其々の胸中
場内の人々が見守る中、ディオ様とダミアン殿の試合は行われました。
銅鑼の音が鳴り響く、その直前までお2人で何か会話をしていた様にも見えました。遠くの観戦席からでは、そのご様子を伺い知る事は出来ません。しかし、銅鑼の音が鳴る頃にはディオ様の様子が少しおかしい様にも見えました。
(私の杞憂でしょうか?)
心にチクリと刺さる不安の刺が、無性に広がる様な気がします。
闘技場内を、埋め尽くそうとしている灰色の雲がそうさせるのでしょうか。
私に出来る事は願う事、そして応援する事だけです。
無事に終わり、私の元へと帰ってくれるように。
撫でられた頭を一撫でする。
「ディオ様ぁぁぁぁぁ!頑張って下さいませぇぇぇ!」
王族としての立ち振る舞いでは無いのでしょうね。それでも私は大きな声で、私だけの勇者様の帰還を待つのでした。
「むぅ…。いかんな…」
いつになく真剣な眼差しで闘技場を見つめる。
その理由は今中央で闘う1人の生徒に理由がある。
勿論それは、ディー君だ。
ヤンスターの者と開始直前まで話をしてから何かおかしい。
動きそのものは初撃で見れば悪くない。
しかし、自ら避ける様に当たらない。
「ヤンスターの魔法か?ふん。地味だが嫌な魔法だ。魔法の使えないディー君とは相性が悪い」
どのタイミングでかけられたのかと考えていると、先程からヤンスターの者が細剣を構えたまま、自らは決して打って出ない事に気づいた。右手を細剣に添えて、小刻みにずらしている様にも見える。
「あれか…。実に用意周到で狡猾な発動形式だ」
チッ!と意識せず舌打ちが出る。
周りの関係者が振り向く程には声が漏れていたらしい。そんな視線を気にも留めず、ディー君を注視する。
ディー君が一瞬の隙を突いて、反撃に転じる。
しかしそれもヤンスターの者が苦し紛れに放った微弱な炎で失敗に終わる。
(どうしたのだ?ディー君?らしくないぞ!?)
あんな苦し紛れの悪手、いつもなら絶対に対応出来た筈だ。何が彼をそこまで余裕を失わせているのか。
パーフェクトウォーリアがあの程度の相手に苦戦を強いられる等ありえない。
膨大な魔力を持ち、強力な魔法を駆使する妖魔族達から放たれるのは、人を一瞬で消し炭にする地獄の炎。
吐き出す息すら瞬時に凍らせ、永遠の氷人形と化す氷の吹雪。そんな人には出来ない様な魔法を使う奴らを少なくとも相手して生き残ってきたのだ。
では何故ここまで強いと言っても、たかが一学生であるヤンスターにしてやられるのか。険しい表情で見つめる私に、傍らで試合を見守っていた魔法学のパウラ先生が呟く。
「はぁ…、ダミアン君はとても嫌な攻撃をしますね。私が教えた事を理解し昇華させる姿勢は評価しますが、あれでは人を嬲り楽しむ魔獣と変わらないじゃないですか…」
ため息と共に吐き出す言葉が、重たく感じる。
やや恰幅の良い、中年の女性であるパウラ先生は頬に手を置き、また重苦しく嘆息する。
「先生?彼に何か指導したのですか?」
「えぇ。私の教える魔法は少し変わってまして、基本四属性とは違い『人の心』に変化をもたらす魔法を私自ら研究して、生徒達にも指導しています」
「人の心…?」
そんな魔法があるのか?最も多くの者が使用する炎を始め水、風、地。
そこから派生する氷、雷、等は知っているが心とは…。
「えぇ。人の心はとても純粋な物です。故に傷つき易く壊れやすい。私の研究は、傷ついた心を癒す為に。人の深層に問いかけ壊れた心を繋ぎ戻す為の魔法。『心の安寧』深く目を閉じ、闇の中から少しずつ心の欠片を集めて繋ぎ合わせる…。地味な魔法ですからね。専攻してくれる生徒も少なく、ダミアン君の様な貴族の青年が選択してくれた事もあり、彼の姿勢もあって丁寧に指導しましたが、彼はそれを戦いに応用する為に学んだのですね…。もうあれは私の教えた魔法じゃありませんね、彼が自ら変化させた深層魔法とでも形容した方が良いのかも知れませんね…」
先生の表情は落胆以外の形容が見つからない。
誰にでも存在する人の弱さ。
『心』
そこに直接作用させる魔法。
屈強な肉体を持つ者でも心には弱さが存在するのかもしれない。最強と謳われる魔法使いにも知られたく無い弱さがあるのかもしれない。
きっと本来は、神経を衰弱させた者に対するカウンセリング的な意味合いの強い治療系の魔法なのだろう。それを攻撃手段に用いる事で、しかも攻撃を構える姿勢で既にかけていたのか。
「ふん。攻撃一辺倒の下手な妖魔よりタチが悪い」
そんな魔法があるとはな。
人は妖魔程、強力な魔力を持たず特別な存在では無い。しかし考え昇華し、進化させる事で様々な困難を打破して来たのだ。
これも恐らくはその結果の一つなのだろう。
未知数の魔法。
それを学び戦闘に応用し、今私の眼前でディー君を嬲り続ける者に大人気なく怒りが沸き起こる。
歓声が大きく上がり、その直後ディー君がヤンスターの腕を取り、ヤンスターが苦悶の表情を浮かべた。
一部始終見ていたが、あれはきっと折ったな。
激しい痛みで、のたうちながら下がるヤンスター。
その直後、先程同様に構えだしたヤンスターが細剣に折られたであろう右手を添え始める。まるで弦楽器を奏でるかの様な仕草は、貴族特有の雰囲気も合わさってか様になっている。
その直後、ディー君がその場から動かなくなった。
何かヤンスターがディー君に向かって激しく言い放っている様だがこちらまでは声は聞こえない。
「どうした!?ディー君!?何故何もしない!!何故動かないのだ!」
思わず怒気を含んだ声が零れる。
横に座っていた先生も私に対して驚いている。
立ち尽くし、ただじっとヤンスターから受ける深層魔法を受け続けている。
胸騒ぎが収まらない。
試合の裁断権は私が持っているが、それは勝負ありと判断した時に使用する。
ロバート・ロイルの様に、結果的にまだ闘う意思を示した為に、戦いを終わらせるのが遅れてしまったの訳だが…。
しかしこの胸騒ぎはどちらだ?終わらせるか否か?
額を嫌な汗が一筋流れ落ちる。
そして、それは私達の見守る中で起こった。




