第93話 最強最悪の彷徨う裏ボス
──国境へ向かう道中、ソウタ達が辿り着いた獣人国の村は、すでに『村』の形を留めていなかった。
視界に飛び込んできたのは、無惨に砕け散った民家の瓦礫と、大地を深く抉った無数の剣痕。そして、不自然なほどあちらこちらに転がっている、巨大な人形の残骸だった。
「な、何よこれ……一体ここで、何があったのかしら?」
ナナミが引きつった声を上げ、自身の肩を抱く。
ソウタは冷や汗を流しながら、辺りの惨状を見回した。
「……かなり大規模な戦闘があったみたいだな。それも、一方的な蹂躙だ。一体どんなバケモノが暴れたらこんなことに……」
その時、瓦礫の山の頂から、硬質で、ひどく冷徹な少年の声が降ってきた。
「──おい。お前ら、敵か?」
「っ!?」
全員の視線が一斉に上を向く。
そこにいたのは、肌の黒い一人の子供だった。
小柄な体躯には不釣り合いなほど巨大な大剣を、まるで羽毛でも扱うかのように、軽く右肩に担いでいる。その瞳には感情が一切なく、ただ獲物を値踏みするような冷たい光だけが宿っていた。
その姿、その大剣、その眼光を目にした瞬間、ソウタの心臓が爆発しそうなほど跳ね上がった。
(ウソだろ……!? コイツ、なんでこんなところにいるんだよ……っ!!)
脳裏に、前世のゲームの記憶が、最悪のトラウマと共に鮮烈に蘇る。
(──『彷徨う裏ボス』、剣魔サイコ……!! ヤバいヤバいヤバいヤバい、マジで終わった……!!)
プレイヤー達からは『国崩し』『傍若無人』『理不尽の化身』と恐れられた、あのゲームにおける文字通りの最強最悪な隠しボス。
敵と認識した瞬間にすべてを切り捨てる「敵即斬」の権化。盾も、鎧も、伝説の剣も、巨大な岩も、果ては最上位の魔法や絶対結界さえも、コイツはただの一太刀で全てを両断する。たった一人で平気で大国を滅ぼすような、絶対に出会ってはいけないバケモノ。
(通常のボスなら、ダンジョンの最深部とか拠点の奥に引きこもってる! だけどコイツだけは違うんだ! どこを彷徨っているか分からない、いつ会うかも分からない! 会ったら最後、戦えば『100%確定で全滅』する! 運が悪いとゲーム開始直後の初期マップで遭遇して、全プレイヤーに引退を考えさせるレベルのトラウマを植え付ける狂った仕様の裏ボス……!!)
魔王を倒したクリア後、ソウタも最強の魔剣を求めて何度も挑んだが、一度だって勝てなかった。
(今の俺たちのレベルで勝てる要素なんて、万に一つも、1ミリだって存在しない……!!)
「いやいやいやいや! 敵じゃない! 滅相もない、敵であるわけがないよ!!」
ソウタは弾かれたように両手を天に突き上げ、全力で首を横に振った。降伏、完全なるノンアグレッション(非敵対)の意思を、細胞レベルで全身で表現する。
「なーんだ。ソウタ、そんなガキ相手に何を手を上げてるんだ? 何だか生意気で偉そうな態度だし、一発ガツンと言ってやった方が──」
後ろから、お風呂上がりでまだ髪の湿ったブリュンヌが、不思議そうに武器に手をかけながら歩み寄ってきた。
「ブリュンヌううううう!! 止めて! 武器を出すな! 睨むな! 身構えるな!! ぜっっったいに、これっぽっちも敵意を表すなあああ!!」
裏返ったソウタの絶叫が響き渡る。
「ん? あ、ああ……分かった、分かったよ。そんなに焦ってどうしたんだ?」
ブリュンヌは完全に気圧され、目を丸くして武器から手を離した。ソウタの尋常ではない怯えっぷりと必死さに、ナナミやモモカ、クロリス達もただ事ではないと察し、緊張の面持ちでソウタの背後に集まる。
ソウタは必死に顔の引きつりを笑顔に仕立て上げ、サイコに向かって頭を下げた。
「俺はソウタ。しがない、本当にただのしがない採取士だ。こっちの仲間たちにも悪気はないんだ、許してくれ!」
サイコはつまらなそうに鼻を鳴らし、肩の大剣をわずかに傾けた。
「ふうん。敵じゃないのか。チッ……残念だ。俺はサイコ、ただの剣士だ」
(「残念だ」って不穏すぎるだろ!! 斬りたかったのかよ!!)
ソウタは心の中で叫びながらも、胃がキリキリと痛むのを耐えていた。
すかさず、ナナミ、モモカ、クロリスも緊張で声を震わせながら自己紹介をし、足元のリャンゾウとブルもソウタの後ろに隠れるようにして紹介を済ませる。
最悪の即死イベントを回避し、ようやく一息ついたソウタだったが、ふとサイコの足元に散乱する『残骸』に目が留まった。
ただのゴーレムの岩クズじゃない。そこにあるのは──。
(な、何だこれ……!? 明らかに、ネームド(固有名持ち)のボスレベルの魔人の死体じゃないか……!?)
ソウタの視線に気づいたサイコが、足元の不気味な肉塊をトントンと大剣の先端で突いた。
「ん? コイツか? さっきここを通ったら、何かいきなり偉そうに襲いかかってきてさ。鬱陶しいから周りのゴーレムごと一太刀で一掃したんだが……。強そうな見た目の割には、大した所持品も持ってなくてがっかりしてるところだ」
「ええええええ!?」
ソウタは思わず素の叫び声を上げてしまった。
(一太刀で一掃!? あの歩く災厄アサグ(か、その幹部級)をゴミみたいに!?)
「が、がっかりって、それ明らかに超高位ボスの固有素材でしょ!? 国家予算レベルで高く売れると思うよ! それに、周りに散らばってるゴーレムの残骸だって、普通の岩ゴーレムなんて一体もいないじゃないか! これ、オリハルコン、ミスリル、アダマンタイト……!! 信じられないくらい超高額で取引される最高級金属の山だよ!?」
「そうなのか?」
サイコは興味なさそうに首を傾げ、地面の山を見下ろした。
「まあ、価値があるとしても、こんな重いクズ鉄の山、一人じゃ持って行けないしな。俺は、これだけで十分だ。お前ら、もしいるなら残りは全部あげるよ」
そう言って、サイコが懐から取り出したのは、大人の握り拳ほどもある巨大な魔石だった。
ドクン、ドクンと鼓動するかのように、濃厚で禍々しい漆黒の魔力が大気中に溢れ出す。間違いなく、一国を滅ぼせるレベルの魔獣からしかドロップしない至高の魔石。
(コイツ、本当にあっさりとボスをソロ討伐しやがった……)
ソウタは震える手を押さえ、必死に頭を回転させた。ここで恩を売っておけば、最強の裏ボスを味方、とまではいかなくとも「無害な関係」にキープできるかもしれない。
「い、いやいや! 幸い、俺は高性能な『マジックバッグ』を持ってるんだ。このゴーレムの素材も全部収納できるから、街まで持って行ってあげるよ!」
「ほう、マジックバッグか。それはいいモノを持ってるな、有難い」
サイコは初めて、その冷徹な顔に少しだけ少年らしい笑みを浮かべた。
「じゃあ決まりだ。売れたら、取り分はきっちり半分お前にやるぞ。ソウタ」
最強最悪の理不尽ボス・サイコ。
その圧倒的な武力と、まさかの「商談成立」という奇妙な関係に、ソウタの冷や汗はしばらく止まりそうになかった──。




