サンドラ・イメス・ホォーエル
第一試合の熱気冷めやらぬ闘技場は、なおも興奮の渦に包まれていた。
通路から闘技場内に出ると、しきりに両者を応援する声が聞こえて来る。
マリー達の方を見ると、先程同様に立ち上がり、身振り手振りで応援してくれているのが見える。
「あはは…。ありがとうな、マリー」
苦笑いを噛み締めつつ、対戦者であるペチュニアの生徒を見やる。
使用する武器は杖か。
見た目で判断すれば典型的な後衛の魔法使いか、魔術士のスタイルだ。
「さて…。どうしたもんかね…」
俺の独り言はレイア姐さんの声でかき消された。
「それでは!只今より第二試合を始める!ペチュニア所属!サンドラ・イメス・ホォーエル!アドニス所属!ディオニュース・カルヴァドス!両者前に出ろ!!」
一歩、また一歩と進み、対戦者のサンドラとほど良い距離で対峙する。
手にしたロングソードを握る手が、強さを増す。
「銅鑼の合図と共に開始とする!それでは構え!!」
姐さんの簡潔な説明と共に瞬時に構える二人。
俺はロングソードを中段の構えに持ち替える。
対するサンドラは俺の持つ、ロングソード程の長さの杖を両手で持ち、水平に構えた。
グゥワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン……!
「始めぇ!!」
後衛に対しては後手に回るのは得策じゃない。
先手必勝とばかりに、一気に詰め寄る。
(悪いね。長引く前に終わらせてもらうよ…)
サンドラに詰め寄り、後数歩で間合いに入る瞬間に、逆手に持ち替え柄の部分を彼女の鳩尾に向けて突き出す。
後一歩踏み込めば、確実に彼女は倒れる筈だった。しかし、その一歩を踏み込む時に、それは聞こえた。
『身体強化』
突き出した柄は空を斬り、彼女を突く事は無かった。
一声、何かを唱えた瞬間に彼女は消えたのだ。
いや違うな。
確実に避けたのだ。
瞬間、ロングソードを左手に持ち替え、そのまま薙ぎ払う。
ガキィィン!
鈍くも鋭い音が聞こえる。
彼女の持つ、堅牢な木で作られた杖が振り下ろされていた。
予想もしなかった接近戦。
完全に遠距離主体と思い込み、詠唱される前に先手を打ったつもりが後手に回っていた。それに、女の子とも思えない力に左手が震えている。フード越しの彼女は口元を歪め、楽しそうに話す。
「うふ♪先輩ってば私に情けをかけて、最初の一撃で終わらせるつもりだったでしょ♪でもざ~んねん!サンドラちゃんは、ただの可愛いだけの女の子じゃなかったのでした~♪」
いやに楽しげに話しかけてくる。
それに最初の一撃で、手加減した事もバレている。なんともバツの悪い事だ。
「先輩は優しいですね~♪最初の一撃目で柄に持ち替えず、剣の切っ先を私に突き出していれば勝ててたかもしれないのに♪」
舌を出し、余裕の表情で戯る。
「…。そりゃどーも」
今はつばぜり合う拮抗した状態だが、サンドラの様子からしてまだまだ余力はある様だ。勿論、後手に回ってしまったが、俺もこんな事くらいでは負けるつもりは無い。
「あはは♪先輩怒った?ねぇ♪怒った?私ね実は努力家なの♪だから事前に強そうな人達の情報をい~っぱい!集めて研究しちゃった♪」
「へ~…、そう!なの!かい!!」
力を溜めて、語尾と共に一気に押しやる。
手応えは無い。
押し出した時に、自ら後ろに飛んだのだろう。これで一定の距離は保てたが、さてどうするか。
このまま距離を取られすぎても厄介なのは明白。
かと言って、この子一瞬で避けるくらいの能力の持ち主だしな。
まぁ魔法で強化しているんだろうけど。
「ん?んんん??先輩気づいちゃった?なんでサンドラちゃんが先輩の攻撃を一瞬で避けて、しかもこんなに強いのか♪」
そう言って、彼女は深く被ったフードを脱ぎ、素顔を晒した。
赤茶色の髪をサイドアップに纏め、クリッとした目が印象的な女の子がそこに居た。
「魔法だろ?俺が突き出す瞬間に何か唱えたよな。バイタリティなんとかって」
剣を中段に構えたまま、サンドラを見つめる。
「いやん♪そんな真剣な目でサンドラちゃんを見つめないで♪せ・ん・ぱ・い♪でも賢い先輩に回答してあげちゃいます♪ピンポーン!だいせいかーい♪サンドラちゃんは『身体強化』によって先輩よりも強くなっちゃったのです♪」
あざといくらいに、片足を曲げて可愛らしいポーズを決める。
これがサンドラの心理戦なのかそれとも、ただの変わった子なのか。
「魔力で身体を強化するのは意外に出来る人は多いの♪でもサンドラちゃんはちょ~~~~っと努力家だから更に自己流でアレンジしちゃった♪てへ♪速唱って言うの♪人よりも速く詠唱出来るって素敵じゃない♪」
舌をまたもやペロっと出して無邪気に笑う。
ここまでは完全に彼女のペースだなと、主導権を奪われ、内心情けない自分が嫌になるが、俺は思い出す。
『新入生で参加する者は数は少ないが、それでも一部の天才と呼ばれる様な奴らも参加している』
圧倒的に技術も経験も不足がちで、不利な新入生であるにも関わらず予選を通過したペチュニアの生徒。
天才かどうかは計り知れないが、口調も仕草もデタラメだが、紛れもなく本選に勝ち進んだ実力者。
それがこの目の前にいる、サンドラ・イメス・ホォーエルと言う訳か。
(全く、女の子だからと言ってやり難いとか言うもんじゃないな。こんな事姐さんに知られたら大目玉だ)
「それでぇ~♪さっきのお話だけど、サンドラちゃんは前もって予習をした訳なのです♪だから知っているんですよぉ~♪」
そう話すサンドラの表情が、邪悪に歪む。
「先輩♪魔力が殆ど無いんでしょ♫キャハハ♫信じられない!そんな人いたんだね~♪ただ力が強いだけ♫ただ剣が振えるだけ♫それだけ♪それだけ~~~~~~~~~~~~~~~♫頼みの剣も私に当たらない♪魔法も魔術も使えない♪どうするの?ねぇ先輩ど・お・す・る・の?」
まぁ好き放題に言ってくれるね。
ここまで言われるとやっぱり清々しさが出て、怒る気もなれない。
魔力を有して無い事が俺にとってビハインドと決め付けているんだろう。
では本当にそうなのか?
答えは否!である。
人が多いと、本当に様々な奴が集まるんだなぁ。
さてと…。
「君に一つ教えてあげよう」
「ん?なになに♪降参のタイミングならいつでも教えてね♫」
「魔力が殆ど無い事は事実だ」
「やっぱりね♫無能も良いとこだね♫きゃはは♪」
「では君に一つ聞こう」
「いいよ♪何でも答えてあげる♪無能な先輩には特別優しくしてあげる♪きゃは♪」
「で?それで何故君が勝つと思っているのかな?」
「きゃはは♪…ハァ?」
明らかに顔を歪めて不機嫌な表情をする。
わかり易い事この上ない。
わかり易いついでに、ではもう一つ大げさに煽らせてもらおう。
「12回。これが意味する事が何なのか、賢いサンドラちゃんにはわかるかな?」
「あぁん?何よそれ?」
おいおい、口調が変わってるぞ、一人称サンドラちゃん。元よりこれが彼女の地なのかもしれない。
眉を釣り上げ、目つきも鋭くなってきている。
あぁ、おっかないな。
でも怒った姐さんや、泣き顔のマリー程はおっかなくない。
「それじゃあ努力家のサンドラちゃんに教えてあげよう。今の俺の状態で君から勝利を奪えた回数。最初の一撃を避けられたのには驚いたけど、それだけだ。それから距離を保ち、こうやってのんびり君は饒舌に話しをするから君に付き合っていたが、普通にしてればこれだけ君から勝利を奪えている。
賢こくて、努力家のサンドラちゃんならわかるよね♪」
おえ~…。
自分でも何をしているのかと責めたくもなる様な仕草だ。
彼女の真似をしてみたが、もう一生する事はないだろう。
ただ、俺の頑張りも実ってくれた様で、サンドラは顔を真っ赤にさせて激高した。
「黙って聞いてりゃぁな~にが『12回』だ!カッコつけて強がってんじゃねぇ!魔法も!魔術も!何も才能が無い事は知ってんだよぉ!苦し紛れの…ヒィ!?」
別に何かした訳じゃない。
言葉を発した訳でもない。
ただ、見ただけなのだ。
彼女を。
戦場で『見る』様に。
「もう御託はいいだろう?サンドラちゃん…?俺には君の様に才能は無い。でも結果論だけど、戦いに関しては人よりも多少得意なんだ。その強化した身体で攻撃するも良い、持てる最大の威力の魔法でも良い。来いよ。もう終わらせてやるから」
「ふっ!ふざんけな!そんなハッタリが…!ハッタリがぁぁぁ!!」
もう別人かとも言えるぐらい、顔を歪ませて襲い掛かって来る。
杖を使って、物凄い速さで突きを繰り返してくる。
それを両目でしっかり捉えて、最小限の動きだけで回避し続ける。
「クソがぁ!!」
女の子が言う言葉じゃない。
焦りなのか突きから右袈裟斬り、左袈裟斬りと大ぶりに杖を振り下ろす。わかっていた事だけど、彼女は武器を持っての戦い方は素人だ。振り上げた瞬間を狙って、ロングソードで杖の持ち手付近を薙いでやる。
サンドラはいとも簡単にバランスを崩し、杖から手を離し、転倒してしまった。
「なんなのよぉ…。なんで当たらないのよぉ!」
地べたに未だ転倒し、まるで腰を抜かした様な体勢のサンドラ。
人を化物でも見る様に青ざめ、小刻みに震え、後ずさりする。近くにあった杖を手に取り、それを支えにしてなんとか立ち上がる。
言い様のない恐れを抱いても尚、サンドラは諦めなかった。
彼女の口が動き、魔法の詠唱に入る。先程の様な、不意打ち気味の速唱ではない。
魔力を開放し、サンドラの身体を紅い気流が包み込む。
彼女の最後の賭けなのだろう。
そして、俺にとっても最後の一撃だろう。
「『我が求む力は炎の脈流…。我が放つ力は豪炎の奔流!大地を飲み込む焦土と化せ!』焼かれてしまぇぇぇぇぇ!豪炎の奔流!!」
魔力を何程増幅出来る杖なのかはわからない。
俺の目の前に現れた無数の巨大な炎の波が折り重なり迫り来る。
サンドラの姿はこの魔法の発動直後から炎で視認出来ないので、わからないが眼前に猛烈と迫り来る炎が、ジリジリと顔の皮膚を、服を、焦がす。
炎の波を見据えたまま、後方へ飛び、距離を充分に取る。
ロングソードを両手で構え、己の心臓の位置まで持ってゆく。
目を閉じ、一度大きく息を吐きだし、二度目は息を大きく吸い込む。
目を見開き、吸い込んだ呼吸を一気に吐き出し、剣の切っ先を炎の波に向けて駆け出す。
剣先から身体へ、闘気が全身を包む。炎の波よりも速く。
剣と己を一つの武器の様にして突き進む。
見せてやるよ、君が無能者呼ばわりする俺の!パーフェクトウォーリアとしての純粋な剣技を!!
『斬煌の神突!!』
観客達は息を飲んだ。
両者の闘いの行方を追って。
サンドラの渾身の魔法は、巨大な炎の波を生み、闘技場を、対戦者を炎で埋め尽くしたのだ。
観客席で聞こえる悲鳴、嘆きの声。
闘技場に刻まれた強靭な紋様のおかげで、観客達には被害は一切無い。
ただ熱を感じる程度だ。
しかし、対戦者である生徒はそうはいかない。
闘技場内を見守る医療班も、有事の際にはすぐに対応出来るように控えている。
埋め尽くす波から逃れる様に逃げる生徒。
そして、ひと呼吸ほど置いてから剣を突き出し、対戦者の生徒は一瞬の内に炎の波へと飛び込んだのだ。
誰もがその行方を追った。
その結末を。
「うぉぉぉぉぉぉ!!終わりだぁぁぁぁぁ!!!!」
生徒の咆哮と共に、幾重にも折り重なった炎の波が引き裂かれ霧散する。
炎が消え去り、闘技場にいる両者を確認する。
膝を大地につけ、杖に力無く体を預ける生徒の喉元にロングソードを突きつけている男子生徒がそこには居た。




