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ダミアン・メリル・ヤンスター

場内は今までの喧騒が嘘の様に静まり返っている。


息を飲む。


その言葉がしっくりとくる。


手に汗を握る。


これも該当するだろう。


闘技場中央には既に2人の生徒が対峙していた。


ディオニュースとダミアンの両者である。


其々の闘いを観戦した者達はみな一様に、固唾を呑んで待つ。この闘技場が本来の目的で使用されるかのように。


試合では無く、殺し合いが今にでも始まるかの様な雰囲気さえ醸し出す。


場内の全ての観戦者達は、これから始まる闘いに不安と期待をせずにはいられなかった。



「野良犬。串刺しになる覚悟は出来たか?」


忌々しげに辛辣な言葉を吐く。


目の前に対峙するダミアンは何の遠慮も無く、俺に話かけた。


「そんな覚悟なんてないさ。それよりもお前が負ける事実を受け入れる覚悟は出来ているか?」


別にダミアンを挑発している訳では無い。ただ淡々とこれからダミアンに起こる結果を話す。


俺の言葉の意味を理解した上でなおダミアンの余裕の表情は崩れない。


「ほう…。流石野良犬だな。一人前に吠える」


「…そりゃどーも」


自身の勝利を絶対のものとし、その自信は揺らぐ事が無い。


奴にしても俺が敗北する事が決定事項であり、結果なのだろう。


侮蔑の眼差しは鋭さを増し、歪んだ深層から生み出される言葉が俺の鼓膜を刺激する。


「犬である貴様に一つ恩情をかけてやろう」


突拍子も無い事を言う。


だが奴は至って真面目にかつ、嗜虐的に話す。


「犬の貴様に分不相応のものがある」


「…へぇ。それは知らなかったな…」


「浅はかで無知なる愚者たる貴様には不要だろう?マリーベルから離れろ」


どうして此処でマリーの名が出てくるのかと眉をひそめる。俺の心中を察してか、笑みを浮かべながら答える。


「アレは良い女だ。小国の末姫であろうとも、王族の血を受け継ぐ者だ。それに見た目も麗しい…。そう、俺の横に並ぶ者としては合格点だろう」


「……」


「なんだ?その顔は?言っただろう?貴様には分不相応だと。何をそんな顔をする必要がある?最初から貴様の様な野良犬があの女に近づく事すら普通は無い事だぞ?どう言いくるめて取り入ったのかは知らんが」


ダミアンの勝手な言い分に、心臓が爆発するのではないかと思う程激しく高鳴る。


「お前は…。お前はマリーを憎んでいる様な節があった…。それが何故だ?まるで最初からマリーを狙っているかの様に話す?」


無理やり感情を押し殺し、言葉を繋いでいく。


俺がダミアンと初めて会った時、奴はマリーに対して辛辣な言葉と対応をしていた筈だ。それがどうしてだ?どうして今になってマリーを求める様な事を言う?


「バトランジュの王族の血も流れ、古きから使える由緒正しき高貴なる血統!我がヤンスター家の妻として迎えるには充分な肩書きとは思わないか!私がこの先の栄華を誇る為に、あらゆる手を使いあの女に接触を計って来たのだ!容姿麗しく王族の姫と言う肩書きを持つ、あの女が何程政治的に利用出来るか犬の貴様には理解出来まい!!」


視線を落とし、俯き加減で重い口を動かす。


「…一つだけ聞いていいか?」


「なんだ?言ってみろ」


「マリーを妻にすると言ってんだろ?だったら彼女の事を少なくとも愛しているのか?」


このどうしようも無い男を、友人を必要以上に傷付けた男に俺は一片の『人』を見ようとしたのかも知れない。


そうであって欲しいと言う願望もかけて。


だが帰って来た言葉は、俺の身体を嫌な何かが染めていく様にぬめりと覆いつくした。


「愛?愛だと!?そんなものは必要ない!言っただろう?あの女に必要なのはリングベル王女と言う肩書き!そして私のヤンスターと言う肩書き!それ以上でもそれ以下でも無い!…まぁそうだな。あんな身体ではあるがアレも一応女だ。夜くらいは精々慰め程度には可愛がってはやるつもりだがな」


「……そうか…」



「只今より準決勝戦!アドニス所属!ディオニュース・カルヴァドスと、同じくアドニス所属ダミアン・メリル・ヤンスターとの試合を開始する!」


姐さんの声も何処か遠い気がする。


グゥワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン……!


「始めぇぇ!!」


開始の合図が切って落とされる。


俺は少し残念でならないよ。


生徒同士のお祭り騒ぎが、今はもう楽しむ事が出来ないのだから。


本当に残念でならないよ。


どうして今この手に持つ剣が刃引きされた模造刀ではなく真剣でないのかと。


ゆっくりと剣を動かし、右手一本で構える。


「恩情なんて必要ない。お前はただ、負ければいいさ…」


ダミアンにも聞こえたかどうかもわからない程に、小さく呟く。


俺が剣を構えた時には、既にダミアンは右手を細剣に添え、左手に構えていた。


元々恩情等無かったらしい。


そんな事はもうどうでも良い。


ヒュッ!!


俺は確実にダミアンの左首付近に向かって無遠慮に、上段に構えた剣を振り下ろす。


きっとこの場内で、俺の動きを確実に捉えたのは姐さんだけだろう。


神速と呼ばれる程では無いが、並みの戦士では捉える事が出来ない速さでダミアンに斬りかかったのだ。

もうこれ以上この男と話す事は一切必要無い。


そう思ったからこその、一撃だった。


「貴様…!いや、まぁ良い。何程速かろうが、私には届くまい」


一瞬で斬りかかれて、驚きの表情を隠さないダミアン。


しかし、それ以上に俺が驚いていた。


「当たってない…?避けたのか…?」


そんな事は無いだろう。


ロブロイ戦の時に本気でなかったのかもしれないが、それでもダミアンが俺の速さに対応出来る程の技量の持ち主には見えなかった。


それにこの状態は、ロブロイが最初の初撃で不自然に進んだ様子と同じだ。


という事は、ダミアンが避けたのでは無く


「俺が避けた?…もしくは『ずらされた』のか?」


ダミアンに視線を移すと、愉快そうに表情を崩している。


先程からする耳鳴りも鬱陶しい。


「どうした?何故当たらないか不思議か?俺は何も避けたりなんてしていないぞ?お前が勝手に避けたんだ!」


得意気に言い放つ。


そうか、ロブロイはだから剣に魔法をかけて対応出来ていたのか。器用だよ。咄嗟に理解し、その対処が風の力でダミアンを切り裂く事を思い付くなんて。


ロブロイとの試合を見ていなければ、俺だって対応が遅れるだろう。確認したい事があり、もう二度、三度と胴を薙ぎ、突きを試みる。


しかしそれらも、全てダミアンにかすりもせず、空を切る。


魔法…。


でもそれらしい事はダミアンはしていない筈だ。


ではどこで魔法が発動し、このズレを生じさせているのか。


「では往くぞ。お前もあの男の様に全身穴だらけにしてやる!!」


目を見開き、もの凄い勢いをつけて俺に突きを繰り返す。


カン!


キィィィン!


キンッ!


先程の耳鳴りは成りを潜めた代わりに、金属がぶつかり弾け合う無機質な音が耳をつく。


剣を弾き、繰り出す突きと斬撃をしっかりと見極め躱す。


「ハッ!!」


ダミアンが一声唸り、細剣の鋭い突きの一撃が眼前に迫る。


それをロングソードで大げさに弾き返すと、一瞬ダミアンの姿勢がぐらつき隙が出来た。


「その一瞬が命取りだぜ?貴族様」


弾き返された細剣は、大きく左へと跳ね上がり、左上部から無防備となる。


弾いた剣を持つ手首を返し、そのまま斬りつける。


(…もらった!)


左上部を狙った斬撃は、ズレる事無くダミアンに吸い込まれる。


しかし、それが届ききる前に俺の顔面に差し出された右手から炎が生まれ目の前が紅に染まる。


「ぐっあぁぁぁぁ!?」


堪らず叫ぶ。

顔をかなり焼かれた訳では無い。


詠唱無しの、苦し紛れの中での一瞬の篝火の、火の粉の様なものだ。


だがその火の粉でも運が悪ければ、事態は深刻化する。


今の俺の様に。


「いってぇ…。目を…、目をやられた…?」


油断だったのだろうか。


慢心だったのだろうか。


それともダミアンと言う男を前にして冷静さを失った結果だったのだろうか。苦し紛れの体勢から放たれた炎は俺の両目を軽傷程度だとは思うが焼いた。


その結果、目を開いて見るものの、全体が白っぽく見え、ダミアンの姿を確認する事は不可能だった。


「はっ!?はは…!驚かせやがって!この!野良犬め!」


ダミアンの慌てた声の後、直ぐに腹部から強烈な痛みと衝撃が襲って来た。勢い良く蹴られたらしい。

上手く姿勢を保つ事が出来ずに、無様にも闘技場に這い蹲る。


白い靄がかかった視界から、容赦の無い攻撃が繰り返される。


「どうした!?野良犬!キャンキャンと鳴いてみせろよ?無反応では私が楽しめないだろうが!!」


バシィィ…!


語尾を強めて、拳打を顔面に叩き込まれる。


だがその拳を左手で辛うじて、掴み取る。


相変わらず目は見えていないが、単調な打撃とタイミングのダミアンの攻撃を防ぐ事が出来た。


口の中はそれなりに出血はしているが、大した事じゃない。


それよりも今、ダミアンの腕を捕まえている事が重要だった。


「…貰うぞ」


「貴様!?何をっ!!」


ボキッ…!!


ダミアンの、どちらかの腕の骨が確実に砕ける音が聞こえた。


どうせ後で治療して貰えるんだ、遠慮なく砕かせて貰った。


「ぐっ!?ぐぅぅぅぅぅぅ!!きっ!貴様!よくも!よくもぉぉぉぉぉ!!」


ダミアンの激怒しているであろう声が俺に向けられる。


「両目をやられている人間を散々いたぶってくれたんだ。腕の一本くらい安いもんだろ?」


口元を緩め、ダミアンに話す。


表情こそ窺い知れないが、声で大体どんな状態かはわかる。


「こっ!殺してやるっ!!」


大激怒だ。


言葉だけでも誰でもわかる事だとは思うが。抑えようとしない感情の中、殺人宣言をしたダミアンが続く。


「最後に野良犬に教えてやる。お前ら犬達の攻撃をズラしていたのは勿論俺の魔法だ!特に気付かれにくい幻術が得意でな。ずっと耳鳴りがしていただろう?あれは剣に魔力を共鳴させていた音なのだよ」


耳鳴りの正体はダミアンの魔法だったのか。


共鳴音とか、そんな使い方も出来るのか。


もしかするとダミアンだけの独特の使用方法かもしれない。


思い返すと、細剣に右手を添えていた。


と言う事は右手から魔力を放出し、細剣から共鳴音を出してこちらの感覚を狂わしていたのか?怒りに任せてダミアンが話しているが、こんな魔法聞いた事もない上に気づかれないだろう。


「糞が…!もう満足に右手は動かないが。指先が無事なら大丈夫か…?魔力さえ剣に共鳴出来れば良いのだからな!野良犬!貴様はアンクレストの犬の様にはさせん!更に惨めに悲惨に!この闘技場で絶望を味わせてやる!!」


直後、激しい耳鳴りと共に、靄のかかった世界が暗転を始める。


直様耳を塞ぎ、この攻撃を防ごうとする。


しかしその様子を見ているダミアンが嘲笑う。


「無駄ァ無駄ぁ!いくら耳を塞ごうがこの魔力の共鳴音は貴様の脳に直接鳴り響く!どうだ?世界が暗く沈んで往くだろう?絶望だ!貴様自身の絶望に溺れ、飲み込まれるが良い!!」


ダミアンの声が激しくも冷酷に俺に告げた。


絶望の狂想曲(デスパレート・カプリチオ)!」


その声と共に、俺は深き闇に沈みゆく。


暗転した世界で、二度と思い出したく無い俺の絶望を見せつけられたのだった。

ご意見ご感想、評価が執筆の活力となっております。

気軽にご感想等して頂けると本当に喜びます^^

今作も楽しんで貰えれば幸いです。

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