小国のB 大国のE
「マリー…?」
ふるふると小さく顔を横に振るマリー。
これ以上、物事を荒立てたく無い意思表示だった。
せめて一言くらい言い返したい気持ちなんだが…。
マリーがこれ以上は何もするなと言うのなら、俺は従うだけだ。
「おい、芋従者。私の名くらいは教えておいてやる。私の名は『ダミアン・メリル・ヤンスター』何もかもが田舎者の芋従者とは違う、正真正銘の高貴に連なる者の名前だ」
マリーの様子を伺っていると唐突に自己紹介を始めてくれた。
まぁこいつの態度から察するに王族に連なる者か貴族かとは思ってたけど案の定血統書付きか。
相変わらず人を汚い物でも見るかの様な、冷たい視線を投げつけてくる。
知りたくも無い高貴な自己紹介をご丁寧にどーも。
略して『ダメヤン』様。
内心で悪態を吐いていると、グレーシアがもう飽きたとばかりにつまらなさそうな顔に変わっていた。
「ダミアン。もうよろしいですわ。マリーさんとその田舎従者にいつまでも付き合う時間もございませんものね」
「左様でございます。グレーシア様」
「ではマリーさん、と…えっと?お芋さんでしたかしら?ご機嫌よう」
「…ふん」
人の感情を不愉快にさせるだけさせて、優雅な笑みを浮かべて奥に戻って行きやがった。あの姫さんと従者のお坊ちゃんは天才かもな。あれほど人を不愉快にさせるのはある種の才能が必要だと思う。
「…ディオ様この辺りの適当な場所で待機致しましょう」
そう言ってマリーはひと悶着あった場所から少し離れた窓際の席へと落ち着いた。意識的にだろうけど、グレーシア達からは離れている。
「マリー…大丈夫か?」
嵐の様に一方的に侮辱されたのだ。心中は穏やかではないだろう。少なくとも俺は何を言われてもあまりピンとこない。田舎者もその通りだ。平民なのも間違いない。
芋呼ばわりに至っては戦時中の万能食とのイメージもあり、然程侮辱された感は薄い。それでもまぁ普通、初対面の人間に対して『芋』呼ばわりは絶対しないだろうけどな。
いや訂正しておこう。
絶対ではない。あの二人は例外としてだ。
俺の問いかけに未だ俯き、表情を沈めているマリーだが、徐々に目が据わっていきそしてポツリと、だがはっきりと、呟いた。
「いつか見返してしてやりますわ…」
おぉ~…怖い怖い。
やっぱマリーも相当我慢していたのか。
怒り冷めやらぬと言う感じで、今度は視線を俺に向き直し話す。
「この気持ちはいつか、必ず見返して差し上げますわ…」
「だからマリー、目が怖いって」
「……あら私ったらディオ様の前ではしたない」
右手を口に当てて、さもわざとらしい仕草をしているが少しは怒りを収めてくれたようだった。
「で、マリー。あの姫様と高貴な従者殿と以前からひと悶着あったりするの?」
俺は当然の疑問をマリーに聞いた。
級友で同じ姫様で俺の偏見かもしれないが、大雑把に見れば立場的にも共通点が多い様な気がする。もっと仲良くしてても、おかしくなさそうなんだけどな。
「…あります。と言うか一方的にですわ」
「一方的?」
「えぇ…。まずディオ様先程のお二人を見てどう思われましたか?」
どう思われましたかと言えば、そのまんまに思われましたとも。
思った言葉で表現する。
「傍若無人で勝手気ままな我が儘な姫さん」
「まさにその通りですわ!流石ディオ様です。良く見てらっしゃいます」
「いや、誰でもわかると思うけどね…」
「では従者ダミアン殿はどう感じられましたか?」
あぁ、あの顔面だけ美丈夫の残念美丈夫『ダメヤン』ね。
チラっと後ろを振り返りダミアンの方を見る。
癖のある前髪を手で弄っていた。
あの顔の良さの1割でも良いから性格に回せば良かったのにと思う。まぁそれは置いといて。
「感じたのは明確な敵意。俺に対してもだけど、マリー。君に対しての敵意は俺よりも大きく感じた」
「…仰る通りですわ」
そう言ってマリーはまた気分が沈んだかの様に俯いてしまった。
ダミアンとマリーの間に以前、何かあったのだろうか?
あまり詮索するのも野暮な話だろうし、マリーに今は直接危害を加える様な感じでもない。
ただ言葉が辛辣で、言葉に『刃』をのせてくるのだ。言葉の刃を受ける者は、それでも充分に傷つく。主に心に。
もしマリーが、言われ放題、何も出来ずただ傷つくだけの女の子であるならば問題にしていただろう。しかしさっき『必ず見返して』と言っていた。
やられっぱなしで終わるつもりは無いと俺は判断した。存分に喧嘩する気があるならその時まで出しゃばらずに見守ろうと思った。
「ディオ様、私とダミアン殿の事は追々お話致します。それよりもまずはグレーシア様の事をお伝えしておきます」
ダミアンとの件はまたの機会か。
改めて伝えられるグレーシアの事とはなんだろう。
俺は心してマリーの言葉を待った。
「実は…。グレーシア様に至っては悪気は一切御座いません…。どちらかと言えばやや善意でまたは興味本位で私に話かけてくれている。…と思います」
「本当かよ…!?」
先程までの会話を聞いていた者ならわかるだろうが、明らかに侮辱されていただろう。
人を小馬鹿にする笑い方してただろう?
それが『やや』であっても善意とはどう言う事なんだ?
「それはマリーの勘違いじゃないのか?どこをどう聞いても挑発的な言葉にしか聞こえないし、さっきマリーも怒りを抑えていたんじゃないのか?」
そうなのだ、先程までマリーは俯き怒りを抑えていたのだ。なのにグレーシアは善意で話かけていると言う。俺にはマリーの言っている事が理解出来ないでいた。
「怒りの感情を抑えていたのは本当です。でもグレーシア様のお言葉に至っては『我慢』ですわ。私も今現在の状況では太刀打ち出来ませんのであの場は耐えましたが、あの方なりのお言葉で表現をされているだけですから悪意は無いと思います。ただ、悪意は無くとも心に刺さるモノがありました故の我慢ですが…。それに先程のディオ様自身が仰っていましたよ?『傍若無人で勝手気ままな我が儘な姫さん』と。そこに敵意は御座いましたか?」
マリーにそう言われて改めて先程のやり取りを思い出す。
確かにもの凄く失礼な物言いをする姫さんだが敵意は無かった。もの凄く我が儘で、もの凄く気分屋だが敵意は無かった。
「まぁそう言われれば敵意と言うか、そう言う感じのモノは無かったな、ただ、めちゃくちゃな姫さんだと思ったけど」
「そうなのです。めちゃくちゃなのですわ。以前その言葉と行動自体に悪意が無い事がわかってしまい、級友の皆様も怒るに怒れないと言う感じなのですわ」
なんと言うか迷惑な言動と行動の姫さんだな…。言質を誤れば大問題にも発展しそうな危うさも含んでいるとも思うが。
ん?なら何故マリーは怒りを我慢していたんだ?
グレーシアの言葉に悪意は無いとわかっているなら、その意味を履き違えたりしないはずだ。
「なぁマリー?あの姫さんの言葉に悪意がないとわかっていて、尚我慢していたんだろ?あの姫さんの言葉のどこでマリーが我慢する様な事があったんだ?」
俺がマリーになんとなく聞いた質問は、快適に眠っている竜を無理やり起こす事くらいに愚かな行為だった様で、両目をギラつかせ、絞り出すように出た声はえらく凄んでいた。
「わ!た!く!し!は!ま!だ!せ!い!ちょ!う!ちゅ!う!で!す!わ!」




