第7話 勇者の追放、そして小さな守護者との絆
オークの巨大な斧が、空気を切り裂きユウキの頭上へ迫る。
「ガァアアアッ!」
「くっ、そがっ……!?
いつもなら余裕で躱せるはずの攻撃。
だが、ユウキは必死の形相で泥まみれになりながら転がった。
(なんでだ……! なんでアイツの動きに、俺の身体が追いつかねえ……!?)
無様に体勢を崩した『天才勇者』ユウキは、地面を這いながら、憎々しげにソウタを睨みつける。
「ちっ、ソウタ! お前、今の隙に……ッ! 覚えてろよ!」
(まずはあの無能を肉壁にして、オークの体力を削る……!)
それがユウキの、クズ極まりない算段だった。
しかし。
「――悪いな。お前の身勝手な『囮』に付き合う義理は、一ミリもないんだ」
ソウタは冷徹に言い放ち、即座に反転。
無我夢中で、村へと続く道をひたすらに駆け出した。
「待てッ! ソウタァアア! 戻れ! 命令だッ!」
背後で、オークの猛攻に悲鳴を上げる勇者の声が遠ざかる。
だが、森の脅威は一つではなかった。
「ギギギ、グガァ!」
茂みから飛び出したゴブリンが、錆びた刃を閃かせて立ちはだかる。
ステータス最底辺のソウタには、対抗する武器も、魔法もない。
(しまっ――!?)
死を覚悟した、その瞬間。
――キィィィィンッ!
鋭い一閃。
凄まじい速度で影が跳ね、ゴブリンの首筋を噛みちぎった。
鮮血が激しく飛び散る。
「ガハッ……!?」
崩れ落ちるゴブリン。
ソウタの前に着地したのは、先ほどユウキの攻撃から自分を庇ってくれた、あの傷だらけの『獣』だった。
その身体から、微かに神聖な魔力が満ち溢れている。
「……また、助けてくれたのか」
ソウタがそっと手を伸ばすと、獣は言葉を理解したかのように、愛おしげに目を細めてソウタの手に頭を擦りつけた。
◇◇
村へ戻ったソウタは、すぐさま錬金術師のおばばのもとへ駆け込んだ。
「おばば! 頼む、この子を助けてくれ!」
「なんじゃ、この怪我は……! すぐに特製の薬を塗る、動かすでない!」
低ランクながら、おばばが調合した極上の回復薬を傷口へ丁寧に振りかける。
赤く滲んでいた血がピタリと止まり、獣は安堵したように息を吹き返した。
「……ふぅ。で、一体何があったんじゃ? 勇者の小僧はどうした」
ソウタは、ユウキによる狂気じみた強制連行。
そして、自分をオークの囮にして殺そうとした一部始終を、包み隠さずすべて話した。
おばばの顔が、怒りで般若のように歪む。
「……あのガキ、ついに一線を越えおったな。これは村長に報告せねばならぬ!」
村長のもとへ訪れると、事態は一刻を争った。
村長は、これまで村で横暴を尽くしてきたユウキの悪行を鑑み、迷わずソウタの言葉を信じた。
「最悪の場合、オークがユウキを貪り食い、そのままこの村へ進軍してくるぞ!」
「村の防衛線を張るんじゃ! 動ける男を全員集めろ!」
村の入り口に、武装した成人男子たちがズラリと並び、最悪の事態に備えて厳戒態勢を敷く。
緊迫した空気の中。
足を引きずり、血まみれのユウキが姿を現した。
「ハァ、ハァ……、クソ、クソが……!」
息を切らし、ボロ雑巾のように憔悴している。
だが、その瞳には相変わらず、傲慢でギラギラとした執着が宿っていた。
ソウタが無傷で村人たちの中にいるのを見つけ、ユウキの顔が怒りで跳ね上がる。
「ソウタァ! お前、よくも俺を置いて逃げやがったなッ! 罪人が、のうのうと……!」
「ユウキ、黙らぬか!」
村長が地を這うような声で一喝した。
「オークはどうした!」
「……チッ。あんな雑魚、俺の敵じゃねえよ!」
ユウキはポケットから、赤黒く染まったオークの魔石を誇らしげに叩きつけた。
「見たか! 倒してやったぞ! 俺が村を救ったんだ! さあ、崇めろよ! 俺は英雄だ!」
(そうだ。これで俺の悪評はチャラだ。全員俺に平伏せ!)
歪んだ笑みを浮かべるユウキ。
だが、彼を待っていたのは、称賛の拍手ではなく――冷徹な断罪の視線だった。
「ユウキ。お主、ソウタを無理矢理連れ出し、オークの囮にしたそうだな」
「……は? なに言ってんだよ村長」
ユウキは鼻で笑い、悪びれもせずに言い放った。
「オークを確実に仕留めるための『作戦』だよ! たかが無能の囮一人くらい、犠牲になって当然だろ!?」
その瞬間。
村の広場が、凍りつくような沈黙に包まれた。
村人たちの目が、明確な「軽蔑」と「嫌悪」へと変わる。
「それが、お主の考えか。命を何だと思っている」
「現実を見ろよ! 弱肉強食だ! 生き残るためには、使えないゴミを間引く犠牲が必要なんだよ!」
――パァァァァンッ!!
乾いた音が、静寂を引き裂いた。
「がはっ……!?」
ユウキの身体が横へ吹っ飛ぶ。
殴ったのは――ユウキの父親だった。
拳を血がにじむほど強く握りしめ、ボロボロと涙を流している。
「……ユウキ。私はお前を、そんな悪魔に育てた覚えはないぞ……!」
「親父……? なんで、お前まで……!」
いつもなら、どれだけユウキが横暴を働いても、泣きながら周囲に頭を下げて庇ってくれた両親。
だが、その両親の目には、もはや身内を庇う色など一切なかった。
あるのは、ただの絶望だ。
「ユウキ。お主のような私利私欲で人を殺める狂人を、この村に置いておくわけにはいかん」
村長が、非情な宣告を下す。
「お主を村から『追放』する。二度とその汚い顔を見せるな! 出て行け!!」
「追放……!? 俺を!? 勇者の俺を捨てるっていうのか! 後悔しても知らねえぞ!」
ユウキは必死に虚勢を張り、両親を見た。
しかし、両親は静かに目を伏せ、彼から背を向けた。
村人たちの誰もが、ユウキを「ゴミを見る目」で見下ろしている。
ここに、彼の味方は一人もいない。
「……ちっ! 村を追放されるイベントかよ。クソが、どいつもこいつも無能ばかりだ!」
吐き捨て、背を向けて歩き出すユウキ。
「すぐに泣きついてきても、絶対に助けてやんねえからな……!」
背中でどれだけ吠えようとも、振り返る者は誰もいなかった。
去りゆく元勇者の頬を、彼自身すら気づかない大粒の涙が、惨めに濡らし落としていた。
◇◇
村に、本物の平穏が戻った。
「キュウ……?」
ソウタの足元で、小さな獣が不思議そうに首を傾げる。
「ありがとう。これからは、俺とお前、二人で生きていこう」
ソウタが微笑み、獣を優しく抱き上げる。




