姐と弟
「よし。整列したな。では改めて自己紹介をさせて貰おう。私の名はレイア・アネスだ。本年度からこの時間を受け持つ事になる。君達が望めば今よりもいくらでも強くしてやる」
そう豪語し、見渡すレイア・アネス。
誰とも言わずに約10人単位で4.5列に並び、俺達は最後尾の列に自然と並ぶ運びとなった。
一般生は勿論他の特別生や限定生も息を飲んで、彼女のその一挙手一投足を固唾を呑んで見守っている。
その褐色の肌は妖艶で、その瞳は妖光に輝き、戦士特有の硬い筋肉質の身体では無く、あくまでしなやかな、柔軟な身体のラインが見る者全てを魅了する。
滅多にお目にかかれない希少種の獣牙『黒豹の女王』と形容する人もいる。
「早速本日から実践と行きたいところではあるが、中には剣や槍を扱う事すら初めての者もいるだろう。まずは私が個人に合った武具、それに対しての適正を見てやる。この私に見て貰えるんだ、感謝しろよ?」
そう言ってニヤリと口角を上げて、艶っぽい微笑を浮かべる。
「では、順番に聞いてやる。左のお前から武具の経験と本授業で、何を習得したいのかを答えろ。簡潔にな」
そう言われて一般生の男子生徒がビクっと体を震わせた。
不意打ちだったのか、しどろもどろに答えている様に見える。
後方からは聞き取れないが萎縮してしまっているんだろう。
「…ふむ。よし、次の奴!」
生徒達から情報を聞き出し、持参していた用紙に羽ペンで何やら書き込んでいる。
事前に生徒の扱う武具の適正や、経験の有無を聞き出し、個人に合う方法を模索するやり方は手間がかかりそうだ。
円滑に次々と答える生徒とその情報を書き込み続けるだけの作業だったがそれなりの時間を有した。
そして、最後列の番になった時にレイアは俺の顔を見ては、驚きの表情を見せ俺は俺で苦笑いを浮かべていた。
「…えっ!?ディオ…?…ディー君なのか?」
懐かしい呼び方をされて、ムズ痒くなる。
その呼び方をするのはこの人だけだから。
「はは…。お久しぶりです。レイア姐さん」
数年ぶりの再会にしては、我ながら味気の無い簡素な挨拶だと思う。
レイア姐さんと呼ばれ、本当に俺と確信したのか、みるみる目に涙を浮かべ人目をはばからずに抱きついてきた。
となれば良い再会なんだろうな。
しかし現実は違う。
目に涙を浮かべてはいるが、無言で腰に差している愛剣を抜き、躊躇無く俺の顔面に目掛けて刺突を繰り返す。
「な~~にが!『お久しぶりです』だ!戦争終わって2年!最後に会って3年以上も連絡つかずの音沙汰無しで…!!」
「ちょっ!?いや!?姐さん!あぶっ危ないですって!いきなりこれは本当に…うひぃ!?」
後方にジリジリと下がりながら、全て紙一重で避けているが最後の一突きだけが本気で避けないと危ないくらいに鋭かった。
左耳付近の髪の数本がさらっと落ちる。
伸ばした腕を下ろし、剣を収める姐さん。
目にはまだ涙を貯めているが、姐さんは一歩踏み出し、今度は本当に抱きつかれた。
「…馬鹿者!今まで全然連絡も寄越さず自由にして!私が何程ディー君の事を探し、気にしていたのかも知らずに!なのに突然また私の前に現れて…。ディー君の馬鹿者!この大馬鹿者!!」
呆気にとられる生徒一同を前に、お構いなしに抱きつく姐さん。
俺もその懐かしい匂いに目を細めた。
姉さんの身体から感じる、優しい温もりが伝わる。
流石は元パーフェクトウォーリアの腕力だ。
抱きしめられた両腕からもミシミシと嫌な音を立てるのも伝わってくる。
「ね、姐さん。詳しい事情と経緯はまた後で話すから、今は授業を進めない?」
周囲の視線もさる事ながら、この抱きつかれた状況も、今は居心地が悪い。授業に来たと思った教官が、突然限定生と抱きついた。
変な噂になっても面倒だ。
「そ、そうだな。必ずだぞ!?絶対だからな!?」
コホンと咳払い一つして続ける。
「諸君、突然驚かせてすまない。彼は私が以前所属してた団の戦友であり弟分なんだ。数年ぶりに再会した事で動転してしまった様だ。では気を取り直して続きを行う!」
レイア姐さんの言葉に俄かにざわつく一同。
俺の番は飛ばし、姐さんはマリーにも他の生徒と同じ様に経験の有無を聞き出し、程なくして全ての生徒からのおおよその情報を聞き出した。
(マリーは細剣か…)
そんな事を考えていると横にいたマリーからも小声で釘を刺された。
「ディオ様…あのレイア教官とのご関係…。非常に興味が御座いますわ…!!後で説明をして下さいましね…!!」
やけに語尾に決意と言うか強い意思が見え隠れする。
「…よし。ではこの情報を元に、予め係りの者が用意した教練用の武器がある。それを実際に手に取り、思い思いに振って見せろ。型等は今は特に気にしなくて良い。ただ一番大事なのはそれが自分に合っているかどうか。その一点のみだ」
係りの者と呼ばれた人達が鉄製の籠を台車に乗せてやって来た。
あの人達が姉さんの言う係りの人達なんだろうか?
俺がじっと見ていると、学園内で先生や教官達以外にも補佐をする人達が沢山いる事をマリーが小声で教えてくれた。確かに、教官一人で何十人も見て、必要な物を揃えるなんて大変だ。
「一般的な剣が10、大剣10、細剣10、槍10、短刀10とある。先ずは先程自己申告した武器の前に並び、順番に手に取れ」
その言葉を皮切りに、生徒達が教練用の武器を手に取り、間隔を開ける。
手に持つ感触を確かめる者、振り上げて振り下げて感覚を探る者。少ないながらも女子生徒も教練用とは言え、初めて持つ武器に驚いていてる子もいる。
「未経験者で実際に武器を持ってみて違和感があったり、馴染まないと思ったら遠慮なく私に相談しろ。せっかく各種武器が揃っているんだ、手に取り自分の感覚や感性に添う物を見つけろ!」
ちなみに俺はマリーに付随する形で細剣の場所にいてるが実際は手にとっていない。
マリーが手に持つ細剣を見ているのだ。
細剣は軽く、刺突に重きを置いた武器である。他の武器と違って比較的軽いのだが、両手で持って尚ふらふらと体の重心がブレるマリーを見て心配になる。
「ふっ、ふぅ…。なかなかの重さですわね」
(マリーにはちょっと重すぎるのか知れないな。短刀とかの方が良いのかも?)
等と考えていると、今まで生徒達を見ていた姐さんが、近づき小声で話かけて来た。
「ディー君…。しばらくは勝手に消えたりするんじゃないぞ?」
「わかってるよ姐さん…」
「…そうか」
そう言ってまた生徒達の中に戻って行った。
ここでは凛々しく厳しい教官であろうレイア姐さんなのだろう。
しかし去り際に見せた、俺を案じてくれるあの笑顔は、昔見た笑顔と何一つ変わっていなかった。




