第81話 貴族の打算、モブの安息
「勿論、獣人国の王と王妃を助ける報酬だ」
ジュノン男爵は表情一つ変えず、冷徹に言い放った。その声には、単なる親切心とは違う、どこか商売じみた響きがある。
「助けてあげようよ……。このままじゃ、本当に死んじゃうよ」
ナナミが悲痛な顔でソウタとモモカを見つめる。彼女の優しさは、時にソウタたちの足をすくわせる。モモカは小さく溜息をつき、冷静にナナミの肩を掴んだ。
「ナナミさん、黙ってて。……いい? 王と王妃が今すぐ助かる保証なんてどこにもないの。獣人国までの長旅で亡くなっていたら? 私たちはただの無駄足を踏むことになる。それに見合う対価は、そんな薄っぺらな感情論じゃ測れないのよ」
モモカの言葉は氷のように冷たいが、それはソウタたちを守るための盾でもあった。
(……やっぱりモモカに任せて正解だった。俺一人じゃ、とっくに情に流されて丸め込まれてたな)
ソウタは深く納得し、モモカの背中を頼もしく見つめた。男爵もまた、モモカの慧眼に感心したのか、わずかに眉を動かす。
「獣人国は今やペストの巣窟。行くまでのリスク、滞在のリスク、そして治療のリスク。それらを含めて、獣人国に着くだけで相応の報酬をいただきたい。……これが条件です」
モモカの平然とした要求に、男爵は静かに頷く。
「ふむ……。そして王と王妃を助けられれば、追加報酬を望むわけだ」
「はい。当然の要求ですわ」
淡々と交わされる利害の応酬。しかし、その裏にある男爵の真意がソウタには解せなかった。
「……男爵。なぜそこまでして? こいつらはこの町を焼き払おうとしたんです。あなたにとって、彼らは敵ではないのですか?」
男爵は少しだけ視線を逸らし、遠い空を見た。
「長年の隣人だ。滅びるのを黙って見るのは忍びない……。だが、私には救う術がない。目の前に希望があるのなら、多少の無理をしてでも賭けたいだけだ」
「……なるほどな」
一見すると、もっともらしい理由だ。だが、モモカは鋭い眼光を男爵に向けて切り捨てた。
「ソウタさん、男爵の言葉を鵜呑みにしないで。……もし私たちが王を救えば、男爵はそれを『自分の手柄』として獣人国と優位に交渉するつもりよ。私たちが命を懸けて得る報酬以上の利益が、男爵の懐には転がり込むんだわ」
男爵の仮面が、わずかに崩れる。彼はふっと苦笑を漏らした。
「はっはっは。お嬢さん、貴族の商売をよく心得ているな」
「それが貴族ですよ、ソウタさん。……忘れたんですか? あなただって元子爵だったんでしょ。もう少ししっかりしてください!」
「ははは……それが出来なくて、貴族なんて辞めたんだよ……」
ソウタは苦笑しながら後頭部を掻く。モモカは天を仰いで深いため息をついた。
(やっぱり……私がしっかりしなきゃ、このパーティは遠からず食い物にされるわね)
モモカの冷ややかな、しかし確かな覚悟を感じながら、ソウタは満足げに頷く。足元ではリャンゾウとブルが呑気に追いかけっこをしており、ナナミはオロオロと王女と男爵の顔を交互に見ている。
一触即発の交渉の場にありながら、この「モブ」たちはあまりに無防備だった。だが、その無防備さこそが、かえって貴族である男爵を翻弄し続けていた。
獣人国へ向かう旅路。それは救済の旅であり、同時に狡猾な貴族との「搾取されないための戦争」の幕開けでもあった。




