a moment
炎の波を切り裂き、手にした剣をサンドラの喉元に突き付ける。
彼女が渾身の一撃で放ったであろう炎の波は、今は跡形も無く消え去り場内を埋め尽くしていた炎の熱気は四散していた。
「勝負あり!!勝者アドニス所属!ディオニュース・カルヴァドス!!」
姐さんの声が闘技場全体に響き渡る。
直後、静まり返っていた場内からは盛大な拍手と歓声に包まれた。
驚きと賞賛、そんな表現がしっくりとくる。
眼前を見下ろすと、杖に力無く身体を預け、座り込むサンドラの姿。
俯き、肩で息をするところを見ると、かなりの魔力の消費だったのだろう。
勝者と敗者が決まった訳だが、彼女の実力は本物だったと思う。
それだけの魔法も駆け引きも備わっていた。
彼女に突き出していた剣を収め、その場を離れようと踵を返す。
「ま、待ってよ…!いや…待ってくだ…さい…」
力無い声が後ろから聞こえて来る。
「さ、さっきの…。アレってなん…ですか…?わ、私の渾身の魔法が…剣でっ…、剣で裂かれるなんて…!!」
彼女の苦しそうな、息の荒い声だけが聞こえてくる。俺は振り返らず答える。
「簡単に言えば気合で魔法を切り裂く技…かな?」
抑揚無く、務めて冷静に話す。
「はぁ…はぁ…な、なにそれ。私の渾身の魔法は先輩の気合でけ、消されたの…!?」
表情を伺い知る事はないが、彼女の自尊心を傷つけてしまったのだろうか。未だ息を荒くする彼女の声が、僅かに震えている。簡単に説明し過ぎただろうか。
「うっ…。うっ、うふふ♪うふふふふ♪あ~っはっは♫なにそれ!ウケる♪」
背後で盛大に笑い出す彼女。
一瞬ビクっと背を張ったが、その後に続いた言葉は、実にあっさりとしたものだった。
「はぁ~~~…。参りました。先輩♪」
深いため息を付いてから、彼女ははっきりと口にした。
目を閉じ、短く答える。
「おう」
そう言い残し、その場を後にする。
俺から遠ざかるサンドラが、背中越しに大きな声で言った。
「今後共よろしくお願いしますね♪先輩♪」
右手を上げて彼女の言葉に応じ、薄暗い通路を抜けて控え室へと戻った。
次に控えるロブロイ達との闘いを観戦席側から立ち見で見るつもりだ。控え室にあった水で布を濡らし、まずは煤けた顔を冷やし、汗を拭う。
「ふぅ…。ロブロイ。頑張れよ…!」
石造りの部屋で、誰とも聞かせる訳でもなく呟いた。
闘技場内では観戦席と、先生や教官ら関係者が位置する関係者席がある。
その関係者席で、本日からずっと場内を盛り上げ、進行役を務めているレイア・アネスは一人呟く。
「ふん。ディー君め。相手が女子だと知って初撃を手加減したな…。全く!女にはとことん詰めの甘い事だ!これは一度久しぶりに稽古をつけてやらないといかんかもな」
誤魔化しが下手な弟だ。
どうせさっきの戦いも、手加減した事を私にバレていないと良いなぐらいに思っているんだろう。こんな祭りの進行役も、最初は乗り気では無かったが、こうして関係者席でどの観戦席よりも良い場所でディー君を見れると思えば、結果的に良いとしよう。
「不甲斐ないディー君に喝を入れて、その後は勤労のお姉ちゃんを労わってもらわないとな」
この後の事を想像すると、自然と笑みが溢れる。
良い事を思いついたのだ。
昔ディー君にした様に、久しぶりにディー君に膝枕をしてやろう。傍目から見れば労っているのは私の様にも見えるが、それは間違いだ。
ディー君を膝枕する事によって私の中のディー君成分が補充されていくのだ。なので充分に私にとっては労いであり、ご褒美だ。
「おや?アネス教官、何やら嬉しそうですね?」
同じく関係者席で観戦していた他の男性教官が、そう言って声をかける。
いかんいかん。どうやら顔に出てしまっていた様だ。緩んだ口角を引き締める。
「いえ。いや、まぁ少し思う処がありまして」
「そうでしょうな。本年度の武棟祭は例年よりも明らかに荒削りながらも実力を有する生徒達が出揃ってますからな。私も非常に心が昂ぶりますな!」
私と同じ戦闘教官である彼は、本年度の武棟祭を楽しんでいる様だ。
ただ、私の楽しみはディー君の勇姿を目に焼き付けて、応援する事だが。
それに…。
「本年度は誰が勝ち残り勝利をするのやら。いやはや私も予想出来ませんな!2回戦が1回戦を上回る文字通り『熱い』戦いでしたしな!」
駄洒落を言い、陽気に笑い出す。
そんな男性教官に失礼ながら、失笑してしまう。だが私は確信している。
(それに…。まず普通の生徒程度であの子に勝てる奴など、この学園にはいない)
『斬煌の神突』にしても魔法で己を守れないディー君がそれこそ死に物狂いで、私から習得した本来は対妖魔用の技だ。
上級魔法まで行くと役には立たんが、非凡な才を持つ者でも大概は中級魔法・魔術が関の山だ。あの技は、ギリギリそこまでは対応出来る筈だ。先程の技のキレを見れば、姿を消した時よりも劣っている様にも見えないしな。
ディー君なりに精進をして来たと言う事か…。
後は予想だにしない事が起きない事を祈るばかりだ。
進行役と言うものは本年度限りにしておこう。
まぁ来年もディー君が出るなら…。
まぁ善処しようではないか。
さてと…。
始めるか。
私は再び正面の高座へ趣き、次の準備に入る。次はディー君と最近仲の良い生徒だったな。
アンクレスト家の従者と、相手はあのダミアン・メリル・ヤンスターか。
ヤンスターの子息は気位が高く、高圧的で有名だからな。
さて、どんな試合になるのか。
表情を引き締め私は、闘技場に再び声を響き渡らせる。
「それでは!只今より第三試合を開始する!アドニス所属!ダミアン・メリル・ヤンスター!アドニス所属!ロバート・ロイル!両者共に前へ!!」
さぁ気合を入れたまえ、互いに譲れぬモノがあるのなら。
「銅鑼の合図と共に開始とする!それでは構え!!」
全力を出したまえ、手にしたいモノがあるのなら。
グゥワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン……!
「始めぇ!!」
緊迫の第三試合が始まる。




