木漏れ日の中で呟く名
「はぁ…」
中庭にある木々の木漏れ日に紛れて、他の生徒達に紛れて、腰掛けに腰を降ろす。
シャワー室に向かったマリーの後を付いて行かず、館を出てすぐにとりあえずこの中庭で待つとだけ伝えて別れた。
考え出てくるのは先程までの館内でのやりとりだ。
マリーとレイア姐さんからの詰問から逃れ、ロブロイの発言で話が変わり僥倖だと思ったのだが、結局は姐さんの迂闊な言葉とロブロイの言葉でマリーだけではなく、一般生からも白い目で見られる始末だ。
「はぁ…。学園生活って大変だな…」
もう何度目かのため息をついたところで、聞き覚えのある声と人物が近づいて来た。
「おっす!ディオっち!」
その気安く声をかけて来るのは、紛れもなく先程事態を多少なりとも悪化してくれたロブロイだ。
目の前にいるロブロイを上目で見る。
「ロブロイ…お前なぁ、他の生徒も居てる場であんな事言うなよな…。正直物凄く男子一般生達からの視線が痛かったぞ?」
俺がロブロイに恨み言を言うと、彼は別段申し訳なさそうな顔もせず白い歯を見せて陽気に謝る。
「あはは!すまねぇ!すまねぇ!でも正直子供の頃の話だとしても、俺っちには羨ましいと思ったぜ?あの位の事は役得として他の連中からのやっかみも受けておきなって!俺っちもシャワー室を一般生の連中とつるんで入ったけどディオっちとマリー様、それにレイア教官の話で持ち切りだわ」
本当に悪びれもなく話すなこいつ。
俺がもう一言くらい愚痴でも言ってやろうかと思っていた矢先にロブロイが俺の横に腰掛け、中庭を眺めながら話を続ける。
「まぁ気にすんなって!それよりもよ、この後昼飯まで結構な時間があるだろ?マリー様が出ていらっしゃるまで、俺っちが少し学園内を案内してやるぜ?」
学園内を案内か。
正直俺が把握している場所は正面玄関から特生の教室、そこから続く先程レイア姐さんがいた練武館の建物だけだ。
申し出自体は有難いのだがなにぶん、いつマリーがここへ現れるのかがわからない内は、おいそれと勝手にほっつき歩く訳にはいかない。
「提案は有難いんだが、マリーがいつここへ来るかわからない。中庭で待つと約束したからには、ここで待つよ」
「そうか?う~ん…、それもそうだな!じゃあちょっち待ってな、なんか飲み物でも持ってきてやる」
有無を言わさず腰掛けから立ち上がり、あっという間に正面の建物に消えて行った。
程なくして両手に飲み物らしき物を持って帰ってきた。
「ほらよ」
と右手から差し出された物を受け取る。
柑橘系特有の甘酸っぱいが、良い匂いがする。
それにこの飲み物を入れている容器も、俺が見た事の無い物だ。しげしげと飲み物と容器を見ていると、ロブロイが可笑しそうに説明する。
「ディオっちはその容器が珍しいのか?」
「あぁ、この容器は『紙』で出来ているんじゃないのか?分厚く持った感じではしっかりしているが、それでも染み込んでもいないのが不思議だ」
飲み物を注ぐ容器は陶器や硝子で出来た物や、木で出来た物が一般的だ。
紙の容器でしかも溢れない物なんて、俺は今初めて知り驚いている。
「いや~、便利な世の中になったよな!これは『防水された紙の容器』と呼ばれてる
物で、最近この学園の天才魔術士と名高い生徒と、これまた逸材と呼ばれている紋様士と合作で作った代物らしいぜ」
そう言って一気に飲み干すロブロイ。
くぅ~!!と酒でも飲んでいるかの様な仕草をする。おもむろに『紙コップ』の裏底を俺に見せて、話を続ける。
「でな?この底に秘密がある訳らしいのよ。この底に紋様士が最小化した水に耐性のある紋様を紋印に写して、ポンポンって具合に押し付けては、紙コップに耐水の効果を付与してるって話だ。で、そもそもこの容器を立案、実行に移したのが天才と呼ばれている魔術士様って訳だ!しかもこれは基本使い捨てだぞ?」
気にはなっていたけど、これだけの物を使い捨てで使用出来るとはなんとも贅沢で勿体無い話だ。
そんな事をしていれば、これだけ便利な物である。
すぐに足らなくなるし、作り手の割が合わないのではないのか?
俺の当然の疑問を予め見抜いていたかの様に最後に続けた。
「これの本当に凄いところは、基本的には使い捨てだけどよ、一度バラしてただの紙クズに戻した後再度構築して新たな紙コップとして再生出来る事よ」
「何!?本当なのか?」
これだけの物が使い捨てにされる訳は無いと思っていたが、まさか一度紙クズに戻してから、また紙コップにする事も出来るのか!?
俺なら絶対使い捨てにせずに、何度も洗って使い回す事になる。
それにして本当に凄い物だと感心してしまう。
これだけの物を作ろうと思うその想像力に、それを形にする行動力に。
その結果、廃棄から再生に至るまで応用力に。
改めてこの場所が、この国のみならず大陸の文化や経済の未来を担う者達が集う場所なのだと思い知らされた。
「ディオっちがそこまで感心してくれると説明した俺っちもなんだか嬉しくなってくるぜ!」
「時代はこんなにも進んでいるんだな!」
俺は魔力も学もないが、いつかこう言う人の役に、生活に役立つ様な物を作り出してみたいと思った。
奪い奪われての世界だけではなく、何かを生み出す世界もあるのだと知る良いきっかけになった気がする。
「そう言えばよ、さっきまでの話でもないけどディオっちはここへ来る前は何をしてたんだ?さっきの話しぶりからして、あんま呑気な話でもなさそうだけどよ。良かったら平民限定生同士のよしみで、俺っちにぶちまけても良いんだぜ?」
ロブロイはそう言ってまた右手の親指を突き立て、無駄に白い歯を見せてくる。
こいつの事だからあまり深い意図もないんだろうけど、マリーやレイア姐さんに言った手前、この場で話す事でもない。
「う~ん、またいつか話すよ」
「おっ!そうか?せっかくダチになったんだから、いつでも話くらい聞くからよ!」
「…おう!そん時は頼もうか」
命を互いに預ける戦友とはまた違う、学友とでも言うのだろうか。気兼ねなく話し合いが出来る友人と言うのは良いものだと思った。
「しかしレイア教官は相当な使い手だろ?ありゃ腕も確かだけどよ、教練中の目が他の戦闘教官とは全然違うわ。ディオっちはレイア教官と一緒にいた時もあったんだろ?どんな人だったんだ?やっぱりあれか?今みたいに厳しい感じか?」
俺の話からレイア姐さんへの質問に変わった。
ロブロイと言う奴は自分が思いついた事を、思いついただけ質問するようだ。
矢継ぎ早に姐さんへの質問に苦笑いをしつつ、簡単に答えてやる事にした。
「戦場で一緒にいた時もあんな感じだ。俺と接してくれる時は本当の姉の様に優しく、厳しくもあった。俺にとっては先輩戦士として『姐』であり、それ以外の時は『姉』の様な存在だったよ」
レイア姐さんと過ごした日々を思い出しながら、当時を振り返る。
木漏れ日がキラキラと光り、思わず目を細める。
「レイア教官が姉とか。ディオっちは勝ち組だな!」
「なんだよそれは」
「優しい美人の姉がいるだけで勝ち組だっつーの!!俺っちなんて男ばかりの兄弟で長男だからな、ぎゃーぎゃーとうるさいチビ達の面倒も見ろと言われたり馬の世話をしなきゃいけなかったしで、女っ気で言えば負け組だぜ」
口ではそう零しても、顔を見ればわかる。
ロブロイの顔は負け組の顔ではない。
苦笑いをしつつも、自分の家族や環境を大事に思っているんだろう。
家族を随分前に亡くした俺にしてみれば、ロブロイの言い方で言えば彼こそが眩しく見えるんだけどな。
「それにしても、ディオっちもレイア教官も元戦士って言ってたけど教官の立ち振る舞いを見てたら納得するぜ」
そう言ってうんうんと頷く。
「そうだな…。姐さんは本当に強かったよ。パーフェクトウォーリア隊の中でも生き残り組だしな」
「パーフェクトウォーリア!?なにそれ!めちゃくちゃかっこいいじゃねーかよ!」
話に釣られてうっかりと戦士時代の話になってしまった。
しかしパーフェクトウォーリアの事をかっこいいと言ってくれたのはロブロイが初めてだった。
昔は人気のある戦士の名前と教えて貰っていたが、実際ここに来るまでの道中に名前を明かしても皆知らないか、名前の響きから戦士だろうと予想するだけで、俺の思っていた以上には、残念な事に人気が無かった。
しかしロブロイの様に面と向かってかっこいいと言われると気恥ずかしいくもあるがやはり嬉しいと思ってしまうのは、俺があの隊にいた事を誇りに思っているからだろう。
気分を良くした俺は少しパーフェクトウォーリアについて話した。
「俺達元パーフェクトウォーリアには二つ名を持つ人達がいてな。姐さんは真紅の殺翼って呼ばれていたよ」
「二つ名とか!!やっぱ超かっこいいな!二つ名とか俺っち、大陸の有名人か、子供の頃に読んでもらった絵本とかの中でしか知らねぇぞ!?」
興奮冷めやらぬロブロイの目は子供の様に輝いている。
男の子は確かにこう言うモノに憧れたりするが、ロブロイも例に漏れず好きな様だ。
「戦場を言葉通り『翔ける』姐さんは味方や敵である妖魔ですら魅了する剣技の持ち主だ。俺も手ほどきを受けては、姐さんの剣技に惚けてよく怒られていたよ」
姐さんに稽古をつけて貰った日の事を思い出す。
剣の握り方から振り方、そして刃引きのしていない真剣での稽古。
姐さんが度々見せてくれた、本気の剣技の数々に、幼い俺は見とれてはよく注意されたもんだ。
『ディー君!ちゃんとお姉ちゃんの技見てた?お姉ちゃんもだけど、他の連中の動きや技を間近で見れる事は本当に貴重なんだぞ?』
今なら姐さんが口を尖らせて言っていた意味も良く理解出来る。最強の戦士の動きや技を間近で見れる奴はそうそういない。
それらを間近で見れる奴は、見たっきりこの世からおさらばしているからだ。
良い経験を積ませて貰ったと、改めて姐さん達に感謝する。
「ならよ!ディオっちにもあるんだろ?二つ名ってやつが!なんて名前を付けられていたんだ?」
ロブロイの期待する眼差しに反して俺は言葉を詰まらせた。
それは俺には周りから呼ばれた二つ名が公には無いからだ。
俺が拾われて戦士として戦った時間は、隊の誰よりも短く他の戦士達に比べて圧倒的に少なかった。俺を形容する二つ名が公に浸透しなかったのも当然なのである。
「それがな、俺が隊に拾われて数年後には戦争が一応は停戦って事で終わったろ?俺が知る限りでは、俺が最後のパーフェクトウォーリアで、実績を積む前に終わったから俺には無いんだ。二つ名が」
「まじかよ~。さっきの教練中に見ていたけどディオっちもかなりの実力者だと俺っちは思ってたから、てっきりあると思っちまった」
あははと笑いながら背中をバンバンと叩いてくる。
ロブロイの気安い話し方と行動ですっかりお喋りをしてしまった様だ。
ロブロイには悪いがここまでにしておこう。
気分を良くしてしまい口を軽くし過ぎたなと自嘲する。
歴代のパーフェクトウォーリア達を見た兵や妖魔から付けられた畏怖と尊敬の象徴である二つ名。俺にはその二つ名は存在しない。
こだわりが無ければ、気にする事も無い。
だがパーフェクトウォーリアである姐さん達から貰った『二つ名』だけは別だ。
身寄りを失くした俺に、隊の皆から貰った思い出のもう一つの俺を表す名前。
俺には分不相応で、大仰過ぎて人に口外する事もはばかれる。
それでも俺が皆と一緒に過ごし、戦った証の一つなのだ。
「『神憑の戦士』ねぇ…。大袈裟過ぎて誰にも言えないよ」
風が木々を揺らし葉擦れの音が聞こえる中、木漏れ日に紛れてその名を久しぶりに口にする。
「え?ディオっち今なんか言ったか?」
「いや、何も」
首を傾げて不思議そうにしているロブロイに苦笑し、僅かに残った飲み物を一気に飲み干し、もうすぐ現れるであろう我が主人を待つのだった。




