第78話 黒き医師の傲慢と、雷鳴の鉄槌
ペスト医師の杖から放たれた火球が、空気を裂いて衛兵たちを襲った。
「ぐあっ!」
咄嗟に回避した衛兵の背後で、逃げ遅れた住民が炎に巻き込まれる。火の粉が舞い、悲鳴が上がる。衛兵は即座に駆け寄り、住民の火を消して回復薬を施すが、住民の瞳には絶望と怒りの色が浮かんでいた。
「そこを退け! 聖者を差し出さない限り、この町ごと灰にするぞ!」
ペスト医師のリーダーが冷酷に言い放つ。その言葉の重みに、守るべき市民を抱えた衛兵たちは、無力感に押しつぶされそうになりながら一歩ずつ後退した。
「待て!」
乾いた声が戦場の空気を一瞬で止めた。ソウタが衛兵たちの肩を押し退け、最前列へと躍り出る。足元には不穏な放電を繰り返すリャンゾウ、隣には静かな殺意を纏うクロリスが寄り添い、その後ろをナナミとモモカが固める。
「聖者! 俺たちと一緒に来る気になったか? 面倒をかけさせるなよ」
リーダーの仮面の下から漏れる声は、苛立ちに満ちていた。彼らにとって、この町の人々の命など、自分たちの報酬のための一筆書きに過ぎない。
(国家間の問題なんて知ったことかという態度か。……本当に、吐き気がするほど傍若無人だな)
ソウタはリーダーの黒いレンズを真っ直ぐに見据えた。ペストマスクという異形の存在。感情の読めないその顔は、ソウタにとって狩り慣れた「モンスター」と何ら変わりない。モブとして生きようと決めていたはずの彼が、今や理不尽な悪意を前に、全く躊躇することなく拳を握りしめていた。
「俺はあんたたちについて行く気はない。勝手に聖者と呼んでいるのはあんたたちだ。この町を燃やすだと? その罪、自分で理解できているのか!」
「ははは! 知らん! 俺たちは俺たちのやるべきことをやるだけだ。おい、引きずってでも連れてこい!」
リーダーの合図で、周囲の医師たちがソウタに詰め寄る。屈辱に震える衛兵の声を背に、ソウタは接近してきた一人のペスト医師の鳩尾へ、迷いのない一撃を叩き込んだ。
ドカッ!
「行かないと言ったら行かない! クロリス! リャンゾウ! 頼んだ!」
「承知しました」
「分かったキュ!」
ソウタの号令と同時に、クロリスが右手を鋭く振り上げた。刹那、アスファルトを突き破って無数の蔦が飛び出し、十数人のペスト医師たちの手足を強固に縛り上げる。
「なに……? 足が動かないだと!?」
「魔法か! ちっ、引きちぎれ!」
強引に蔦を解こうとする医師たちに対し、リャンゾウが空中で光り輝いた。次の瞬間、高圧の雷撃が街道を縦横無尽に駆け巡る。
バチイイイイン!!
「ぐあっ……!」
「ふぐぅ……ッ!」
悲鳴を上げる間もなく、黒衣の男たちは次々と地面に沈んでいく。静寂が戻った街道に、リャンゾウの放電するパチパチという音だけが響く。
ソウタはゆっくりとリーダーの元へ歩み寄り、泥にまみれたその頬を平手打ちした。
「うっ、うう……」
かすかな呻きと共に、リーダーがゆっくりと目を開ける。蔦でがんじがらめにされ、身動き一つ取れない屈辱の中で、リーダーは恨めしげにソウタを見上げた。
「……思い知ったか。俺たちの平穏を邪魔する奴には、容赦しない」
ソウタの言葉は冷たく、しかしこれまでになく力強かった。モブであることを望んでいたはずの男が、理不尽に抗う一人の「英雄」として、街道の中央に立っていた。




