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目指す目標と目標とされる者

細やかな、と言うよりは控えめな、いやもう少し踏み込んだ表現として、自己主張せず胸の呼応と共に、上下する胸に両手を置いて控えめでは無い抗議をする。


(あ~…なるほどな。胸の事を気にしていたのか、いらぬ事を聞いてしまった)


「全く!ディオ様は少しデリカシーに欠けますわ!」


「…面目ない」


怒りの矛先が俺に向いたところで教室の扉が開かれ、部屋にいた全員が注視した。


教室に入って来たのは、年齢的に中年と呼ぶに相応しいのだろうか?


眼鏡をかけた物腰の柔らかそうな人だった。

あれが先生なのだろうか?


ならばよく話を聞かなければならない。

俺がその男性に真剣な眼差しを送っていると、横からマリーが小声で呟いた。


「あの方はここの先生や教官ではございません。学園事務局の方ですわ」


「ん?先生と教官ってどう違うんだ?」


「う~ん…どちらでも正解なのですが、実技を主にご教授してくださる方を『教官』座学で知識等をご教授してくださる方を『先生』とこの学園では以前から区別しているようですわ」


ふ~ん。なるほど。


座学は先生で、体を使っての実技教習が教官か。統一しても問題なさそうなんだけどな。


改めて事務局の人を見ると既に説明に入っている様だ。


「…でありまして、本日は新学年としての始まりではありますが、特別生である皆様は基本去年と同じ様な自由形態で授業を受けて頂きます。限定生の方々も主である特別生の方への同行も許されておりますし、主の方から離れての授業の選択も許されております」


おぉ!先日パリンガー婦人の館で聞いた通りだな。


マリーと常に同行し同じ授業を受けるだけでなく、自分でも興味のある授業に顔を出しても良いのか。

聞いた話と、実際に学園の関係者が話してくれるのとは真実味が全然違う。


勿論パリンガー婦人の事を信用していない訳ではないが、やはり自分の目で見て耳で聞いた方が安心するだろ?


流石に後ろを振り向く訳にはいかないが、右目でチラリと視線をやると、マリーと同じ服装である特別生の横には黒の服装を纏った限定生の姿もちらほらと見受けられた。


特別生の人数に対して限定生の数が足らないが、去年のマリーも従者を付けていなかったのだ。


人それぞれの事情と言うものだろう。


「それでは新たな新入生もいる事ですし、模範となれる行動と成績を残せる様向上心を忘れず新学年を邁進して下さい。それではこれで本年度の説明はこれにて終わらせて頂きます。何か疑問等ありましたら事務局の方へお越し下さい」


「それでは」


と言い残し事務局の男性は教室を後にした。


思ったよりは簡単な説明だったけど、学園と言うものはそう言うモノなんだろうか?それともここが特別なのだろうか。


さて、さしあたり当面の事を考えてみる。


勿論マリーが選択する授業に出席し、俺がそれに同行する形になる。


日頃ずっと一緒ではないとの事だが、念の為出来るだけ一緒にいてやって欲しいと言うのは、パリンガー婦人とミラルダの言だ。


あの一件があってからの、従者兼護衛の抜擢である。

二人の話した言葉の意味を改めて理解する。


そんな事を考えながら、その意味を考え再度気持ちを引き締めた時、マリーが顔を覗き込んで話しかけてきた。


「ではディオ様。本日の授業に参りましょう!こちらへ!」


そう言ってマリーは教室でのさっきまでの出来事等を無かった(事にした?)かの様に軽快な足取りで扉に向かって歩き出した。


席を外す時、後ろの席に座っていたグレーシアとダミアンを見る。


いつの間にか手鏡を取り出し身だしなみを整えているグレーシアに、相変わらず前髪を弄っているダミアン。


あまり関わり合いになりたく無い2人だが、今後は少し警戒しておこう。


特にダミアンに関しては。


もしかすると、思いつきでとんでもない事をしでかすかも知れないグレーシアの方がもっと警戒しないといけないのかも知れないが…。


マリーに向き直すと、もう扉の方まで近づいていた。俺は足早にマリーの後を追いかける。


マリーの横に並び、これから何処へ向かうのか尋ねた。


「マリー。今日から授業を受ける様だけど、あの教室にいた皆も同じ授業や他の授業を今から受けるのか?」


「いいえ、違いますわ。事務局の方も言っておりましたが、この学園は授業を選択する事が出来ます。それこそ日替わりでも何を受けても問題は御座いませんん。もっと極論を言えば毎日学園の授業に出ても、出なくても良いくらいには自由ですわ」


自由過ぎるだろ。どう考えても授業に出ないと言うのは、おかしいと思うけどな。


授業をサボる奴らもいてそうだが、毎日授業に出なくても良いと言うのはおかしな話だ。


「毎日授業に出なくても良いとかおかしくないか?何の為に学園に来てるかわからなくないか?」


「そうですわね。ただ、自分が受ける授業に『課題』と言うものが出される時があります。その課題を提出、もしくは達成するに辺りどうしても時間が必要な場合があります。1日、2日で達成出来るものならば運が良い方で、何週間、一ヶ月近く時間が必要になる場合もあるのですよ。そう言う課題がありますから、この学園は時間の都合に関して言えば本当に自由ですわ」


そう言って歩きながら説明してくれたのだが、今の話を聞いた限りでは、俺はその課題に関しては、嫌な予感がする。不穏な言葉に嫌な汗が額から流れ落ちてくるのがわかった。


「一応確認したいんだけど、それって限定生である俺とかも出されるのか?」


「えぇ。その授業を選択していて出席をされているのでしたら課題を出される時は限定生の方でも一般生の方でも課題を達成出来る様にしなければなりませんわ」


だらだらと汗が出てくる。


「も、もしもの話なんだが、その課題を達成出来なかった場合はどうなるんだ…?」


これは由々しき問題であると、俺の胸中は穏やかでは無い。


「達成出来なかった場合でしたら、その授業である評価単位が下がりますわ。しかし頑張った結果達成出来なかった者と、何もしなかったから達成しなかった者とでは大きな差がありますわ。自由と言うのは怠惰ではありません。自分が選んだ事くらいは、自分で結果を残す様にしなければ立つ瀬がないと思います」


マリー…君は優等生か。


たしかに自分が選択したからこそ、課題が達成出来なかった時に、言い訳なんて出来ないもんな。


流石にそれはみっともない。


俺も最終的には自分で判断し、マリーの従者兼護衛になったんだ。


何かを学んで、それに対して自分で結果を出す!


うん、そう考えればシンプルで良いじゃないか。


「マリー。俺は学力はお世辞にも良くはないと思う。どうしても課題提出等で行詰ったら俺に勉強を教えて欲しい」


「…えっ!?私がディオ様に…」


そう言ってマリーは足を止め、何を想像しているのだろうか?


ぶつぶつと何か言い始めて、顔も紅潮させてモジモジし始めた。


「いや、私がディオ様にそんな…でっ、でもディオ様の頼みとあれば、私が断れる訳もなく2人っきりでお勉強とか…キャーーー!!」


ビクっとした。


マリーが突然叫んだのだ。俺は何か変な事を言ったのだろうか?


普通に勉強を教えて欲しいとお願いしただけのつもりだったが…。


「マリー…?」


「あっ!も、勿論ですわ!ディオ様!!その時が来ればマリーにお任せですわよ✩」


とウインク一つばっちり飛ばしてくる。


なんで急に叫んだのかは、敢えて聞きはしない事にした。


胸の一件もあるしな。


それよりもだ、今はどこへ向かっているのか、まだ聞いて無かった。


「で、結局最初の授業は何にするんだ?」


「そう言えば、まだお話ししていませんでしたわね。ディオ様にラ・シーンで助けられてからマリーは思いました。魔法や魔術だけでは駄目だと。いざとなれば己の体を武器に変えて戦う事も必要なのだ!!」


ぶんっ!と拳を振り上げ力説する様は、とてもお姫様とは思えない。


しかしそのお姫様は更に続ける。


「私の目標はディオ様ですわ!ディオ様の様に悪漢を華麗に倒せる様になれば、自分の身も守れますし、ディオ様が私にして下さった様に、私もまた、誰かの助けが出来るやもしれません!」


ふんす!


と息巻いている姿は、とてもお姫に見えない。


見えないが、助ける予定があるのかもわからない誰かを助ける為に、頑張ろうとする曇りない真っ直ぐな瞳は、高潔で純真で、一国の姫君なのだと改めて思い知らされる。


「ですので、私は今学年より武術教練や剣術教練等の授業も選択致しますわ」


「そう言う体を使う授業もあるのか?なら俺としても有難い」


「はい!一緒に強くなりましょうね!ディオ様♪」


「はは…」


再び階下へと歩き出した元気印のおてんば姫の自己目標は『俺の様に強くなる』事らしい。


俺の強さねぇ…。


あまりろくなもんじゃないし、誰かに話し優越感に浸るもんでもない。必要な時代に生まれ、必要な世界で、生き残る為に手に入れた力だ。これから先もっと不必要になればなるほど良い。


それだけ不幸が少なくなってる証だろう。


まぁ用心の為に持つ力くらいは、死ぬまで必要だろうけどな。


マリーが本当に強くなり、俺の力なんて必要ないくらいになったら俺はお役御免だな。


……?


あれ?今ちょっと胸がざわついた…?

寂しいと思ったのか?


俺が?


尚も目の前を悠然と歩く、我が護衛すべき姫君の背中を見て


「いや、手元から巣立つヒナみたいなもんか…」


と独りごちて、自己完結し、彼女の後に続いた。

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