第84話 王の門、立ちはだかる巨壁
「あああああ! いいからそこを退けえええええ!!」
ブリュンヌの怒号と共に、鈍い打撃音が森に木霊した。熊の獣人とサイの獣人が、まるで木の葉のように吹き飛ばされる。
彼女の目には、他国の面子などどうでもいい、ただ両親を救いたいという純粋で暴力的な親心だけが宿っていた。
「はあ、はあ……っ! 分かってないのか! 一刻の猶予もないのよ! 父上と母上が死んだら、その責任、あんたたちに取れるのか!」
荒々しい息を吐き出すブリュンヌの背後で、従者が呆れたように溜息をついた。
「本当に……我が国の獣たちは、力こそ正義と盲信している。強い者には従うが、弱者には容赦なく爪を立てる。……困った気質です」
従者は冷ややかな目で、立ち上がれない番兵を見下ろした。
「お前たちが蔑んだこの方々は、ブリュンヌ様や我々が束になっても敵わない実力の持ち主だぞ」
その言葉に、熊とサイが目を見開く。
「えええええ!?」
「そんな、まさか……あんなか弱い人族が……?」
「いいや、信じられん。……儂らと力比べして貰えんかね?」
(なんでこうなるんだよ……)
ソウタは心底うんざりした。泣いて頼まれたので仕方なくペストの治療に来たというのに、なぜこうも「戦い」という選択肢に引きずり込まれるのか。
「はぁ……。お断りします。なんでわざわざこんなところで力比べをしなきゃいけないんですか」
ソウタの言葉はため息混じりの拒絶だった。
「そこをなんとか! 是非、その実力を見せて――」
二人の獣人がキラキラと戦意を剥き出しに近寄ろうとした瞬間、ブリュンヌが二人の頬に強烈な平手打ちを叩き込んだ。
「暇人どもが! 戦っている暇なんてあるわけないでしょうが!」
彼女の烈火の如き怒りに、ようやく獣たちはしゅんとして道を空けた。
◇◇
森を抜けた先に現れたのは、質実剛健な巨大な木造建築だった。城というよりは、巨大な鎮守の社を思わせるその場所が、獣人国の王城である。
お寺の門に似た荘厳な三門。その前には、冥界の門番のごとき偉容を誇る、象の獣人とキリンの獣人が槍を構えて立っていた。
そこへ、ブリュンヌがまるで遊び疲れて帰ってきた子供のように、トテトテと無防備に駆け寄る。
「ブリュンヌだ! ただいま。そこを退け!」
「おお、ブリュンヌ様。お帰りなさいませ。どうぞお通りを」
象とキリンは即座に道を空ける。しかし、その背後に続くソウタたちに気づくと、彼らの槍が再び鋭く突き出された。
「しかし……その者たちは通せませんな」
キリンの獣人が、見下すような冷ややかな目でソウタを睨みつけた。
(そりゃそうだよな。近所の子供が友達を連れてきたのと訳が違う。王城の門番として、当たり前の反応だ、だけどもう本当に帰りたいんだけど……)
ソウタが冷静にそう分析していると、ペストマスクの従者が割って入った。
「無礼である! この方々は聖者様の一行。王と王妃の病を治療するために、ブリュンヌ様が懇願して連れてこられたのだ。失礼な真似をすれば、ただでは済まさんぞ!」
「……聖者?」
象とキリンは困惑し、怪訝そうにソウタたちを見回した。
彼らの眼に映るのは、ただの華奢な人族の若者と、その連れにしか見えない。伝説や噂の「聖者」とはかけ離れたその姿に、疑念の壁が立ちはだかる。
(頼むから、もう面倒なことはなしにしてくれ……)
ソウタは内心で祈りながら、自分を見下ろす巨大な門番たちの眼光を受け流した。獣人国の王城、その奥には救いを待つ王たちの死の淵がある。時間が、刻一刻と彼らを追い詰めていた。




