Left & Right
案の定、レイア姐さんの受け持つ教練が終わった直後に館内で姐さんとマリーの両者から詰め寄られた。
少し離れてロブロイも興味深いとでも言わんばかりに耳を傾けている。
「さぁ!教練は終わった!ディー君の今までを洗いざらい話してもらうぞ!」
「ディオ様!?レイア教官とはどう言うご関係なのか、きっちと説明して頂きたいですわ!」
「ディオっちばかりなんでこんなにモテモテなんだよ…」
後半の台詞は無視をするが、眼前に迫るレイア姐さんとマリーの迫力に思わずたじろいでしまう。
そう言えば2人に、この数年の話をしていなかったし、話す機会も無かった訳なのだが、どうしたものか。
正直なところ、この場で2人に説明する事も出来るが、詳細を言ってしまえば内容はかなり重い話になる。
出来れば俺の気持ちの整理がつくまでは語りたくないのが本音だ。
「姐さんもマリーも落ち着いて。まだ他の生徒もいてるし、この場所では話しづらい内容もあるんだ。出来れば本当に時間のある時に改めて、この3年の間に何があったのかを話したい」
真剣な表情で2人に向き合う。
俺の表情から汲み取ってくれたのか、2人はお互いの顔を見合わせて一つ嘆息し渋々了承してくれた。
「ディー君。つらい時期を過ごしたのならお姉ちゃんがずっと話しを聞いてあげるからな。遠慮なんてするんじゃないんだぞ?」
ありがとうレイア姐さん。
あなたのいつも俺を気にしてくれる姿や言葉は本当の家族でもあり、俺にとって紛れもない『姉さん』です。
「ディオ様!私はディオ様の過去等気に致しませんわ!それよりも教官とのご関係が今は非常に気になります!…気になりますが、今は我慢致しますわ!」
ぐぬぬ。
とでも言わんばかりの表情で、好奇心を押さえ込んでくれたマリーの素直さに俺は感謝する。俺とレイア姐さんとの関係を辿れば、血なまぐさい話しから語らなければならなくなる。
出来ればマリーにはそんな話しをしたくない。
綺麗な世界だけを知っていて欲しいとか、そんな綺麗事を言う訳じゃない。
ただ、今はマリーに知られたくないと思った。
「レイア姐さん。必ず時間を取って話すよ。俺があの場所で何を見て何を思い、姐さん達から離れたのか」
「…可能な限りで良いからな?」
「ありがとう姉さん…」
「マリーにもレイア姐さんとの事は近い内に話すよ。でも教練の時に姐さんが言った様に、簡単に言えば俺と姐さんは元々同じ隊にいた先輩と後輩の様なもんだよ」
俺と姐さんを他人が見ればそんなもんだ。
それでも俺の今の発言に不満のある女性2人がしょんぼりとした顔で何かを呟いていた。
「先輩と後輩にしては距離が近過ぎですわ…」
「先輩と後輩じゃないもん…。お姉ちゃんとディー君だもん…」
2人の表情を見て改めて申し訳無く思うが、今この場所では勘弁して欲しい。
何か話題を変えて雰囲気を変えたかった。
「そう言えばよぉ、ディオっち達は次は何か授業受けるのか?」
でかしたぞ、ロブロイ。
最初に無視を決め込んでいたロブロイだったが、話を変える良いきっかけとなってくれた。
「マリーはこの後はどうするんだ?」
俺はこの後の予定を予め聞いておらず、マリーに問いかけた。そもそも俺はマリーの行動にしばらく付随する形で過ごすと決めていたからな。彼女が行く処に俺あり!なのである。
「本日は初日ですので午前の授業は、レイア教官の教練のみですわ。それにとても汗をかいてしまったので、シャワーで身体を綺麗にしたいかと」
前言を撤回しよう。
マリーの行くシャワー室には俺は入るつもりはない。
「それもそうだな。俺は特に汗もかいてないし、適当に待っていても良いかな?」
「えぇ、ディオ様にお待ちさせてしまうのは、心苦しいのですが、清潔に保つ事も王族の義務以前に、私も女性なので…」
至極当然だと思った。
うら若き少女がひとしきり身体を動かしたのだ、マリー以外にも他の男子、女子生徒達もシャワー室へ行くのだろう。
「一般生に混じって浴びるのか?」
「いえ、私達は特別生用のシャワー室が用意されていますので」
この学園では特別生は本当に名前の通り『特別』な扱いなんだな。
まぁ大蛇も藪をつつかねば出て来ないのと同じで、特別生に対して何かあれば一気に外交問題にも発展しかねないしな。
「ちなみに…教官専用のシャワー室も勿論完備されているんだが…。ディー君。久しぶりに背中を流してやろう!」
突然会話に入って、とんでもない事をさらっと言ってくれる。
「いや、結構ですよ姐さん」
出来る限り平静を装い、俺もシレっと返す。
「ではこうしよう。ディー君がお姉ちゃんの背中を流すのはどうだ!」
「流しませんよ?姐さん」
「ではでは!!お姉ちゃんが!ディー君の…!」
「やりません。やらせません。入りません。入らせません」
あらゆる問いに対応出来る様に、全ての回答を用意しておいた。
姐さん…もう俺も子供じゃないんですよ?
姐さんを姉さんとして見るのも気恥ずかしいのに、レイア・アネスとして見るには俺はあまりに経験不足です。
「うっ…ぐぅ…んっ!」
俺の回答に言葉が出ない姐さんは言葉にならない言葉を発し、キッと俺を睨んで、感情が爆発した。
「…ディー君の馬鹿者!馬鹿者!お姉ちゃんに優しくしない奴は雷馬に蹴られてしまえばいいんだ!もう帰って酒飲んで寝てやる!」
職務放棄と飲酒宣言をしながら、走り去る涙目のレイア姐さんは、扉を勢いよく開き、館内を後にした。
姐さん…。
雷馬なんかに蹴られたら俺、多分死にます。
感電死と圧死と粉砕死と3つの特典が付いてくるんですから…。
後、お酒は程ほどにして下さい。
姐さんを見送った後、背後に感じるただならぬ視線に思わず冷や汗が流れる。ゆっくりと振り返ると笑顔なのに凄みのある表情でマリーが話しかける。
「それで?ディオ様はレイア教官と背中の流し合いをする仲なのですか?」
「いやっ!マリー!?それは俺が本当に子供の頃の話で、もう何年も前の事だぞ!?」
「でも事実なのですわね…」
目を細め、少ない言葉で何故か糾弾される。
家族の様な近しい間柄なら、子供の頃くらい一緒に風呂に入ったり、水浴びくらいするだろ!?そんな俺の心の叫びもお構いなしで、続ける奴がいた。
「いや~。ディオっちはあのレイア教官と風呂に入った事もあるのかよぉ~!正直軽く殺意が芽生えてくるぐらいに羨ましぜ!強くてクール、学園でも屈指の美人教官だからな。この事が周りに知れたらディオっちも大変だぜ?」
相変わらず笑顔の怖いマリーと、余計な事を言いながらもにこにこしているロブロイ。そして、本当の問題はまだ俺達が館内で今まで話していた事だ。明らかに一般生達がざわつき、誰ともなく視線が俺に集中しているのがわかる。
視線が痛いとはこう言う事を指すのか。
「マリーベル様と言うお方がいてるのに、その上レイア教官と一緒に…!!」
「許せねぇ…。嫉妬で人が殺せるなら俺は今すぐあいつに使う!」
「同じ平民でこの差はいったいなんだって言うんだぁぁぁ!!」
大小口々に好き勝手館内で叫んでいる男子一般生達。
お前達の言ってる事は多少理解してやる。
多少な。
でもな、これだけは言っておきたい。
(妹の様な少女と、姉の様な女性を女として意識出来るか!)
マリーに視線を合わせると、頬を膨らませ、ぷいす!と背けられた。
ロブロイを見ると右手の親指を立てて、キメ顔をしている。何に対してのキメ顔なんだよ。
「さぁ!とにかくもう私はシャワー室へと行きますわ!ディオ様は少々お待ちながら反省してくださいまし!」
そう言って踵を返し扉に向かうマリー。
数歩遅れて歩き出す俺の足取りは重く、思わず天井を見上げて呟いた。
「…天井にも紋様があるんだな。はぁ…」
ため息一つ吐いて、マリーがシャワー室から出てくるのを、何処かで待ちながら一体何に反省をすればよいのだろうと自問する事にした。




