誰が為に
「まるで犬小屋の様な狭さですわね…」
開口一番、控え室に対して文句を言い出した。
扉を開け、入ってきたのは意外な人物。
バトランジュ皇国の第一皇女グレーシア・ル・ゴーシュ・バトランジェだった。
予想だにしなかった来訪者にしばし固まる。
「あら?そんなにもわたくしがあなたの元へ出向くのが不思議かしら?」
思い切り顔に出ていたのだろう。
グレーシアに見透かされた俺は、ただただ彼女の言葉を待つ他なかった。
「お芋さん。あなたに忠告をしに来てあげましたわ。第三試合でメリーアンさんの所の従者さんが、私のダミアンと試合をするのでしょう?同じアドニスのよしみとして言わせて貰います。棄権させておやりなさいな」
事も無げに突然、とんでもない事を言う。
ロブロイとダミアンの試合の件で、何故俺にそんな事を伝えに来たのか。グレーシアの真意が見えてこない。
「…グレーシア姫、何故ロブロイではなく俺にその事を言うのです?ダミアンとロブロイの闘いであるならば、ロブロイの控え室で直接彼に伝えれば良いのでは?」
心に灯った疑問をグレーシアにぶつける。
「あら、だってわたくしメリーアンさんの従者さんの事はよく知りませんもの。1年同じ学友ではありましたが、ダミアンとは従者さんは面識がある様でしたけど、わたくしはそれ程面識も御座いませんわ」
1年も同じ学友として過ごしたのにも関わらず、ロブロイとは直接会話など殆ど、いやもしかすると一切無かったのか?
「グレーシア姫に話かける前に、ダミアンがまず用件を聞いていた。とかですか?」
「えぇ、よくおわかりね」
平民嫌いのダミアンが、グレーシアの元へ彼女と直接話をする前にロブロイを遠ざけていたのか…。
それにしても俺だけではなく、1年を共にしたロブロイに対しても、ダミアンは見下した態度で接していたのだろうか…。
ロブロイの普段の態度を知っていると、やるせない気持ちになる。
「それで、俺がロブロイに棄権しろと伝えるその理由はなんですか?ダミアンを勝たせたいとか、そんな理由ではないでしょう?」
少し憤りを覚えてしまった俺は、グレーシアに対して語気を強めて話してしまう。
そんな俺の感情を知ってか知らずか、そもそも興味が無いのかさらりと受け流す。
「当たり前ですわ。ダミアンを勝たせる為に何故わたくしがその様な面倒な事をしますか。わたくしが棄権なさいと言う理由はダミアンにあります。あの者は常日頃から平民を見下し、応対も強く出ている事くらい、わたくしにもわかります。それでもわたくしが何も言わないのは、ダミアンがわたくしを思っての行動だと理解しているので、あえて黙認をしております」
驚いた。
グレーシアはあらかたの事を知っていて、ダミアンをそのままにしていたのか。波風も立つだろうに、それを咎めず認める器量は確かに大国の姫君の器なのだと感じた。性格上、些細な事を気にしないとでも言えるかもしれないが。
「ダミアンはきっと本気で従者さんを倒しますわ。それも出来る限り徹底的に。直接の面識はほぼ無いとは言え、同じアドニスに属する生徒です。酷くやられたら、きっとメリーアンさんも心を痛めるでしょう?」
特別神妙な顔つきになる訳でもなく『当然でしょ?』とでも言う様に話す。
マリーの言っていた事が思い出される。
グレーシアに『悪意は無い。むしろ善意的』だと。
話し方こそ上からの物言いだが、内容を纏めるとこうなる。
『同じアドニスの生徒同士で闘って怪我をしてほしくない』
そう解釈するしかない。
マリーのあの言葉が無ければ、ダミアンを好き放題放置し、挙句に試合前に棄権を促して来いとか。
どう聞いても馬鹿にしているとしか思えない。
だが、マリーの言葉を知っている俺はグレーシアの裏表の無い言葉に、素直に聞き入った。
「…なるほど。グレーシア姫の言いたい事はわかりました。俺からロブロイに伝えてみましょう。俺がどうこう言っても選ぶのは奴次第ですが」
「えぇ。それで結構よ。それじゃ失礼致しますわ」
俺がロブロイに伝えると言った途端に、踵を返し、扉を開閉して帰ってしまった。
突然現れて、用件を伝えて言質を確認すれば、もう用はないとでも言わんばかりに立ち去る。
どこまでも自分を中心に奔放なお姫さんだ。
さて、直接ロブロイの控え室まで言って、この事を伝えなければならない。本来ならば。
「で?どうするんだ?」
勿論控え室には俺しかいない。
その言葉は閉じられた扉の方へ話しかけたのだ。
一瞬の間を置いて、扉が開かれる。
「どこから聞いていたんだ?ロブロイ」
扉から現れたのはロブロイだった。
通路で別れた後、何か用事があってこの控え室の前を通りがかったのかもしれない。
少なくても俺に会う為では無かった筈だ。
「ディオっち…。いつから気づいていた?」
ロブロイが少し申し訳なさそうな顔で聞いてくる。
別にお前がそんな顔をする必要もないのに。
「さぁな。ただ、扉の前で誰かが話を聞いている事は知っていたよ。俺の全くの勘だったが、やっぱりロブロイだったんだな」
片眉を釣り上げ、戯た仕草をするロブロイ。
「やれやれだぜ…。やっぱりダミアンよりもディオっちの方が俺っちにはおっかないね」
「ふん、よく言うよ」
比喩のしようがない空気が俺とロブロイの間に流れる。
俺はロブロイの言葉を待った。
「俺っちよ、ほんのちょっと前までは、少し器用なだけの馬番だったんよ」
ロブロイが俺に何か伝えようとしている。
それはロブロイ自身が持つ心境と対峙する為の独白かもしれないし、決意の様な独白ものかもしれない。
それが何なのかは、正確な処はわからない。
ただ、俺はロブロイの言葉を真摯に聞くだけだった。
「何が器用ってな、初歩だけどよ俺っちも魔法が使えたんよ。メリーアン様のお屋敷で、メリーアン様直々に本を貸してくれてよ!興味があるなら読んでみる?とか仰ってくれてな!馬番に魔法の才能なんて必要ないとか思うだろ?でもな、馬番の倅の俺っちがな、多少なりとも認められたんだよ…。領主様に、そのご息女のメリーアン様にさ…」
ロブロイの口から紡ぐ言葉は美しいものではないのかもしれない。
でも何か俺に必死で伝えようとする、彼の言葉を俺は決して馬鹿にはしない。
それだけの想いを乗せているからだ。静かな控え室に、ロブロイの声と、遠く歓声が聞こえて来る。
「そんな俺っちを認めて下さり、限定生として学園にまで通わせてくれた方々によ…。そんな俺の主様によ…!無様な姿を見せれる訳がねぇだろ!!」
俯き、両手を握り締め、言葉の最後は最早叫び声だったが、顔を上げたその男の顔は競技場で見た男とは別人の様な顔つきだった。
「そっか…。ならやるしかないよな?」
「おぅよ!あったりめぇよ!!」
俺が右手の拳をロブロイに突き出す。
ロブロイも同じく右手の拳を、俺の拳に突き出す。
ガツ!と鈍くも軽い音が鳴る。
「俺は負けねぇ!負けるつもりなんてねぇ!俺の主の為にダミアンの野郎を叩き潰してやる!だからディオ!!お前も負けんじゃねぇぞ!」
「あぁ、わかっているさ!俺はロブロイと本気でやり合ってみたいしな!」
戦場を共にした戦友ではない。
ただのひと月そこらで知り合っただけの学友だ。でも俺にとってはかけがえのない友だ。
俺の一方的な想いかもしれないが、それでも良いだろ?俺がロブロイを友だと認めているのだから…。
間をおかず扉がノックされ、開かれた。
「失礼します。アドニス所属ディオニュース限定生。これより第二試合が始まります。準備のほどよろしくお願いします」
係りの者が第二試合の開始を伝えに来た。
先程の歓声が決着の合図だったのかもしれない。
「準備は出来ています。いつでも行けます!」
心の準備も、身体の準備も前日までに終えている。
俺はこの祭りを楽しむだけだ。
「ディオっち!頑張れよ!」
「まかせておけ!」
ロブロイの十八番を奪うように、親指を突き立て白い歯を見せつけてやる。
係りの者に促され、一足先に控え室を後にする。
「あっはっは!いいぜ!いいぜ!俺っちも、うかうかしてられねぇ!」
控え室から聞こえてくるロブロイの笑い声に、誰に見せるでもなく自然と笑みがこぼれた。




