級友と旧友
「ここですわ!」
adonis棟から出て、生徒達が行き交う中、またあの広い中庭を通り別の大きな建物へとやって来た。
位置的に学園の正面を真っ直ぐに突き抜けて行けばここに来れる様だ。
マリーの眼前にある扉の重厚な外観は、学園の正面玄関を彷彿とさせる。
扉をよく見ると、入口の扉には紋様が施されているのに気付き、この建物が紋様等を施さないといけない場所なんだと思った。
マリーの言う武術教練や剣術教練、つまり戦闘教練ならば剣戟音も出れば気合の入れる大声も出る訳だし、あらかた防音の紋様か、耐性の紋様でもあるんだろう。
これだけ大きな箱建物だ、その効果に見合った物を創りだすには有能な紋様士が手掛けたであろう事に想像は難くない。
扉の前で仁王立ちするマリーは俺の為に分かりやすく説明をしてくれた。
「ここは主に、肉体を行使しての戦いを想定とした授業を受ける事が出来ます。選択式の当学園においてはそれ程多く受講する方はいらっしゃらないと思います」
「それは何故?」
「ここは魔術王都ですから」
「やはり魔法、魔術が主流になるんだな」
「ええ、その通りですわ。でも全生徒が魔法や魔術を得意としている訳でも御座いませんし、選択式の授業とは言え、規定人数よりも多くなっては先生方も大変ですので、私の認知している限りでは、うまく分散して皆さん授業を受けていると思いますわ」
ふむ、どうやら一般生と特別生と、おまけの限定生の中で、今のところは上手く選択する授業に対して、住み分けが出来ているようだ。
マリーの口ぶりからして、人気のある授業にはそれなりの人数が集まる様だが。
「そして今日から戦いの授業をここで受けるのか」
「そうですわ!本日より戦いを学び、そしてディオ様の様になりますわ!」
「ははは…」
さも当然の様に話し扉を開くマリーに続いて、苦笑いを浮かべ後に続いた。
ギィィ………
と使い古された扉から金属の擦れる音が館内に響き渡った。
既に館内で待機していた生徒も十数人いて、どの生徒も一般生のものとわかる服装を纏っていた。その生徒達からざわつきが起こっており、何故か妙に色めき立っていた。
「なんだか俺達が来てから急に騒がしくなったな」
「…そうですわね」
「なぁマリー?俺はこの学園が今日が初めてだから何も知らないけど、特別生徒と限定生が一般生に混じって授業をするのは珍しいんじゃないか?」
明らかに扉を開けた直後、マリーと俺を見て確認してから一般生達の中でヒソヒソと話し声が出てはそれが徐々に大きくなっていった。
「特別生やそれに続く限定生は特殊な立場でありますし、一般生の方々には珍しく見えてしまうのでしょうね」
珍しく少し困った顔をするマリーだったが、マリーの表情が変わる度に一般生の生徒達から恍惚とした、ため息やら、小さくだが『オォォ!!』とくぐもった声を漏らしている奴までいた。
これは特別生や限定生が珍しいからじゃなくて、マリーがここにいる事が一般生の男子連中にすれば喜ばしい事なんじゃないのか?
「なぁ、あいつらは特別生だからざわついているんじゃなくて、マリーの事が気になっているからそわそわしているんじゃないのか?」
俺がマリーにそう話すと、少し驚いた顔をして答えた。
「まさか!そんな事は…。私の様に背も低く、|まだ成長途中の未熟な体つきですし…殿方の好意を向けられる様な事などは何もないと思いますわ…」
最後の方は尻すぼみになっていたが、譲れないものがあるんだろう。
身長や体つきは魅力の一つとしてはあって当然だろう。
だがその部分だけが女性の魅力ではない。
良いも悪いも含めて『魅力』だと俺は思うのだが。
「話が変わるけど、俺達以外にも特別生や限定生も後から入って来てんだな」
先程のマリーの言葉に対して思った事を話す事に躊躇った俺は、何か違う話題を振る事で、事なきを得ようとした。
俺達が館内に入ってからも、少しづつではあるが新たに生徒も増え、中には特別生や限定生の姿も見える。
ざっと見渡して…4.50人前後くらいか。
館内は広くこの全ての生徒が展開して稽古をしてもまだ余裕があるな。俺がそんな事を考え、辺りを見渡していると突然声を掛けられた。
「よっす!」
「…ヨっ、よっす!」
右手を軽く上げて、気安く挨拶してくる男に思わず声が上ずってしまった。
やや髪を左に流した髪型で、ブラウンの髪色と少しばかりのそばかすが印象的な好青年とった雰囲気の人物だった。
服装を見るとどうやらこの生徒も限定生だ。
俺も反射的に右手を上げて返す。
「先に自己紹介するわ。俺っちの名前は『ロバート・ロイル』皆は俺を『ロブロイ』って呼ぶぜ。まぁ気軽にロブロイって呼んでくれや!ちなみに俺っちもadonis棟な」
「そうか。よろしくロブロイ。俺の名前はディオニュース・カルヴァドス。俺の事はディオって呼んでくれ」
今度は普通に話せた。
しかしこのロブロイと言う生徒は一体何だ?突然俺に話しかけてきて。
それに先程の特生教室では全員の顔を覚えている訳ではないが少なくともロブロイと名乗る生徒はあの教室には居なかった。
学園内だからと言って、安全なのか危険なのかもどうかもまだ模索中の俺は、傍にいるマリーの事を第一に考えてロブロイの視線上にマリーを入れない様に体を入れ、警戒を強めておく。
「お、おいおい!?急に目付きが怖くなったぞ?そんなに警戒すんなよ。ただ俺っちは俺と同じ平民の出で、限定生してる奴の噂を聞いてさ、教室に顔を出せなかったから残った連中に聞いて、俺っちもこの授業受けるし挨拶に来ただけだって!」
「そうなのか?」
「そうなの!!」
確かにさっきの自己紹介でもミドルネームは入ってなかったな。
まだ鵜呑みにする事も出来ないが、身振り手振りで説明するロブロイの姿と言葉を信用し彼に対しての警戒を解いて、話かけた。
「限定生として今日が初めての学園なんだ。俺の知らない事ばかりで、不慮に備えていつでもこの人を守れる様にしないといけない。せっかくロブロイから気さくに挨拶をしてくれたのにすまなかった。非礼を詫びる」
そう言って頭を下げる。
「いやいや!?やめてくれ!俺っちは似た者同士で仲良く出来たらと思って声をかけただけなんだからよ。初日だし限定生として当然の行動なんだ謝らないでくれ!頭を上げてくれ!」
頭を下げた俺に、慌ててロブロイが返す。
「あの…?ロバート殿がここにいらっしゃると言う事は主様である『メリーアン・レディア・アンクレスト』様ももしやこの授業を?」
そう言って、それまで成行きを見守っていたマリーがロブロイに話しかけた。
「あ!マっ!マリーベル様…!!」
マリーに話しかけられたロブロイが目を泳がせて動揺している。
いや、これは動揺ではなく緊張か?
直立不動なのだが、落ち着きなく指が小刻みに動いている。
「あのっ、俺っちの主様であるメリーアン様はこの時間の授業は魔法学を選んでますっ!」
「まぁ。やはりそうなのですね。メリーアン様が魔法学や魔術学以外の授業を選択するとは思いませんでしたので。でもそれならば、ロバート殿はメリーアン様の傍から離れてもよろしいのですか?」
まぁ限定生は基本的には主である特別生に従うからな。
主不在でここにいてる事にマリーは違和感を覚えたのかも知れない。
「そ、それがですね…メリーアン様の今年から受講する内容が上位の内容になっ、なりまして!俺っちも去年までは同席してたのですがメリーアン様のお心遣いで本年度からは、俺っちも多少自由に好きな授業を受けても良いと言われまして!」
しどろもどろと経緯を話すロブロイ。
それを横で聞いていた俺は何気なく気になった事を聞いてみた。
「なぁ?俺は魔法の事はよくわかってないんだけどさ、上位の授業内容ってそれはロブロイはついていける内容なのか?」
俺の率直な疑問はロブロイの的を射った様で、途端にうなだれた。
「いや、俺っちもよぉ。本当はメリーアン様に従って一緒に受けたかったんでけどよぉ…。もう俺っち程度の頭じゃ何言ってるか全然理解出来なくて…。きっと優しいメリーアン様の事だし理由を付けてくれたのかもしんねぇわ…」
「そうか…」
「おうよ…」
俺はまた余計な事を聞いたのかもしれない。
しかしロブロイの話を聞いた後ならば、どうしてここで単独で授業を受けるのかが納得する事が出来た。
先程の警戒と打って変わり、もうロブロイには多少ながらの親近感を覚え始めていた。
それは俺自身が同じ年頃の同性の友人と言う存在を持った事が少なく、わざわざ挨拶までしに来てくれた事が嬉しかったのかもしれない。
だからとと言う訳でもないんだが、俺は改めて右手を差し出し握手を求めた。
「まぁ、事情は人其々だ。改めてよろしくな。ロブロイ」
「おっ、おぉ!よろしくなディオっち!」
「なんだよ…そのディオっちって…?」
「え?その方が呼びやすくねぇか?」
文字数が増えているだろうが。
がっちりと交わした握手を横から見つめていたマリーが微笑ましく見ていた後、おもむろにロブロイに右手を差し出した。
「ロバート殿、本年度も改めてよろしくお願い致します。そして私もロブロイ殿とお呼びさせて頂いてもよろしいでしょうか?私の事もマリーとお呼び下さい」
ロブロイは直様俺から手を離し、制服でゴシゴシと両手のひらを拭いて、震える両手でマリーの握手に応じた。
おい。
俺の右手は病気の元や不潔とでも言うのか?
「もっもも勿論ロブロイと気安く呼んでください!!しし、しかしっ!俺っちがマリーベル様をその様にお呼びする事は…!」
緊張で額から変な汗が出ているロブロイを気にする事もなくマリーは続けた。
「私達は級友ですよ?同じadonisに属する友なのですから何の遠慮がありましょうか。去年は多くをメリーアン様とも過ごした訳ではありませんが良い機会だと私は思うのです。本年度からは私の従者様共々同じ授業を受けますし改めて気兼ねなくマリーとお呼び下さい」
そこまで言われて腹を括ったのか、でも何処か嬉しそうな顔のロブロイは恐れ多いと感じながらも観念した。
「で、ではマリー様とお呼びさせて頂きます。流石にマリーベル様をお呼びする時に無礼があれば、メリーアン様のお顔に泥を塗っちまいます」
「そうですか…。いや、そうですね。メリーアン様へのあなたの配慮、そして忠義は真摯に感じ得ます。素敵な従者殿ですね」
顔を真っ赤にしたロブロイは声にならない声で何か言っていた。
そんなやりとりがあった後、扉がまた音を立てて開かれ、同時に館内に猛々しく声が響き渡った。
「全員整列!!直ちに私の前で並べ!本年度の戦闘教官を務める者だ!君達に戦いの何たるかを教え込んでやる。望めば本気の教練も手ほどきしてやる!生きるのが辛くなる程のな!だが!それに耐え、乗り越えれば魔法使いや魔術士の様なひょろい青瓢箪な身体から卒業出来ると断言しよう!もっと言えば!魔法の類に頼らなくてもまず戦いで負けない様にしてやる!」
怒号と怒声でもない、そう。言ってみれば芯のある透き通った声。
自身の裏打ちされた経験と、知識。
そしてその結果である強さを手に入れた人。俺の前に現れた教官はそんな人だった。
元パーフェクトウォーリアーNo6『真紅の殺翼』レイア・アネス。その人だった。




