!!」
両目から恐怖で涙を流し、失禁しながら懇願し、無様に命乞いをする。
ぶるぶると身体を震わせ、尚も声の届いていないだろう相手への懇願を止める事はなかった。
「はぁ…はぁ…!お、お願いだからぁ…!やめっ、やめてぇ…。いやっ…!嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
恥も何もなく、心の底からの叫び。
しかし、目の前の自分の命を摘み取る捕食者は抑揚のない表情で次の所作に移す。
剣を胸の辺りに構え、腰を落として力を溜め出したのだ。
「嫌ぁだぁ…あっ?あぁぁぁぁぁ!?あの構えは…!!」
ガチガチと歯が鳴り、首を左右に振りこの先起こる事態を拒否する。
身体が絶望に支配され震え続ける。
『イ…レイ…ザー…トラスト…』
奴の身体が陽炎の様に揺れ、そして消えた。
次の瞬間には私の身体はあの剣で貫かれているんだろう。
あの不気味に鈍く輝く剣に、突き刺さるのだ。
涙を流し両目を瞑る。
『本家!斬煌の神突!!』
ガキィィィィィィィィィィィィィン…!!
場内を覆う絶望感が、凛々しき声と凄まじい金属音によりかき消される。
未だ晴れぬ雲の切れ間から一筋の光が場内を照らした。
その中でディオニュースの剣を受け止め、ダミアンを救った者が刃を交じり合わせたままで言い放つ。
「ふん!お姉ちゃん…参上!!」




