春嵐武棟祭
「…機嫌直してくれないか?」
「私は別に怒ってなどいませんわ」
う~ん。まだご機嫌斜めの様だ。
ロブロイとの会話の後、程なくしてマリーは中庭に現れた。
最初にロブロイがマリーの姿に気付き、丁寧に挨拶を交わしている。
俺も直様近づき、マリーの様子を伺ったのだが…。
ご覧の有様だ。
館内での最後の一言が思いのほか引きずっている。
どうしたもんかと思案していると、マリーの方から話しかけてきた。
「先程の1件は、とりあえず私の胸に一応しまっておきましょう。それよりも、シャワー室で汗を流していた時に思い出したのですが本学園には任意参加ではありますが、もうすぐ各棟の中で生徒達の実力をを競い合う『春嵐武棟祭』と呼ばれる4棟合同参加の催し物があります。ディオ様。その催し物に参加してみませんか?」
マリーが突拍子もない事を言った。
『春蘭舞踏祭』だと…?
マリーが何を考えて突然こんな提案をしたのかわからない。
そもそも俺には舞踏祭で踊れる様な文化人ではないのだ。確かにこの学園では少数と言えど、王族貴族の関係者が通っている。
それらは社交界と呼ばれる、俺とはとても縁遠い世界の事だ。
いくらマリーの申し出だとしても、もうすぐ行われると言う舞踏祭までにマリーに恥をかかせない状態にまで、踊りを習得する事は不可能に近い。
申し訳ないが、俺は断った。
「マリーが俺と舞踏祭に参加しようと言ってくれる気持ちは嬉しい。だけど、俺にはその自信が無いんだ。申し訳ないが断らせてくれないか?」
神妙な顔つきで断る。
しかし、マリーは意外にも食い下がる。
「そんな!ディオ様ともあろう方が何を弱気な!?私はディオ様なら誰よりも武棟祭で輝けると信じておりますわ!」
事も無げなく自信たっぷりで言い切る。何を根拠にそこまで言い切れるのだろうか。
「いや、ディオっちなら優勝も狙えると俺っちも思うんだけどなぁ」
ロブロイも無責任な事を言う。
2人が何故そこまで俺を参加させたがるかはわからない。だがマリーにとっては大事な事なのかもしれない。
しかし踊れないものは踊れないんだ。
思いの丈を正直に話す事にした。
「マリー…、なんと言うか。俺は踊れないんだ…」
「…え?踊り…ですか?」
「ん?踊り?」
「…えっ?」
最後のは俺の言葉だ。
3人が3人共頭に疑問符が出ている様な顔をする。俺もそうだ。マリーもロブロイも俺に踊れと言っているのだから。
でも2人の表情を見るになにかおかしいと感じた。
なにか噛み合ってない様な感じと言えばいいのだろうか。
「なんかディオっちとマリー様の中で噛み合ってなくねぇか?」
ロブロイが俺の思っている事を代弁してくれた。
俺は舞踏祭の事を話した。
「舞踏祭は貴族や王族の人達が踊るアレだろ?俺は踊り等一切した事がない。マリーの頼みだとしても、そんな短期間で習得出来る自信がない」
思った事をそのまま伝えた。
見る見るマリーとロブロイが破顔して行くのがわかった。
「ぎゃはっはっは!ディオっちマジかよ!?笑いの才能あるぜ!…ぷっ!あ~はっはっは!!」
む。なんでそんなに笑われるんだ。
俺はそんな可笑しい事を言ったつもりは一切無い。
しかしマリーに視線をやると、両手で顔を覆っているが、身体が小刻みに震え明らかに笑いを堪えている様に見える。
「も、申し訳ございませんわ。私の説明が至らぬばかりに…ふふっ!」
マリーもなんとか声を出してみたものの、笑いを堪える事が出来なかった様でまだ上品な笑い声が所々で漏れていた。
「で、結局舞踏祭とは何だ?踊らなくても良いのか?」
堪らず2人に問いかけた。
いつまでも笑われているのも良いもんじゃない。踊らなくても良いなら、前向きに話だけは聞くぞ。
少し落ち着きを取り戻したマリーが改めて説明をしてくれた。
「ディオ様、繰り返しますが至らぬ説明だった事をお詫び致します。『春嵐武棟祭』と言うのは生徒の武・知・魔を競う4棟参加型の戦いの催し物ですわ」
「戦い…?踊りと全然関係ないじゃないか!」
俺が憤っているとロブロイがまだ半笑いで話しかけてくる。
「ディオっちは今年と言うか、今日が初めての学園だもんな。知らなくて当然だぜ。でも踊りと勘違いするなんて、流石に俺っちも不意を突かれたわ」
そう言いながら、右手を伸ばし俺の肩に絡んでくる。
暑い上に、本当に気安いなこの男は。
ロブロイの腕を払い、マリーに向き直る。
「それで、結局。生徒同士で闘う模擬練習や、試合の様なものと思っていいのか?それならまだ参加しても良いと思うけど、なんで突然そんな事を思いついたんだ?」
俺が思うのは当然だ。
先程まで機嫌の悪かったマリーが突然こんな事を言い出したのだ。
不思議に思わない方がおかしいだろう。
マリーは俺の問いに対して、少し挙動がおかしくなり目を宙に泳がせている。
「え~っと、そのですね…。そう!この武棟祭で上位に入り、実力有りと認められた生徒は課題免除等の特典が付きます。ディオ様は本年度から入学した新入生と言わば同じ立場ですが、後学の意味合いも
兼ねてこの武棟祭に参加してみては…と打診させて頂いたのですわ!」
と一気にまくし立てた。
本当に課題免除等の特典があるのかとロブロイに目をやると、俺が何を言いたいのかわかった様に親指を突き立てて言った。
「おう!あるぜ!大きな特典がよ!課題免除が一番でかい特典だけどよぉ新入生でもたまに、とんでもない天才が入学してくる場合もあるんよ。そいつら専用の研究室とか貸して貰えたり、学食のタダ券が貰えたりとか結構な特典がな!」
どうやらマリーの言う通り、本当に課題免除等の特典がある様だ。
どの程度の上位に入ればどの位の特典が貰えるのだろう?
武棟祭と言うからには戦闘系になるのだろうけど、この学園では少数派なのではないのだろうか。
「ロブロイ。その武棟祭だけど、個人対個人の戦いなんだろ?この学園の生徒はそんな肉体派が多かったか?」
「いや、肉体派の方が圧倒的に少ねぇけど、ディオっち忘れてねぇかい?」
「何がだ?」
「このゼオングラーダが何の王都なのか。魔術王都だぜ?そりゃ魔法や魔術を駆使して勝ちに来る好戦的な奴らなんざ、いくらでもいるぜ?」
確かに失念していた。
この王都は何に重きを置いて、どういった人間が比較的集まっているのかを。
それにこの学園だ。ロブロイの言う様に魔法や魔術を専攻して得意とする生徒も多くいる筈なのだ。
正直、一気に面倒な気がしてきた。
俺が難しい顔をしていたからだろうか、マリーがフォローしてくれた。
「ディオ様でしたら魔法や魔術を使う生徒なんて目じゃありませんわ!マリーの目に焼き付いているあの勇姿!!ぶっちぎりですわ!…あら、私ったらはしたない言葉でしたかしら」
そう言って舌をペロっと出してはにかむ。
周りを気にせず話すマリーは、言葉こそ丁寧に話すが、全体の雰囲気と言うか仕草が砕けて、本当に身近な友人の様に見える。
ロブロイもなんか横で見惚れてるしな。
惚けているロブロイには悪いが、もう一つ聞きたい事を聞いておく。
「あと一つ聞きたいんだけど、戦闘がメインの催し物なら戦闘がメインじゃない生徒達には不公平が生まれないか?その生徒達も特典やらが欲しい人もいるだろう?」
我に返ったロブロイが言葉を返す。
「あぁ、だからそうならねぇ様に、攻撃魔法や攻撃系魔術に特化してない奴や紋様士の連中は、別で自分の技術や知識を競ってんだ。春蘭武棟祭『知力部門』って感じでな。そうだなぁ…、例えばあの『紙コップ』あっただろ?あれは去年の最優秀賞だ」
なるほどな。
確かにそれならば不公平さはない様だ。
逆にそう言った知識や魔力を使う実用的な大会ならば、俺は間違いなく失格だ。
いや、そもそも参加なんてしない。
マリーは武棟際の知力部門とやらには参加するのだろうか。
「マリーは知力部門には参加するつもりなのか?」
「え~と、私は去年は参加致しましたが、今年は参加しないつもりです」
去年って事は新入生の時に参加したのに、次学年に上がってからは参加しないのは何故だろう。
マリーに聞いてみる。
「どうして?去年参加したなら今年も挑戦するのも良いと思うんだが?去年の自分と今年の自分。何程成長したのか客観的に判断してもらえる良い機会だろう?」
「いや、そのぉ、ディオ様の言う通りなのですが、ディオ様が武棟祭に参加されて私も参加してしまいますと、全試合ディオ様の応援が出来ない可能性もございますから…」
そう言ってモジモジと顔を赤らめる。全試合全て応援するつもりだったのか。
気持ちは嬉しいけどな。
「それで、その…。ディオ様はご参加して頂けますか?」
また上目遣いで聞いてくる。
ご機嫌斜めだったのが、笑顔に変わり、そしてこれだ。
なら俺の答えは決まっているだろう。
「参加してみるよ。ここの生徒達が何程のものを持っているか興味あるしね」
これも本当の事だった。
妖魔が使う魔法に対して、人の使う魔法はどうしても威力が小さい。
しかしそれでも対抗出来たのは、使用者の創意工夫等の辛酸甘苦の末積み重ねてきた応用力にあるのだ。
俺がどこまで対応出来るか面倒な手合いだが、楽しみでもある。
「ディオっち出るなら俺っちもメリーアン様の許可を貰って出てみようかな!」
ロブロイの突然の提案に一瞬驚いたが、それはそれでもしロブロイと一戦交じり合う事になれば面白そうだと思った。
「その時は手加減してやらないからな、ロブロイ」
「いくらレイア教官と戦った事があるって言っても隙はあるはずだろ!俺っちは、ねちっこ糞い所を突いて行くぜ!」
得意げに話すロブロイ。
でもその作戦を今言う辺り、この男は憎めない。
苦笑しつつ、マリーに問う。
「それでいつ始まるんだ?武棟祭は?」
「今から丁度ひと月後ですわ」
「意外に短いな」
「まぁ任意参加だけどよぉ、各棟の生徒の実力試験も兼ねてのお祭りだしな!」
話は纏まった。
来たる武棟祭に備えて、久しぶりに剣でも振って感覚を取り戻すか。
マリーの授業に付き添いながらなので、何程時間を割けるかわからないがその短い間にも魔法や魔術の知識もいくらか拾えるかも知れない。あれこれと、ひと月後の祭りを前に考えておく。
「ディオ様なんだかとても楽しそうですわ!」
「ん?そう見える?」
「えぇ!とても凛々しいお顔ですもの!」
褒め過ぎだっつーの。
傍らにいてるロブロイも何故か笑顔だ。
「んじゃま!いっちょ頑張ってみますかね!!」
パンッ!と右手の拳を左手の平に当てて、景気の良い音を出す。
その日の夜。
どんな奴らと戦えるのか、ワクワクし過ぎて中々寝付けない俺がいた。




