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慈愛の癒手メリーアン

倒れたロブロイに治療班である生徒や先生が駆け寄り、治癒魔法を施しながら担架で丁寧に運び出す。


俺は観戦席から直様離れ、闘技場内に備え付けられた医務室へと急ぎ階段を降りて行く。


明るい日差しの中から、薄暗い闘技場内の通路を走りだす。


無機質な石造りの壁が今はやけに腹立たしい。


すれ違い、行き交う人達の中を掻き分け、医務室を目指す。


「ここか!?」


扉をノックする事も無く、無遠慮に開ける。


「ロブロイっ!ロブロイは大丈夫ですか!!」


部屋を見渡す前に、開口一番叫ぶ。


(どこだ!?)


白い布で覆われた一角に大勢の人達が慌ただしく治療している姿が目に入った。


そして、その中で治療班の一人らしき年配の男性が近づき俺に向かって凄い剣幕で怒鳴りつけた。


「君!騒ぐんじゃない!先程の試合で重傷を負った生徒が今治療しているんだぞ!騒ぐなら出て行ってくれないか!」


「す、すみません!俺は、俺はその生徒の友人なんです!彼は!ロバート・ロイルの怪我はどうなんですか!?」


怒鳴りつけた男性に怯む事無く食い下がる。


あれだけの事を見せつけられたのだ。


少なくとも右手の掌は貫通しているんだ。


平静を取り繕う事なんて出来る筈が無い。

男性に詰め寄りロブロイの容態を聞き出す。


「ちょっと君!?離れてくれないか!彼の容態は安定している。数少ない中級クラスの治癒魔法を扱える方が彼の手を治癒している最中だ」


男性から離れ、白い布で覆われた場所へと駆け寄る。


すぐ後ろから男性の怒鳴る声が聞こえて来たが、今はどうでもいい。


布に手をかけ、横にずらす。


最初に目に映ったのは、ロブロイの右手を両手で包み込み、優しい光をロブロイに放ち続ける小柄な少女だった。


よく見れば、他にも2人程ロブロイに付き添い、身体を優しい光で包み込む人達がいる。


この人達が治療班の人達か。

俺はたまらず声をかけた。


「ロブロイは…。ロブロイの怪我は治りますよね!?」


3人は俺の問いかけに応じず、ただ必死に治癒魔法を施している。


俺はその場でただ黙っているしか無かったが、ロブロイの右手を治癒する少女が少し遅れて返答してくれた。


「大丈夫…。彼の右手は完全に治る…。私が絶対に治す…。だってロバートは…、ロブロイは私の大切な従者(ひと)だから…」


「え!?」


突然の事で驚きを隠す事も出来なかった。今ロブロイの右手を治療している少女は「私の従者」と言った。ロブロイがその身を賭して守ろうとした彼の誇り。


「あなたが…、メリーアン・レディア・アンクレスト…様?」


俺を一瞥した少女、メリーアンは優しく微笑む。


ショートカットのヘアスタイルだが、やや伸びた前髪で目元はよく見えなかったが青みがかった綺麗な髪が目に強く印象付ける。


何よりも表情は窺い知れなくても、ロブロイを思うその気持ちは言葉に、その行動に充分感じ取れた。


「君!いい加減にしなさい!さぁまだ治療中だ!此処から出て行きなさい!」


背後から肩を掴まれ、後ろに引きずられる。


先程の男性が退室を強く促す。


ロブロイの容態は心配だが、彼女メリーアンの言葉もあり、今度は素直に従った。


布で遮られた一角から下がり、今一度ロブロイの姿を見る。


上着は既に脱がされ、体中から噴き出していた出血も今は収まっている。ただ、彼の身体に残る出血の痕や、青黒残る内出血の痕が目に焼き付く。


「さぁ、早く出なさい!!」


男性の声に促され、今度こそ扉に向かって退室をする。


ゆっくりと、でもはっきりとした声が聞こえる。


「彼は…。全力を出したと思う…。あなたはあなたの闘いをして下さい…」


メリーアンからの言葉を背に受け、医務室を後にする。扉の前ではロブロイを知る、他の生徒も心配そうに医務室を見ていた。


俺の後に付いて来た医療班の男性が扉の前の生徒達に向かって話す。


「今治療中の生徒の事なら安心したまえ。傷も残らない様に綺麗に治療してみせる。だから君達も此処から去りなさい。此処は怪我をした者が来る場所だ」


男性の声を聞いた生徒達が一人また一人とその場から離れて行く。


俺もその中に混じり、その場を後にした。


自分の控え室に戻る途中、見知った顔に出くわした。


「…ディオ様?ロブロイ殿のご容態は…」


マリーが鎮痛な面持ちで俺の控え室の前で待っていた。


彼女もロブロイが心配だったのだろう。


しかし賢い彼女の事だ、俺の様に何も考えずに医務室に駆け出す様な事をせず俺の控え室でずっと待っていたのだろう。


我ながら、思った以上に気が動転していたのかもしれない。マリーに今さっきまでの事を、出来るだけ冷静に説明した。


メリーアンが彼を治療している事。身体の傷はほぼ塞がっている事。


治療班の男性が傷も残さないと豪語していた事。


それらをひとしきり話した後、マリーの顔は安堵に包まれていた。


「そうですか…、メリーアン様が…。でもロブロイ殿の容態が回復に向かっていると知れただけでも良かったですわ」


文字通り胸を撫でおろす。


「あぁ、そうだね…。俺も少し安心したよ…」


マリーに向けて出来るだけ明るい表情を見せる。


しかし、俺の作られた表情はすぐに嘘だとばれてしまった様だ。


「無理をなさらないで下さいませ。ディオ様…」


マリーの一言がその全てだろう。


主を心配させるとは、なんとも情けない事だ。


俺は大きく一度深呼吸をし、改めてマリーに向き合う。


「メリーアン様が言ってたよ。『あなたはあなたの闘いをして下さい』ってさ」


「メリーアン様が?」


「あぁ。だから俺は俺の闘いに集中するよ。ロブロイの仇討とか考えずに俺自身のやり方で大会に望むよ」


そこまでマリーに言って、少し心が晴れた様だった。


マリーも何か察してくれたのか、小さく頷き話した。


「そう…なのですね。わかりました!マリーはこれからも全力でディオ様を応援致しますわ!!」


マリーの力強い言葉に自然と笑みが溢れる。


そんな俺の顔を見て、マリーも上品に微笑む。


言葉も無く、2人が見つめ合っていると、背後から声をかけられた。


振り返るとそこには先程の試合の前に案内に来ていた係りの人だった。


「あぁ!居ました!ディオニュース選手、何処に居てたのですか!?もう第五試合が終わり準決勝戦の抽選が始まっているんですよ!!」


係りの人から出た言葉は、俺を充分に驚かせてくれた。


ロブロイの事を気にする余り、いつの間にかかなりの時間が経っていたらしい。


もしくは、第四試合が早々に決着が着いたのかも知れない。


銅鑼の音も何も気にしてはいなかったとは言え、かなり焦っていたのか俺は。


「さぁ、私と共に早く闘技場へ来て下さい。他の3人の選手も待っていますよ」


またもや催促をされる。

なんとも情けない始末である。


「マリー。どうやらもうすぐ始まるらしい」


「えぇ。その様ですわね。ディオ様、ご武運を!」


「おう。ありがとうな」


神妙な表情のマリーの頭を一撫でし、また闘技場の出入り口に向かって歩き出す。通路の角を曲がる時に、チラりとマリーの姿を見る。


両手を撫でた頭に乗せて、何やら赤面していたが、いらん事をしたかな?


視線を戻し、歩を進める。

次第に大きさを増す歓声。


直に薄暗い通路の先から白く輝く光が零れ始め、眩しさに目を細めながら闘技場中央へと向かう。


「待ってましたー!」


「気合入れろよー!!」


「頑張ってねー♪」


様々な歓声が折り重なる。


俺より先に待っていた3人に目をやる。


そして、中でも一人の男に視線を移す。


そう。


ダミアン・メリル・ヤンスターへと。


ダミアンも俺の視線に気づいたのか、俺の方へと視線をくれる。


いつも以上の侮蔑が交じる視線でだ。


いざ対峙すると思うところは正直ある。


ロブロイをあそこまで徹底的にする必要があったのかと。


自分の中に少しずつ蠢く黒い感情が、燻り始める。


駄目だ。


それ以上は思ってもいけない。


これ以上は考えてもいけない。


俺はこの武棟祭を楽しむ為に参加しているんだ。


自分自身に言い聞かせ、目を閉じる。


大丈夫…。


感情に飲み込まれるな。


大丈夫…。


いつもの様に飄々としていられる。


大丈夫…。


ここは戦場じゃない。


出来る限り、気持ちを静める。


場内を埋め尽くす人達からの声も今は遠く聞こえる。目をゆっくりと開き、正面を見据える。


高座から、声高らかに準決勝の抽選を行う姐さんの姿がそこにはあった。

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