第97話 獣の王と災厄の共鳴
近衛隊の面々は、ただ息を潜めることしかできなかった。
眼前に転がるのは、つい先ほどまで背中を預け合っていた仲間――ドグラとマグラ、そして近衛隊の凄惨な骸。
回収することさえ許されない。その絶望的な現実に、彼らは喉まで出かかった怒号を必死に噛み殺す。
心臓の鼓動が耳元で鳴り響く。感情を露わにすれば、即座にあの『化け物』の餌食になる。
全員が死の恐怖に支配され、顔を引きつらせたまま、ひたすらに視線を地へと這わせていた。
国王パンジャもまた、一切の感情を剥ぎ取ったような無表情でその惨状を静観している。
獣人国を守護するはずの王が、絶対的な暴力の前に沈黙を守る。
その空間には、息が詰まるほどの殺伐とした重圧だけが、澱のように渦巻いていた。
◇◇
「じゃあ、遠慮なくゴーレムとアサグの残骸の半分を貰うね。それから悪霊アサグを倒したサイコも、報酬の半分は貰うべきだよ」
ソウタは冷徹なまでの事務作業のように、国王から授かったマジックバッグをサイコへ投げ渡し、金貨の山をきっちり二つに分ける。
躊躇なき振る舞いに、サイコが獰猛な笑みを深めた。
「おう、有難う。遠慮なく貰うよ」
サイコの手が伸びる。だが、その瞬間だった。背後から空気を凍らせるような鋭い声が飛んだ。
「お兄ちゃん! それは貰い過ぎよ。ソウタ様は私の命を救ってくれたのよ。金貨は返しなさいな」
ジュネの冷徹な眼差しがサイコを射抜く。
サイコが「へ? いやいや、これは……」と言い淀む間も、ジュネの無言の圧迫は止まらない。
あのおぞましい災厄を前にして、唯一対等以上に振る舞える少女の瞳。サイコは苦虫を噛み潰したような顔で、観念したように肩をすくめた。
「はぁ、分かったよ。……ソウタ、悪い。ジュネを救ってくれた御礼もしてない俺達はこんなに貰えない。これはソウタ達のモノだ」
押し付けられるように返却された金貨。
ソウタは何度か断る素振りを見せたが、ジュネの「受け取れ」という無言の圧に負け、結局それを受け入れる羽目になった。
「これは便利だ。やっぱりソウタは良い奴だなぁ」
サイコは鼻歌混じりに、遺体や武具までもマジックバッグに詰め込んでいく。
ソウタはその背中を観察しながら、急速に回転する頭で冷徹な思考を巡らせる。
(……要するに、俺が介入しなきゃ、この獣人国は滅んでたんだな)
アサグに国民を蹂躙され、さらにジュネを失ったサイコが「暴走」する未来。
裏ボスと化したサイコが国中を血に染め、獣人国の精鋭たちが次々と無様に散っていく光景が、ソウタの脳裏に鮮明に浮かぶ。
(ゲームのサイコは『用は無い』しか言わない無口キャラだと思ってたが……実際は結構なお喋りか。しかも厄介なことに、ジュネという『枷』がなければ、こいつは本当にただの災害だぞ)
◇◇
「ボーっとしてる様だけど、そろそろ出発する?」
モモカの言葉で、ソウタは現実へと引き戻された。
サイコの作業が終わったのを見計らい、ソウタが大きく手を掲げる。
「そうだね。それでは、出発するぞ!」
一行が動き出す。リャンゾウが勇ましく立ち上がり、ブルが周囲を飛び回る。
サイコは当然のように「護衛は任せろ」と付いてくるし、ジュネは頬を染めて、ソウタのすぐ隣に寄り添うように付いてくる。
その時だった。
「父上! それでは、私は聖者様に付き従い獣人国の御恩を返します!」
ブリュンヌが勢いよく叫んだ。
ソウタは思考が停止し、目を丸くする。
「え? ブリュンヌも来るの?」
「はい! 何処までもお供します!」
「いや、ドグラとマグラを倒したんだし、王都に戻ってもいいんだぞ?」
ソウタの言葉を聞いた瞬間、ブリュンヌは膝から崩れ落ち、ソウタの足に縋り付いた。
「ええええええ! そんな事は言わないで下さい! 何でもしますので、何とかお供に加えて下さい! お願いします、お願いします! お願いします!」
涙目で懇願するブリュンヌ。
ソウタは引きつった顔で国王パンジャに視線を送った。
パンジャは胸を張り、満足げに大きく頷いている。
(……国王公認かよ。これ、断れる空気じゃないな)
ソウタは深いため息を一つ吐き、この騒がしすぎる旅路の続きを覚悟した。
災厄と救世主を抱え、波乱に満ちた旅はなおも続く。




