第96話 国家戦力の即死、そして理不尽なる弱肉強食
一国の王が地面に額を擦り付ける――。
その異様な光景を前に、モモカは平然とソウタに顔を寄せ、ヒソヒソと耳打ちした。
「ソウタ、この後どうする? 王都、行く?」
「いや、行くわけない。無しだ。国王はともかく、その配下や上の奴らは全く信用できないし」
「……当然よね。恩人を奴隷にしようとする国だし」
「このまま、とっとと他国へズラかろう」
「じゃあ、今回の『治療の報酬』はどうするの?」
「引き伸ばして罠にハメられるのも嫌だしさ。この場で貰えるモノだけ毟り取って終わりにしよう」
「了解。交渉は任せて」
一瞬で方針が固まり、モモカは冷徹な視線を土下座するパンジャ王へと向けた。
「国王陛下。顔を上げてください。……結論から言います。私達はあなたの国を一切信用していません。したがって、王都へ赴くことは拒否します。もし救命の御礼をしたいのであれば、今、この場で出せるモノだけを置いていってください」
「な、何と……っ!?」
パンジャ王は衝撃に目を見開いた。
その胸中に、絶望と怒りが渦巻く。
(くっ、これでは王都に残る多くのペスト患者たちを救うことができん……! だが、当然の報いだ。全ては我が目を盗み、聖者様を奴隷にしようなどと愚かな暴挙に出た、あの馬鹿な王太子と宰相のせい……! 国を滅ぼしかねん大罪人どもめ……!!)
「……分かりました。誠に、誠に残念ではありますが、今の手持ちの金貨、そして……この最高級の『マジックバッグ』をお受け取りください。無論、これだけでは到底足りません! 今後、聖者様に何かあれば、獣人国は全力を挙げて貴方様の盾となることを誓います!」
パンジャ王が必死に許しを請う、その瞬間だった。
「――陛下を護れ!!」
「オノレ人間ども! 我が国の王に土下座させるとは何事だ!」
「不敬者が! 生かして帰すな!」
最悪のタイミングで、国王を追ってきた獣人国の精鋭『近衛隊』が乱入してきた。
抜剣し、殺気を剥き出しにして突撃してくる。
「ん、あ! ま、待て貴様ら! 剣を収め――」
パンジャ王は顔を真っ青にして立ち上がり、制止の声を上げようとした。
――だが、遅すぎた。
ガキィンッ!!!
強烈な金属音と共に、風が奔る。
王の視界の端を、大剣を凄まじい速度で振り回すサイコの影が横切った。
「【敵、即、斬】」
冷酷な呟き。
次の瞬間、近衛隊の先頭を走っていた精鋭の首が、一瞬で宙を舞った。
ドサリ、と重い肉体が地面に転がる。
「あ? 抜剣して突っ込んできたってことは、明らかに敵だよな。……おい、お前らも全員、殺されてぇのか?」
大剣を両手で構え直したサイコから、文字通り『世界が凍り付くような狂気の威圧』が放たれる。
「ひっ……!?」
「な、なんだこの圧は……!?」
近衛隊の後続が、一斉に足を止めてガタガタと震え出した。
今殺された先頭の男は、近衛隊でも一、二を争う最高クラスの猛者だったのだ。それを、ゴミを払うかのように一撃で葬ったサイコの実力に、戦慄せざるを得なかった。
「む、無礼者共め!! この土下座は我が自分の意思で行ったものだ! 聖者様達は何一つ悪くない! 何人たりとも、我が命の恩人に手出しすることは断じて許さん!!」
パンジャ王の怒号が響き渡る。
そこに、モモカがさらに冷酷な現実を突きつけた。
「警告しておきます。そのサイコさんは、今回のペストの元凶である『魔人』を一人でぶち殺した規格外です。ついでに、あなた方の国の最高戦力だとかいうドグラとマグラも、さっき一瞬で肉片にしました。……我が身が可愛いのなら、これ以上、敵対行動を取らないことね」
「え……っ!? 魔人を……!?」
「ドグラとマグラ様が……死んでいる……!?」
「バカな、あの二人を瞬殺だと……!?」
近衛兵たちがザワザワとパニックに陥る。パンジャ王もまた、息を呑んだ。
「ちなみに、あそこに転がっている不気味な残骸が、ペストを振り撒いていた悪霊アサグ――つまり魔人の死体よ」
モモカが指差した先には、禍々しい残滓があった。
「おお……なんておぞましい魔力だ……」
「本当に魔人を倒したのか……?」
「ならばあの者たちは……我が国を救った、本当の英雄なのか……!?」
感嘆と畏怖の混ざった声。
だが、サイコはそれを鼻で笑い飛ばした。
「はん! 英雄だぁ? そんな安っぽい称号、ヘドが出る。いらねぇよ」
そう吐き捨てると、サイコは今殺したばかりの近衛兵の遺体に近づき、懐をごそごそと漁り始めた。
装備品や身ぐるみを剥ぎ取る、完全な『略奪』の動きだ。
「む、無礼な……っ!? 何をしている! いくら強者とはいえ、死者への冒涜は許されんぞ!」
近衛兵の一人が憤慨して声を荒らげる。
「あぁ? 文句があるならかかってこいよ。俺を殺して止めればいいだろ? いいか、倒した敵の持ち物は俺の物。それが俺の流儀だ。……チッ、それにしてもコイツ、近衛のくせに所持品ショボすぎだろ。使えねぇな」
「貴様……! 死者を穢すなど、人道的に許されることではない!」
「ハハハッ! 笑わせんな! 獣人族の掟は『弱肉強食・勝者に従う』だろ? 能書きはいいから、不満があるなら剣を抜けよ。俺に勝てたら、その情けない寝言を聞いてやるよ」
「ぐぐっ……!!」
近衛兵は悔しそうに歯を食いしばり、サイコを睨みつける。
だが、圧倒的な実力差の前に、それ以上は言葉が出ない。
しかし、その『睨みつけた』こと自体が、狂犬の逆鱗に触れた。
「おい。誰を睨んでるんだ、お前」
「なっ――」
近衛兵が反応するより、圧倒的に速かった。
一瞬。文字通り視界から消えたサイコは、近衛兵の髪を掴むと、そのまま凄まじい力で地面に叩きつけた。
バキィッ!!!と顔面が砕ける音が響く。
「がはっ……!? く、離せっ……!」
近衛兵はパニックになりながら身体を捻り、サイコの手を払いのけようと、腰の剣に手を掛けた。
――その瞬間。
ゴロリ、と。
また一つ、綺麗な放物線を描いて、首が地面を転がった。
「はい、コイツも敵な」
サイコは大剣の血をパッと払うと、何事もなかったかのように、今首を撥ねたばかりの遺体をごそごそと漁り始めた。
「「「「「(ヒッ…………!!!)」`」」」」
あまりの容赦のなさ、あまりの理不尽なまでの強さ。
パンジャ王も、生き残った近衛隊も、完全に腰が抜けて声すら出せない。
そして、その光景を特等席で見ていた主人公・ソウタはというと――。
(ひいいいいいいいいい!! サイコさんマジでストップ!!! もうやめてあげて!! 王様どころか近衛兵まで白昼堂々カツアゲして首チョンパしてるとか、狂犬どころの騒ぎじゃないよ!! 怖い! このパーティが一番怖い!!! 早く帰らせてえええええ!!!)
一歩も動けないまま、本日二度目の内心絶買い限界突破を迎えているのだった。




