小国と大国と
目に映ったのは思った以上に奥行と高さのある教室だった。
出入り口である扉の向かって右手側には、何やら大きな石版?の様なものに文字が書かれている。
視線を左にやると、えらく長い机が、やや弧を描く様に段々畑の様に並べられており、その机には既に何人かの生徒が座わり、各々自由に会話に興じたり本を読む者、ぼや~と窓の外の景色を見つめる者等、騒がしくはないが静かでもない。そんな雰囲気を醸し出していた。
しかし学業と言う場所に縁の無かった俺としては非常に新鮮に映り、若干気圧される様な感覚にも似たものも感じていた。
「ディオ様こちらへ」
そんな俺の心境をつゆとも思わず、スタスタと足取り軽く机に向かって歩くマリー。
黙って頷き後を付いて行く途中にその声は教室中に響き渡った。
「ん?あらあら!?まぁまぁ!!マリーベルさんじゃありませんか!教室に来られるなんて大変珍しい。学年が上がって何か心境に変化でもお有りになったんですの?」
甲高い声の持ち主の方へ目をやると、ややつり目でキツそうな面立ちに見えるが、良く手入れされているであろうストロベリーブロンド色の美しい髪を左手で優雅に掻揚げ、仁王立ちする美しい女生徒が教室の一番奥の席にいた。
「うっ!?…ご、ご機嫌ようですわ。グレーシア様」
マリーの表情は見えないが声の感じでは少し焦りの様なものが感じられる。勿論この場所にいると言う事は級友であり、どこぞの王族か貴族のお嬢さんなんだろう。しかし、何故だ?マリーの声が少しうわずっている様に聞こえるのは?
グレーシアと呼ばれた女性はわざわざ段上から降りて来てマリーと対峙する。
「…相変わらず貧相な体付きですこと。次学年進級までの長期休養中に少しは成長なされるかと思ってましたのに…残念ですわ。せめてわたくしの様に『ナァイッスゥバァディー』であれば小国の姫君と言えども、従者の一人くらいは魅力で用意も出来たでしょうに…お可哀想」
…なんだこの人は。
確かに体つきに関して言えば、マリーが太刀打ち出来ない程には出ている。
主に体のメリハリ的な良い処が。
マリーの級友だろうけど、明確にマリーに対して小馬鹿にしている物言いをする。
特別生の中だからこその、人間関係が複雑そうだと辟易しながら少し近づきマリーの顔色を伺うと、笑顔は笑顔だが、明らかに引きつった『我慢の笑顔』だった。何を我慢していると言うと当然『怒り』だろう。
(おぉ…!マリーのこんな顔初めて見たな)
俺がそう思うのは当然で、出会ってから思い出す限りでは、マリーの笑った顔や喜んでいる顔しか見た事がない。
今の様に顔を真っ赤にして怒りを抑えている顔なんて見た事もなかった。周りの生徒達も
『あぁ、またか』
程度の様に二人のやり取りを眺めている者にそもそも無関心な者と様々な反応だった。
「あら?ちょっと!!そこのあなた?」
まさか自分に声を掛けられているとは思わず、周りの様子を伺っていたのだが、マリーと話していた自称『ナァイッスゥバァディー』のグレーシアと名乗った女生徒から声を掛けられた。
「え?俺の事?」
「あなた以外に誰が私の前にいますの?初めて見る顔ですわね。マリーさんの後に付いてましたが、その服装といい、あなたもしかしてマリーさんの…従者?ですの?」
そこまで話、俺が挨拶に入る間もなく
「くっ…ぷっ…うっ…ふふふ!とうとうマリーさんにも従者がお付きになられたのですわね!しかしそれにしてはあまりにも貧相な顔の方ですわね。は~可笑しい。新学年から笑わせてくれますわね。ところであなたお名前は?レディよりも先に名乗らないのは紳士ではございませんわよ?」
…
まぁ良い。気を取り直して挨拶をする。
「初めまして。ディオニュース・カルヴァドスと言います。縁ありマリーベル様の従者をさせて頂く事になりました。以後お見知りおきを。失礼ですがあなた様の名前をお聞きしてもよろしいですか?」
まぁ無難に挨拶が出来ただろう。特別生なのだから一応最初は無難に挨拶をする。
これはミラルダにも最初が肝心と注意されていた事だしな。
チラっとグレーシアの顔を見ると、先程のマリーと同じくらいに真っ赤になった顔がそこにあった。
「わたくしの名前も知らないなんて何事なのかしら!?失礼にも程があるわっ!!」
(えーーー!?)
そんな事を言われてもマリーとグレーシアの会話で、今さっき名前が聞こえただけで、今日会うのが初対面で初めてだろ?なんでそこまで怒られないといけないんだ。彼女の怒りは収まらない様で矢継ぎ早にまくし立てる。
「あのね!?あなた!わたくしは、かの中央最大の大国『バトランジュ』皇国の第一皇女『グレーシア・ル・ゴーシュ・バトランジェ』ですわよ!?グレーシアと聞けば誰でも存じあげていて当然の存在なのですわよ!?それを…!!」
『バトランジェ』確かに中央の諸国を大昔に纏め上げた国の名前がそんな名前だった。
しかしその国の姫様の名前までいちいち覚えている訳なんてない。
そしてそんな暇も出来たのはここ数年の間の話で、それまでは他国の姫様の名前など気にする余裕も無かった。今後は覚えておこう。
バトランジェの姫様はすぐに癇癪を起こすと。
俺が失礼な事を考えていると、グレーシアの側でずっと待機していた、少し癖っ毛ではあるがそれを上手く活かしている赤毛の美丈夫が冷たい目つきで言い放った。
「グレーシア様。落ち着いて下さい。いちいち平民風情相手にグレーシア様が気分を損なう必要などありません」
「…ダミアン。そ、そうですわね。わたくしとした事がはしたなかったですわ」
そう言ってダミアンと呼ばれた美丈夫は尚も変わらずこちらに冷たい視線を向けてくる。顔が良い事と性格が良い事は、必ずしも相容れない場合もあると。そう言う事なのだろうか。
「気にする程の事でも御座いません。ましてや姫君とも言え西側の小国の第三王女と名前から察するに、その従者となった『平民』の者の戯言ではありませんか。平民を従者に従えるリングベルらしい人材ですよ」
冷たい目線だけではなく、冷笑すら浮かべて俺だけではなくマリーにも矛先を向けるダミアンの言葉。どれほどグレーシアが偉い身分の姫様であろうが、その従者であるダミアンにマリーを侮辱する権限等無いはずだ。はっきりとわかる敵意を、言葉と視線に感じ取る。
マリーの国の規模が小さいから小馬鹿にしているのか。
俺の様な平民が従者をしている事が原因で馬鹿にされているのか。
俺がダミアンの前に一歩出ようとした時に不意に上着を摘まれれ、視線をやると悔しそうな表情のマリーが腕を伸ばして俺の服を摘んでいた。




