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【ブラッシュアップ版】 モブキャラ異世界転生記~モブキャラに転生しちゃったけど従魔の力で何とかなりそうです~  作者: ボルトコボルト


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第92話 忍び寄る最悪の災厄と消えゆく国

「──う、うあああああん! 臭《にお》いがぁ! どんなに洗っても、あの忌々しい臭いが落ちないよおおおぉ!」


 獣人国の片田舎にある、お世辞にも綺麗とは言えない宿屋の一室。


 風呂場からは、ブリュンヌの世にも絶望したような泣き声が、湯気とともに漏れ聞こえていた。彼女が中に入ってから、もう一時間は経つ。


 部屋のソファに腰掛けたナナミは、心底不安そうに眉をひそめ、扉の向こうに視線を向けた。


「……ブリュンヌのために無理して宿を借りたけど、ソウタ、本当にここで大丈夫かしら? 追手がいつ来てもおかしくないのよ?」


「うーん、そうだけどさ。でも、あの臭いは放置できないよ」

 ソウタは苦笑しながら、淹れたてのコーヒーに口をつけた。


「ドクラとマグラは鼻が利く。あの臭いを完全に消さない限り、確実にどこまでも追ってくるはずだ。まあ、今はモモカとブルが周辺の偵察に行ってくれている。何かあれば、すぐに飛び込んで教えてくれるさ」


 ソウタの足元では、すでにお風呂を済ませてさっぱりしたリャンゾウが、満足げに丸くなっている。その傍ら、ソファの特等席を占領しているクロリスは、「我関せず」といった様子でだらしなく寝そべっていた。


「それは分かってるんだけど……」

 ナナミは自身の腕を抱きしめ、身震いした。


「一刻も早くこの国を出たいわ。思い出すだけで吐き気がする。もう最低よ、この獣人国は!」


「……だよね。まさか、命を賭して国王と王妃を救った恩人を、その場で捕らえて奴隷にしようとするなんてね。信じられないよ。あんな理不尽な国、いっそのこと滅んじゃえばいいのに……」


 ナナミの吐き捨てた言葉が、ソウタの脳裏に鋭く引っかかった。


(……ん? 滅ぶ?)

 ソウタの思考が、かつてプレイしたゲームの記憶へと急速に潜っていく。


(待てよ。確かゲームのマップに『獣人国』なんて存在しなかった。ということは……歴史のどこかで、本当に国ごと消滅したんだ。劇中では確か、ペストが原因で滅んだ国があるって設定があった気がするけど……。いや、いくらなんでも、それだけで国が丸ごと一つ『無くなる』なんてあり得るか?)


「ソウタ? どしたの、急に黙り込んじゃって。何か恐ろしいことでも考えてる顔よ?」

 ナナミの怪訝そうな声に、ソウタはハッと我に返った。


「あ、いや……ちょっとね」

 ソウタは曖昧に濁しながらも、冷や汗が背中を伝うのを感じていた。


(地球の歴史を思い出しても、ペストは全人口の3分の1を奪うほどの最悪の伝染病だった。だけど、それでも国自体が完全に崩壊して地図から消えるまではいかなかったはずだ。もし、ゲームの歴史通りにこの国が消滅するのだとしたら──ペスト以外にも、国を滅ぼすレベルの『何か』が同時に動いていると捉えるべきだ)


 ゴクリ、と喉を鳴らす。不吉な予感が胸を支配していく。

(長居は危険だ。ナナミの言う通り、一刻も早くここを離れるのが正解だな)


「よし、ナナミの言う通りにしよう。ブリュンヌが風呂から上がったら、すぐに宿泊はキャンセルだ。夜通しでもいいから、できるだけ早くこの国の国境を越えよう」


「ええ、それがいいわ! なんだか胸騒ぎが止まらないの。あの不気味なドグラとマグラが、すぐそこまで迫っているような……」


 ソウタは足元で丸まる相棒を見下ろした。

「リャンゾウ、悪いけどモモカとブルを呼び戻してきてくれないか?」


(ええー? 面倒くさいキュ! せっかくお風呂に入って、ふわふわピカピカになったばかりだキュ〜!)


 心に直接響くリャンゾウの抗議の念話に、ソウタは苦笑いで返す。

(頼むよ、緊急事態なんだ。それに、この中で一番足が速くて、気配を殺して動けるのはリャンゾウ、お前だけだろ?)


(むぅ……そこまで言うなら、仕方ないキュ。すぐ行ってくるキュ!)

 おだてに弱いリャンゾウは、小さな身体をバネのように弾ませて、窓の隙間から一瞬で夜闇へと消えていった。


 ◇


 ところ変わって、とある獣人国の村。


「ゲハハハハ! 苦しめ、悶えろ! みんな死に絶えてしまえええ!」

 立ち込める黒い瘴気の中、狂気的な笑い声を響かせる影があった。


 その名はアサグ。疫病を操り、歩くだけで世界を腐らせる最悪の悪霊。その異形には『頭部』が存在しない。巨大で歪な丸い岩石の身体に、ぎょろぎょろと蠢く複数の目。そこから生える不揃いな三本の手と三本の足が、不気味に大地を踏みしめていた。


 周囲には、アサグの魔力で動く無数の不気味なゴーレムが、殺戮の機械と化して群がっている。


「ゴホッ、ゴホゴホッ……! き、貴様ぁぁあ!」

 激しく吐血しながらも、大斧を振り上げたカバの獣人がアサグへ突撃する。だが、その刃が届く前に、肉厚なゴーレムの群れに遮られ、地面に叩きつけられた。


 ドカッ! と鈍い音が響く。


「うう、うがああ! お、俺の、俺たちの村から出ていけぇぇええ!」

 全身から黒い死斑を浮き上がらせながら、カバの獣人は執念だけでアサグを睨みつけた。


「ゲハハハハ! 驚いたな、すでにペストの末期症状のはずだ。そんな身体でまだ立ち上がるとは! だが無駄だ、無駄ァ! すべては遅い。お前たち獣人は、一人残らずこの疫病で腐り落ちる運命なのだからな!」


「くっ……殺せ……!」

「言われずとも! ゲハハハハ、やれ!」


 ガシュッ──!!


「ぐへっ──」

 非情な鈍器の重撃が、カバの獣人の息の根を完全に止めた。


「ゲハハハハ! ここも皆殺し♪ 次も皆殺し♪ いつも、いつでも、みーん降ろしぃ(皆殺し)♪」

 鼻歌交じりに凄惨な光景を眺めるアサグ。まさに最低最悪の『歩く災厄』。


 獣人国全土を震撼させているペストを撒き散らした張本人であるこの悪霊の軍勢は、生存者を蹂躙しながら、ゆっくりと、だが確実に王都へと進軍していた。


 そしてその進路の先には──不運にも、ソウタたちの滞在する宿場町が存在していた。


 ◇


 さらに、不穏な足音は別の方向からも迫る。


「ギャハハハハハ! おいマグラ、足が遅えぞ! もっとシャキシャキ歩けよ!」


「うるせえ、待てよドグラ! まだ身体がちいと痺れてやがんだ。クソッ、あの生意気な人間どもめ、今度見つけたら……両足をなぶり抉って、生きたまま食い千切ってやるぜぇ!」


 ソウタ一行に怨みを募らせる凶刃、ドグラ・マグラの狂犬コンビが、執念深くその背中を追っていた。


 だが、彼らもまた、追われる身であった。


「影! 奴らの足取り、こっちで間違いないのだろうな!?」

 暗闇を駆けるのは、なんと獣人国の国王その人であった。


「はっ。ドグラ・マグラの奴らは、間違いなくこの先を進んでおります。奴らの放つ独特の獣臭が残っています。間違いありません」


「そうか。あいつら、とにかく臭いからな……。恩人である聖者様方にこれ以上の無礼は許さん。必ず我が手で叩き切る!」


 血気盛んに走る国王のさらに後ろからは、息を切らした近衛隊が必死の形相で追いかけていた。


「は、速すぎる……! 急げ、何としても陛下に追いつくのだ!」


「しかし、陛下はついこの前までペストで寝たきりだったはずだぞ!? 病み上がりであの速度はおかしいだろ!」


「どうやら、すこぶる体調が良いらしい!」


「ええっ!? 死にかけてた人間が、あんなバケモノみたいな速度で走れるようになるのかよ!?」


「それだけ、あの聖者様の奇跡の力が凄まじかったということだ……!」


 緊迫する獣人国。


 ソウタたちの預かり知らぬところで、すべての因縁と最悪の災厄が、一つの宿場町へと集束しようとしていた──。

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