ロバート・ロイル
「おい!?なんだ今のは!!」
「あぁ、一瞬過ぎてなにがなにやら…」
「あの子物凄く強いわ!」
場内の観客達が口々に感嘆の言葉を漏らす。
驚異、驚嘆、驚愕、驚懼。
それらが今まさに、試合を見守る観客達から発する言葉だろう。
ある者は目を見開き。
ある者は固唾を呑み。
ある者はその光景に高揚する。
それは、地面に這いつくばるロバート・ロイルと対する一人の男『ダミアン・メリル・ヤンスター』の圧倒的な力を前に騒然としていたのだ。
「ロブロイ…!」
友人の名を呟き、奥歯を強く噛み締め二人の主役を見つめる。
銅鑼の音と共に第三試合は始まった。
間合いを詰め、剣を片手に一気にイニシアチブを取ろうとしたロブロイ。
しかし、それは本当に一瞬の出来事だった。
何故かダミアンを、自ら避ける様に剣を突き出し、自分を避けて突進してくるロブロイに、易々とカウンターを取れたダミアンの細剣で頸部、うなじの辺りにかなりキツイ一撃を貰ったのだ。
もしこれが真剣での本物の戦いであれば、今のでロブロイの首と胴は下手をすれば別れていた。そうでなくても首の動脈を切られて絶命していただろう。
あくまで真剣での殺し合いでの話だ。
だが、それをわかっていても目の前の結果に背筋が寒くなる。
「ふん。どうした?もう終わりかアンクレストの飼い犬」
ダミアンの人を馬鹿にする声が、いや違うな…。
こいつは俺っちをどこまでも侮蔑している声だな。それが聞こえてくる。
あぁ、みっともねぇ…。
勢い良く飛び出したの良いが、この結果だ。
一瞬で意識を刈り取られた。
本当に俺っちって、何をしても中途半端だ。
いや、中途半端にも及んでいねぇのかも。
首から伝わる激痛が嫌でも現実を突きつけてくる。
このまま目を開かなければ、もう辛い思いも痛ぇ事もしなくて済む。
ディオっちにも後で謝ればいっか…。
頑張ったけど、俺っちには無理だったて…。
…
……。
(俺っちは何を一体頑張った!!何もやっちゃいねぇ!何もしちゃいねぇ!!)
あっさり負けを認めて少しでも早く楽になろうとしてしまった自分を思い切り殴りつけたくなる。
そんなんじゃねぇだろ?そうじゃねぇだろ!?
俺っちは何の為に闘う?
ディオっちと本気でやってみてぇから?
俺を馬鹿にし続けたこのダミアンに一矢報いる為か?
…違う!違う!違う!違う!!
俺っちが闘う理由は!何からでも闘い続けたいと、守り続けたいと思った理由は!!
(オラぁ…動けよ!俺の身体ぁ!いけ好かない貴族様の一撃をありがたく頂いただけだろうがぁ…!まだ心まで砕かれてねぇだろぉが!!)
目の前がチカチカと眩しい。
指一本動かすにしても、激痛が襲ってくる。
だが、痛みで意識がはっきりとしてくる。
「ん?なんだ?まだやるのか?今ので心も刈り取ったつもりだったのだがな」
足元がまだふらつくが、俺はそれでも立ち上がり、ダミアンを見据えて剣を再び構える。
正直、マジで首が痛ぇ…。
ダミアンの野郎から浴びせられる、冷たい言葉が逆に俺を奮い立たせる。
「はぁ…!はぁ…!生憎よぉ。あんな一撃で俺っちの心まで刈り取るなんて甘いぜっ!ダミアン!」
たった一撃。
でもそのたった一撃が思いのほか深刻なダメージを身体に伝える。
首だもんな。ほぼ全ての生き物の『急所』だ。痛みで脂汗が惜しみなく流れてくる。
でもそんな事は関係ねぇよ。
俺っちは約束したから、ディオっちに。
何よりも俺の大切な主様によ。
「かかって来いよ!飼い犬野郎!」
「吠え面をかくのはおめぇかもよ!!」
余裕をかましているダミアン。
だからこそ付け入る隙がある筈だ。
剣を垂直に構え、剣を持つ両手を胸に引く。
身体に流れる魔力を感じる。
剣も魔法も学力も中途半端だけどよぉ。
自分の決めた思いまでは中途半端にしてたまるかよ!!
「大気に彷徨う風の踊り子達よ…。猛り狂うその力、俺っちは願う!お前ぇらに!お前ぇらの力をほんのちょびっと貸して欲しいんだ!あいつを…、目の前のあいつを倒したいんだ!俺に力をぉぉぉぉぉぉぉ!!」
立ち上がったロブロイが、剣を構え何かするつもりだ。
魔法を使える彼が、何かを仕掛ける様に見えた。
しかし、それを黙って見ているダミアンに不自然さを感じてしまう。
まるで歯牙にもかけていない様な、相手を馬鹿にしている様な。
ロブロイを舐めている様に見える。
「頑張れぇ!ロブロイ!負けるなぁぁ!」
俺の声援は、他の観客達の歓声で直にかき消される。
しかしロブロイに聞こえていなくても、俺が出来る事は友に声援を送り続ける事だけだ。
だからロブロイが立ち上がり、闘い続けるなら何度でも声が枯れるまでだって応援してやるさ。
「負けるなぁ!ロブローーイ!!」
ふと俺っちを呼ぶ声が聞こえた気がした。
まぁこれだけの人が居るんだ、こんな俺っちを応援してくれる奴らも居てくれてるのかもしんねぇな。
だからこそ、アンクレスト家の従者として!みっともない真似は出来ねぇ!
『属性付加・烈風』
「なんだと!?貴様…一体それは…」
嬉しいねぇ。
初めてじゃないか?ダミアンが俺っちの前でこんな驚いた顔をするのはよぉ。
馬鹿の一つ覚えの様に頑張って習得した甲斐があるってもんだ。
忙しい中、メリーアン様にも付き合って頂いた。
あの方の師事の元、並みの実力の俺っちが並みじゃない実力の奴と闘う為に編み出した俺っちの必殺技よ。
「よぉ、ダミアン。俺っちはお前さんから見ればよ、卑しい平民風情に見えるんだろうよ。でもよ、俺っちは同時にアンクレスト家のご息女の従者でもあるんだわ…」
「…だからどうした?」
「だからよ…。アンクレスト家まで…。メリーアン様まで侮辱するお前を俺は許すつもりはねぇ!全力でお前を叩き潰してやる!ダミアン!!」
「ふん!世迷言を!やってみせろ!」
属性付加された剣を握り締め、ダミアンに向かって駆け出す。
開始時の、あの変な攻撃をされない為のとっておきだ。
眼前に迫るダミアンを見る。
細剣を左手に構える。
ダミアンに向かい直進していた筈なのに、徐々にまたダミアンからずれていく。
「何をしても同じ事!同じ結果だ!地面に這い蹲れよぉ!平民がぁ!」
(またかよ!…でもな!!)
俺の左側に回り込み、また視界外からの攻撃を狙ってくる。
さっきはやられたけどな、左に避けたのがわかれば問題無ねぇ!
「喰らえよぉ!烈風剣!!」
「なっ!?なんだとぉ!?」
俺っちとダミアンの間合いはズレている。
何故ならダミアンは俺っちを狙う格好の位置にいるが、俺っちはダミアンへ剣を振るう事なくまたずらされたのだ。
でもさっきの様な結果にはならない。それは俺っちの剣に風の力を宿しているからだ。
「直接剣が当たらなくても、この剣から生じる烈風の刃は躱せねぇよな!!」
「こ、こしゃくな真似を…!!」
視界から消えたダミアンへと、視線を直様移す。
そこには案の定、烈風の刃に防具を切り刻まれ、怒りの表情を現わにするダミアンの姿が入ってきた。
予想以上に効果的だ。
「お前の変な技もこれで台無しだろぉ!ダミアン様よぉ!それぇ、もう一丁!」
間合いを計り、数歩下がったダミアンに詰め寄り、今度はずらされる前に大きく剣を縦一文字に振り下ろす。
ビュュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
甲高い風切り音を立てて、見えない風の刃がダミアンを襲う。
「調子にのるなぁぁ!」
間一髪避けたダミアンの背後の壁が、激しい音を立て風の刃が霧散する。
あれを避けるのかよ。
いくら小級魔法の属性付加とは言っても、目に見えるもんじゃねぇんだぞ…。
だったら当たるまで振り続けてやるよ。
一定の距離を保ちつつ、ダミアンに向かって縦に横に剣を振り続ける。
全てが躱される訳もなく、いくつかはダミアンの身体を切り裂き確実にダメージを与えている。
息苦しい。身体からもの凄い倦怠感を感じる。
だがそれは些細な事だ。
あの野郎の防具の隙間からは血が滲んでいるのもわかる。
さっきまでの余裕の顔はどこにいった、ダミアン。
怒りで今にも狂いそうな顔をしている。
(へ、へへ…。俺っちが貴族であるダミアンに勝つ…?へへっ…。最高だ。最高の気分だァ!!)
もうすぐだ、もうすぐで終わる。
ダミアンの野郎をこの烈風剣で終わらせる。
メリーアン様見ていて下さい。俺っちが勝つところを!
ディオっち待ってろ、お前ぇとの勝負が楽しみだぜ!
貴族のいけ好かない坊ちゃん野郎を叩きのめし、勝利を主に捧げられる。
愉悦の入り混じった感情は、自身の勝利を確信させた。
「喰らえよォォォ!烈風剣ォォォォォォォォォォ!!」
ダミアンを正面に捉えて、渾身の一撃を放った。
全てを終わらせる一撃の筈だった。
ヒュン…
俺の放った烈風剣から風の刃が生まれる事は無く、ダミアンを切り裂く事は無かった。
ただ、虚しく空を切りさいた空虚な音を響かせただけだった。
「は?なんで…?オイ!なんでだよ!烈風剣!烈風剣!!なっ、なんで出ないんだよぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「ようやくか…。待っていたぞ。このゴミ糞虫風情が…」
驚く程冷たく、非情な声を出す主に目をやる。
目の色を煌々と輝かせ、歪んだ報復行動を待つ者。
それは無邪気な子供が虫の四肢を引き千切り嘲笑うかの様に。
地蟻の巣に水を流し込み、数百数千の命を溺死させ喜ぶ子供の様に。
邪悪に怒り歪む顔の主ダミアン・メリル・ヤンスターがそこに居た。
烈風剣が出ず困惑するロブロイに、ゆっくりと迫るダミアン。なおも構えを解かず、後ろに徐々に交代するロブロイ。
場内の観客達も先程までの攻守逆転した、ロブロイの攻撃に歓声を上げていた。
見えない風の刃がダミアンを切り裂き、逆転したかと思われた。
しかし、優勢に見えるロブロイの動きが徐々に緩慢になり、顔の血色も遠目からもわかる程に悪くなっていった。
ロブロイに何か起こっている事はすぐにわかった。
「魔力が切れれば、お前などゴミ糞虫以下の存在だ。先程までの礼をしなければならないな…。」
「ま、魔力切れかよ…!?こんな時に!?もう少しだってのに!嘘だよな?冗談だよな!?後少しなんだよぉぉ!!」
「貴様まさか自分が魔力切れを起こしている事に気づいて無かったのか?くっ…。はぁ~っはっはっはっは!これは実に滑稽だ!私がお前の様な者からの攻撃にただ黙って耐えていただけだと思っていたのか?面白いよ、糞ゴミ虫。流石は田舎臭いアンクレスト家の従者だけの事はある。糞ゴミ虫を従者にしているお前の主人のメリーアンもさぞ糞虫臭いんだ…」
ダミアンが最後まで言い切る前に、俺は既にこの野郎に斬りかかっていた。
「メリーアン様の事を悪く言うんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「魔力も切れた事も気づかず、動きが鈍っているその身体で…。何を粋がっているかぁ!このゴミがぁ!!まずは右手!」
細剣を構え、ロブロイが両手で構えていた剣を払い落とす。
いとも簡単に剣を手放すロブロイに、休む間もなくダミアンの鋭い刺突がロブロイの右手の掌に突き刺さる。
「あっ…あっ!…アアァァァァァァァァァァァァァアァッァアッァ!!」
右手の掌からは鮮血が迸り、ロブロイの腕を闘技場を紅く染める。
「卑しい平民よ。せめて美しく踊れ!」
右手を抑え、痛みに苦しむロブロイを許す事無く、ダミアンが追撃を繰り返す。
最早勝負は誰の目に見ても着いていた。
しかしダミアンはロブロイに対する攻撃を止めない。
その無数に繰り出される細剣による華麗な刺突は見る者を惑わせた。
「『糸人形の仮面舞踏会!』」
この中でどれだけの者がダミアンの剣筋を見切れたのだろう。
繰り出される無数の突きは、ロブロイを糸人形の様に右へ左へと揺さぶる。
そしてロブロイの全身を紅き鮮血で彩り、さながら真紅の仮面を着けた様に顔は血で染まっていた。
「ロッ!ロブローーーーーーーーーーイィィィ!!」
俺がどんなに大きな声で叫んでも闘技場内のロブロイには届かない。
いや、俺の声だけじゃない。
この場内にいる全ての観客の声も一切聞こえていないだろう。俺の周りのいる女性からは悲鳴も上がっている。口を抑え、嘔吐を我慢している者さえいる。
「銅鑼はいい!勝者はダミアン・メリル・ヤンスター!それよりも早急に救護班を!!全力で治療しろ!わかったな!!」
闘技場内に姐さんの緊迫した声が響き渡る。
ロブロイの容態が一刻を争うくらいに酷かった。
あの時、剣を払い落とした時に勝負はもう着いていた。
それを一瞬の躊躇も無く追撃し、ロブロイをあんな姿にしたのだ。
場内ではダミアンが細剣に着いた血をひと振りした後、布で丁寧に拭き取っている。
その顔は、虫を何の罪悪感も無く遊び殺し、満足した子供の様な顔をしていた。




