第95話 獣人王の土下座と、最凶の狂犬
「ブリュンヌ――ッ!!」
地響きのような怒鳴り声と共に、豪華な外套を翻して駆け寄ってきたのは、獣人国の頂点に立つ国王パンジャだった。
「ち、父上……っ!? なぜここに、それに御身体は……!」
ブリュンヌが目を見張り、弾かれたように父親へと駆け寄って強く抱き合う。
「ああ、お前が聖者様を連れてきてくれたお陰だ! この通り、死病だったペストが嘘のように健康そのものだ。我は、我が命を救ってくださった聖者様にお礼がしたい。……どなただ? 早く紹介してくれ!」
パンジャ王の視線が泳ぐ。
ブリュンヌ、ナナミ、モモカ、サイコ、ジュネの視線が一斉に、一人の少年に集まった。
――ソウタである。
ちなみに、伝説の神獣リャンゾウはソウタの足元で退屈そうに丸まり、ブルは肩でうたた寝中。クロリスにいたっては「我関せず」とソウタの後ろで完全に虚無の表情を浮かべて佇んでいた。
「……あなたが。我は獣人国国王パンジャである。我と妻を絶望から救っていただき、感謝の念に堪えん。ぜひ、王都にて最高級の歓待をしたい。同行していただけないだろうか?」
パンジャ王は娘を優しく離すと、ソウタの目を真っ直ぐに見つめた。
王者の覇気が、無意識に周囲の空気をピリつかせる。
一方、指名された当のソウタはというと――無言で国王をじっと見つめ返していた。
(ひええええええ! 遠隔治療したときは寝てたから気づかなかったけど、間近で見るとマジでデカい! ライオンじゃん! 覇気えぐっ! 怖い怖い怖い!)
内心で涙目になりながら、ビビりすぎて完全に硬直していた。
しかし、その「無言の凝視」は、周囲の目には【王者の威圧を鼻で笑う絶対強者の風格】にしか見えなかった。
「おい。お前、敵か?」
静寂を破ったのは、凶悪な金属音だった。
大剣を軽々と肩に担いだサイコが、ソウタをかばうように前に出る。その瞳は完全に濁っており、いつでも首を撥ねる気満々だった。
「ん? いやいや、敵ではない! 我は聖者様に命を救われた身だ、敵であるはずがなかろう! ただお礼を――」
「じゃあ、なんであんたの国の連中は、私達を奴隷にするって襲ってきたわけ?」
モモカが冷たい声で、足元に転がる凄惨な死体を指差した。
かつて獣人国で最恐と恐れられた、ドグラとマグラの変わり果てた姿だ。
「な……ッ!? ド、ドグラとマグラが……死んでいる……!?」
パンジャ王の顔が驚愕に染まる。
彼は、信じられないものを見る目でソウタ達を、いや、ソウタを見た。
(あの、国の一大戦力である二人が、文字通り一瞬で肉塊に……!? しかも、聖者様達は服に埃一つついていない……。信じられん、どれほどの規格外なんだ。いや、今は驚いている場合ではない。お詫びを、全力でお詫びをしなければ国が滅ぶ……!)
凄まじい冷や汗がパンジャ王の背中を伝う。
「不徳の致すところ、本当に申し訳ない……! 我のあずかり知らぬところで、このような暴挙を企てた愚か者がいたのだ。主謀者にはすでに極刑を言い渡したが……本当に、申し訳ありませんでした!」
一国の王が、ソウタに向けて深く頭を下げた。
「私達、親切で命を救ったのよ? なのに罠にハメられて襲われるなんて、とても信じられないわ」
モモカが冷徹に追い打ちをかける。
「だよなぁ。やっぱりコイツら全員、敵でいいよな?」
サイコが嬉しそうに凶悪な笑みを浮かべ、大剣を握り直した。
「ちょっとサイコ、まだソウタ様の判断を仰いでないわ。勝手に動かないで」
ジュネが慌ててサイコの袖を掴んで制止し、ソウタに視線を送る。
「……ちっ」
サイコは不満げに舌打ちをしながらも、ソウタの指示を待つために動きを止めた。
ソウタは相変わらず無言だった。
(いや、喋れるわけないじゃん! 国王がめちゃくちゃこっち見てるし! え、これどうすれば正解なの!? 心臓バックバクなんだけど!)
「ねぇ、サイコ。本当に国王陛下と敵対したいの?」
ナナミが呆れたように尋ねると、サイコは即答した。
「当たり前だろ。あの着てる服、めちゃくちゃ高そうだ。金を持ってる。殺すなら金持ちに限る。ソウタへの手土産にもなるしな」
「うわぁ……ブレないわね……」
ナナミは頭を抱えた。
「ま、待って! お願いだから待って! 父上は恩を仇で返すような人じゃないの!」
サイコの、そしてこのパーティーの圧倒的な異常性を知るブリュンヌは、顔を真っ青にして王とサイコの間に割って入った。
「あ? お前も敵か?」
サイコの冷酷な視線がブリュンヌを射抜く。
「そ、そんな……っ」
本物の殺人鬼の気配に、ブリュンヌは恐怖で腰が抜けそうになりながら後退った。
「サイコ、やめなさい。ブリュンヌは私達を助けようとしてくれたのよ。ね、ソウタ?」
ナナミが同意を求めるようにソウタを見る。全員の視線が再びソウタに集中した。
(ひえっ! 俺に振らないで! 分かった、分かったから! ブリュンヌは味方! 敵じゃない! 頼むからこれ以上殺気立たないで!)
ソウタは限界寸前の緊張のなか、コクコクと必死に頷いてみせた。
「ほら、お兄ちゃん! やっぱりそうでしょ。全てはソウタ様が判断することよ!」
ジュネの言葉にブリュンヌは安堵の息を漏らす。……が、サイコの殺気は消えなかった。
「甘いな、ジュネ。俺は、お前の命の恩人であるソウタの味方だ。ソウタの敵は、俺が肉片一つ残さずブチ殺す。ソウタは優しすぎるんだよ。だからこんな獣人どもに舐められて、命を狙われる。禍根を残せば、後々ソウタに災いが降りかかるぞ? 害虫は根絶やしにするに限る。……おい王様、覚悟はいいか?」
ゴォッ、とサイコの身体から物理的な狂気と殺気が膨れ上がる。
ブリュンヌは恐怖のあまりその場にへたり込み、パンジャ王も本能的な死の危険を察知した。
(この男、本物だ……! ここで我らが一手でも間違えれば、我らだけでなく、獣人国そのものが地図から消される……!!)
王の脳裏に、最悪の滅亡シナリオが過った。
「申し訳ありませんでしたあああああああああッッ!!!」
凄まじい大声と共に、ドザァッ!!と地面に激しい音が響いた。
一国の王が、プライドを全て投げ打ち、頭が地面に埋まらんばかりの見事な「土下座」をキメたのである。
「「「「「…………」」」」」
あまりの急展開に、ナナミたち同行者は完全に唖然。
サイコだけが「ちっ、日和やがって……」とつまらなそうに王を見下ろしている。
そして、その中心にいるソウタは――。
(ええええええええええええ!? 王様が土下座したあああああああ!? いやサイコ怖すぎでしょ!! 味方の狂犬が凶悪すぎて、王様が全力で謝罪してきちゃったよ!! もう勘弁して、早くお家に帰りたい……!!)
表情一つ変えないまま、内心で絶叫の限界突破を迎えていたのだった。




