第8話 雷獣の名は『リャンゾウ』、そして迫り来る運命の足音
勇者ユウキが追放されてから、村には奇妙な平穏が戻っていた。
だが、ソウタの日常は激変していた。
「キュー、キュー?」
「……お前、当然みたいな顔して俺のベッド占領するなよ」
森で自分を救い出し、瀕死の重傷を負いながらも寄り添ってきた一匹の『獣』。
そいつが今、ソウタの部屋に完全に居座っていた。
犬とも猫ともつかない、イタチに似た愛らしい容姿。
黒みがかった灰色の極上モフモフな体毛。
体長は六〇センチほどで、瞳はくりくりと丸くて可愛い。
だが、後ろ足が四本あり、尻尾は二股に分かれている。
時折、その小さな身体からパチパチと紫の電撃が漏れ出ていた。
(前世の知識を合わせても、こんなモンスターは知らない。だけど……)
不思議と、恐怖は微塵もなかった。
命懸けで自分を守ってくれたこの子に、胸の奥から愛おしさが込み上げる。
ソウタはふと、前世の記憶を掘り起こした。
引きこもり時代、唯一の心の友だったゴールデンハムスターの記憶。
背中の模様が麻雀牌の『二索』に似ていた、大切な相棒。
目の前の獣の背中にも、奇跡のように、全く同じ模様が刻まれていた。
「お前……『リャンゾウ』、っていうんだろ?」
名前を呼んだ、その瞬間。
「キュ〜ッ!」
嬉しそうに鳴き、何の違和感もなくソウタの膝の上へ飛び乗ってきた。
額には、ユウキの剣を喰らった時の白い傷痕。
奇しくもソウタ自身も、ユウキに木剣で割られた額の傷を抱えている。
「ハハ、お前も俺と同じ、ユウキの被害者か。……よろしくな、リャンゾウ」
ソウタが頭を撫でると、リャンゾウは気持ち良さそうに喉を鳴らした。
◇◇
リャンゾウの能力は、ソウタの想像を絶していた。
「キチキチッ!」
森に入ると、リャンゾウの長い耳がピクンと動く。
野生の勘――否、『聖獣』としての超感覚。
ゴブリンやコボルトの気配を瞬時に察知し、ソウタを安全なルートへと誘導する。
もし敵が避けられない距離まで近づけば。
――バチバチィッ!!
「ギャッ……!?」
ソウタの視界から消えるほどの超神速。
一瞬の紫電と共に、モンスターを一撃で消し炭にしてみせる。
(強すぎる……! これが俺の相棒なのか!?)
お陰で、これまで絶対に近づけなかった森の深部まで踏み込めるようになった。
さらに。
「キュ、キュイ!」
リャンゾウはソウタが教えた薬草の匂いを完全に記憶していた。
鼻を利かせ、ここだとばかりに前足で地面を叩く。
そこにあったのは、市場で高値で取引される激レアな薬草だった。
「すごいな、リャンゾウ! お前のお陰で、いくらでも稼げるぞ……!」
「キュンッ!」
驚くべきスピードで採取量は増え、ソウタの手元にはまとまった大金が溜まっていった。
普通なら村を出る資金にするはずの金。
だが、ソウタはその使い道を、すべて『母』へと注ぎ込んだ。
母の病気は、日に日に深刻さを増していたのだ。
ソウタは溜まった資金で、近隣で手に入る最高級の『中ランク回復薬』を大量に買い漁った。
さらに、遠方の町から高額な報酬を払って、高名な『回復士』まで招き入れた。
(これだけお金をかければ、絶対に治る。絶対に……!)
だが。
「……申し訳ありません。この病は、通常の回復魔法ではどうにもなりません」
回復士の無慈悲な言葉が、部屋に冷たく響く。
「そんな……嘘だろ!? お金ならあるんだ! もっと強い薬はないのか!? 誰か助けてくれよ!」
高価な薬を飲ませても、祈るように看病を続けても。
母の顔色は土のように青ざめ、頬は痩せ細っていく一方だった。
回復士が去った静寂の中で、ソウタは母の冷たい手を握りしめ、ボロボロと涙を流す。
(無力だ。前世でも、今世でも……俺は何も救えないのか……!?)
リャンゾウはそんなソウタの足元で、ただじっと丸まっていた。
その瞳は、悲しげに、だけど何かを深く決意したようにソウタを見つめている。
リャンゾウには、分かっていたのだ。
母の命の砂時計が、もう残り僅かだということが。
モブキャラとして生きるはずだったソウタの平穏な生活。その裏で、運命の歯車が、残酷なまでの速度で加速しようとしていた。




