a stray dog opening ceremony
薄暗い周りとは対照的に、今でも高笑いをしそうなお姫様、グレーシアと、その従者限定生ダミアンだった。
また面倒な2人組がいるなぁと思い、そそくさと控え室に入ろうとしたのだが、グレーシアに呼び止められてしまった。
「あら?お芋さん?こんな所で何をしていらっしゃるの?」
高価そうなな羽扇子を広げ、優雅な仕草で話しかけてくる。
それにしても初日に会って以来ずっとこの呼び名で呼ばれているが、この姫さんは人の名前を覚える気が無いのだろうか?
「ご、ご機嫌よう、グレーシア姫」
「あらあらご丁寧にどうも」
一応無礼の無いように挨拶し、グレーシアも穏やかに相槌をうつ。
それでも傍らにいる従者殿には不満だったようで。
「ふんっ。なんだその失礼な態度は。これだから平民風情がのこのこと王族の方に近づくのは嫌なんだ」
はぁ…。
何が気に食わないのか、俺が気に食わないのか。
ダミアンから出た言葉はそれだった。
この男はどうやら学園でも有名らしい。
勿論あまりよろしくない方でだ。
「ダミアン…あんたいつもそんなに怒っていたら疲れないか?」
「な、なんだと!?貴様!貴族である私に向かって、誰が呼び捨てで呼んで良いと言った!」
「へいへい。ダミアン様」
「…!これだから卑しい平民は嫌いなんだ!」
俺を汚物でも見るような目で吐き捨てる。
俺だってお前さんの事が嫌ですとも。
話す機会も無いし、絡むつもりも無い。
会ってしまった事が生徒の不幸だと言う事だ。
そして武棟祭の始まる前に出会って絡まれている俺が不幸と言う事だ。周りを行き交う生徒や職員達からは同情の目で見られている。
「それで、お芋さん。あなたこんな所にいらっしゃると言う事は武棟祭に参加なさるのかしら?」
「え、えぇ。そうです。俺もこの武棟祭に参加します」
「ふんっ。貴様の様などこの野良犬ともわからん奴でも参加出来るとはな。この武棟祭も品のないものだ」
芋呼ばわりされて、次は犬呼ばわりか。
目の前の縮れ毛を全て、油椰子の液体で真っ直ぐにしてやろうか。
俺がダミアンに、とことん絡まれていると意外にも助け舟を出してくれたのはグレーシアだった。
「ダミアン、少し品が御座いませんわね?」
「はっ…!も、申し訳ありませんグレーシア様!」
グレーシアの言葉に見え隠れする凄みに、ダミアンが萎縮する。
マリーに以前聞いた様に、グレーシアの言葉自体にはやはり悪意を感じる事は無い。ただ人の名前を覚えない上に、本当に適当だけどな。
「わたくしはこの武棟祭を楽しみにしているのですよ?それを品の無いものと言いますか?」
「いえ!滅相も御座いませんっ!!しかしお言葉ですが…ただ私は以前よりこの学園の門戸が広過ぎ、平民達が我々の様な王族、貴族に交じり生活する事が我慢ならないのです。本来ならば平民共等においそれとグレーシア様のお姿等見る事も叶わぬのです。それを好奇の目で見たり、甘い汁をすすりに遜り近づく者が後を絶たない!私はそう言う連中に辟易するのです」
ふむ。なるほど。
ダミアンの平民嫌いは、貴族や王族に気に入られようと近づく連中がいるからこその態度なのか。
マリーもそうだったのだろうか?去年は従者もいなかった事だし。特生は特生で色々と大変なんだと思った。そして少しダミアンの事を爪の垢くらいには同情した。
「なんだ!?その目は!言っておくが私は平民の野良犬共の中でも特に貴様が目障りだ!ロブロイとか言うメリーアンに拾われた捨て犬も嫌いだが特にマリーベル姫の周りにうろつく野良犬!!ディオニュース…!!貴様が目障りなのだよ!」
前言撤回だ。
こいつはアレだ。同情しても意味がない。
その上名指しで『一番嫌い』宣言をされてしまった。
初日の初対面から既に悪意に満ちていたダミアンだが、この場にきて本格的に敵意にも満ちている。俺は何もしてないのに、ここまで人に嫌われる事自体が少しショックだ。
「ダミアン。そこまでになさい」
グレーシアが諌める。
ダミアンはまだ俺に敵意を全力で向けてくるが、グレーシアの手前、渋々応じた。
「お芋さん、あなたも参加するならば丁度良いではありませんか。ダミアンも今年は参加致します。ダミアン。あなたの譲れないものもあるのでしょう。ならばこんな薄暗い所で吠えずに、晴れ舞台である闘技場にて存分にその実力を、力を民草にお見せにご覧なさい」
「はっ!グレーシア様の名に賭けて!!」
「私の名はどうでもよろしいですわ。私は真剣に闘う強き殿方の姿を見るのが好きなだけですわ」
「では、我が勇姿をとくとご覧くださいませ!!」
…なんだか2人で盛り上がっているなぁ。
ダミアンのグレーシアを見る目が騎士のものだ。
いや、実質グレーシアを守る『姫騎士』そのものか。
血筋や血統を重んじるダミアンすれば、グレーシアに自分の武勇で他者に打ち勝つ事は名誉なのだろう。
ダミアンの実力は何程のものかは未知数だが。
「ではお芋さん。あなたの勇姿も楽しみにしておりますわ。ダミアン行きますわよ」
「はっ!グレーシア様!…私と遭遇しない事を祈っておけ、野良犬」
何故控え室に入るだけでここまで疲れるのか。
と言うかダミアンは生徒が使う控え室には入らないのか?
どうせ平民と同じ場所は云々と言って、別の場所で待機でもするのだろうか。
まぁ、別にどうでもいいや。
俺は俺で今日を楽しみにして来たんだ。
俺だってマリーの従者である前に元戦士だ。無様な姿を一切見せるつもりは無い。
割り振られた控え室に入り、予め用意してきた動きやすい服に着替える。流石に制服のままでは戦えない。この限定生の服装だって、今まで俺が着ていた物と違って良い生地の服だ。
マリーやミラルダにお願いすれば、すぐにでも新調出来るとは言え、貧乏性の俺からすれば高価な服なのだ。出来る限り大事に使用したい。
20人程いるこの控え室だが、試合開始の為の準備に余念のない生徒達が慌ただしくしていた。周りに視線をやると、普段の制服からローブを羽織り、着替える者。動きやすい鉄製の軽装備を装着する者。
俺の様に、本当に動きやすい普段着の様な服装に着替える者と様々だ。上着を着替え、腰にあるいくつかの輪っかに使い古された綿の帯を通す。
ギュっと縛り、下半身がズリ落ない様に固定する。
後は獣皮で出来た『両腕防具』と『脚部防具』を丁寧に固定する。数人は座れる長い腰掛けに座りながら、少し前に新調した革靴の踵を立て動きに不都合が無いか、不備は無いかと再度確認する。
闘技場内は既に盛り上がっている様で、大きな歓声が聞こえている。
前座で何か催し物でもしているのだろうか。
立ち上がり、全身を見れるほどの大きな鏡の前までいき、最終確認をする。
うん。どこからどう見ても旅人の服だな。
違うのは両腕と両足に獣皮の防具を付けている事ぐらいか。随分と久しぶりの様に思えるこの格好。
ほんの数ヶ月前まではずっとこの姿で旅をしていたのだ。
巡り巡って今はゼオングラーダで生徒をしているが。
「大変お待たせ致しました。只今より本年度『春嵐武棟祭』の開幕式となります。参加生徒の方は、速やかに闘技場までお越しください」
ノックと共に扉から現れたのはこの学園の事務局の人間だった。
生徒達が真剣な表情で次々と控え室を後にする。
中には呑気な顔している一般生連中もいてるが、…あれは参加賞目的だな。先に出た連中に続き、俺も控え室を後にした。
薄暗い通路を来た道とは違い、控え室の更に奥に進む。事務局の人が途中で通路を左に曲がり、進んで行く。
生徒達の人数分の足音が通路に響き渡る。
この先がどうやら闘技場の様だ。
視線の先には眩しい光が見えていた。
聞こえる観覧者達の声が次第に大きくなってくる。
薄暗い通路を抜け、眩しさに目を思わず閉じる。
「おぉぉぉ!!」
「待ってましたぁぁぁぁぁぁ!」
「早く!早くぅ~!」
「今年も盛大な試合を期待してるからな~!」
耳を思わず塞ぎたくなる程の歓声。
円形状の闘技場に埋め尽くされた人!人!人!!
「こんなに集まるのか…武棟祭って…」
思わず人の多さに酔いそうになる。
マリーはどの辺りにいるのだろうか?
見渡してみるが、大きな歓声と人の波だ。
(流石にわからないだろうな…)
こんな事ならば予め、どの辺りで観戦するか聞いておけば良かったのだが、そんな心配を他所に、すぐに何処にいるのかわかった。
『祝!ディオニュース様出場!!』
観覧席の一番手前から吊るされた大きな横断幕に思わず顔が引き攣る。その場所に目を凝らせて見るとマリーの他にミラルダ、他のメイド達も一緒にいる。
何やらマリーが大きな声を上げて言ってる様だけど、応援してくれているんだろう。
「それにしてもマリーもミラルダさんも、他のメイドさんも…。俺に内緒にしていたのか?あの横断幕…。気持ちは嬉しいけど恥ずかしいな…」
独り言を言っていると、ロブロイが傍にやって来た。
「ディオっち!おっす!あれマリー様とそのお付きの方々だろ?いや~開始前から盛大な応援だな!!俺っちも見た瞬間驚いちまったわ!あっはっは!!」
豪快に笑うロブロイ。
今日はロブロイとも闘う可能性があるのに、普段と変わらず話しかけてくる懐の深さと言うのだろうか。
些細な事を気にしないとでも言うのだろうか。
この場においても、ロブロイはロブロイだった。
「ロブロイ、お前のご主人様は観戦してるのか?」
「おう!メリーアン様もばっちり来て頂いているぜ!ほらあそこに」
ロブロイが指差す場所にも多くの人が座り、観戦していた。
どの人がメリーアンなのだろうか?
しきりにメリーアンが居てるであろう場所に向かって手を振るロブロイを見てあの何処かに、ロブロイを応援しに来ているんだろうと納得させた。
「ディオっち、始まるぞ!」
「え…?」
俺がロブロイに気を取られていると、闘技場正面の高座から、灰色の決して目立つ色彩ではないが、ひと目でわかる魔法使いか魔術師であろう装い姿の、立派な白髭を顎に蓄えた老人が現れた。老人は高座に備え付けられた棒状の物に力強く話かけた。
「大勢の方々に本年度もお越し頂き、感謝致します!我が名はゼオングラーダ学園学園長『ルフス・ハイム・ルフスタール』今日の良き日を全てのお集まりの方々と魔法・魔術の始祖『サミュエラ』に感謝致します!それでは…、本年度!『春嵐武棟祭』開始ぃぃ!!」
学園長と言う老人の声に耳を傾け、静まり返る闘技場内を埋め尽くす。
あの棒状の物は声を拡声する為の物なのか?
学園長の開始の合図と共に、先程までとは比べ物にならない歓声が沸き起こった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
最早叫び声の様な歓声と、闘技場を埋め尽くす人々の拍手の中祭りが始まり、盛大な歓声の中、俺は全く武棟祭とは関係の無い失礼な事を思っていた。
(学園長…?やっぱり存在してたのか…。初めて見たな)




