第69話 忍び寄る眼と、街道の待ち伏せ
「ソウタさん、このネズミ、殺しちゃいましょうか?」
モモカが手慣れた仕草で腰のナイフを抜き放った。その瞳には、すでに獲物を狩るための冷徹な光が宿っている。ソウタはため息をつき、逃げ惑う小さなネズミに視線を落とした。
「いや、モモカ。殺してもまた次が来るだけだ。それに……眷属とはいえ、ただの使いっ走りを殺すのも忍びない。放っておこう」
「そうですかぁ、分かりました。ソウタさんがそう言うなら止めます」
モモカは少しだけ物足りなそうな顔をしたが、すぐにナイフを鞘に収めた。リャンゾウもふんと鼻を鳴らすと、口にしていたネズミを地面に放り出した。
「おい、ライゴーに伝えろよ。俺は戻らないし、関わる気もないってな!」
ソウタが怒鳴ると、ネズミは一度立ち止まってソウタを振り返り、人間のように小さく頷いたかと思うと、一目散に草むらへと走り去った。
(ネズミは、まだ遠くから観察を続けているキュ)
「……いいさ。見ていたいなら勝手にさせろ。行こう」
一行は再び歩き出した。ドリアードのクロリスは、そんな殺伐としたやり取りなどどこ吹く風といった様子で、終始ニコニコとソウタの後ろを歩いている。彼女にとって、外界の騒音や争いごとは、森の木々が揺れるのと大差ない些細な出来事に過ぎないのかもしれない。
獣人国を目指す旅は、王都の混乱を尻目にのんびりと進んでいった。急ぐ必要はない。ソウタは有事を見越して食料や野営道具をアイテムバッグに詰め込んでいたし、資金も有り余るほどある。途中の村や町では、採取した素材やナナミが調合した回復薬を売り、資金を増やしながらの、ある種贅沢な放浪であった。
そんな穏やかな日常が続くはずだった――街道の空気が、不穏な冷たさに包まれるまでは。
(ソウタ、前方に人がいるキュ。……待ち伏せだ)
リャンゾウの鋭い念話に、ソウタは即座に足を止めた。
「……ん?」
「どうしたの? 急に立ち止まって」
ナナミの問いに、ソウタは険しい表情で街道の先を見据える。
「この先で、誰かが待ち伏せしているみたいだ」
「えっ? 本当に?」
先頭を歩いていたモモカが、身を翻してソウタの元へ駆け戻ってきた。
「リャンゾウがそう言ってるんだ」
「流石リャンゾウね。それじゃあ、ちょっと偵察してくるわ!」
モモカは返事も待たずに、煙のように草むらへと溶け込んでいった。迷いのない身のこなしは、まさにプロの探索者だった。
```
◇◇
```
しばらくして、草が揺れる音もなくモモカが戻ってきた。彼女の顔には、少しばかりの呆れと緊張が混ざっている。
「……盗賊団ね。旅人をカモにするつもりみたい。隠れている連中も含めて全部で10人。まだ私たちがいることには気づいていないようだけど……どうする?」
「見つかっていないなら、知られないうちに迂回して回避したいな。関わりたくない」
ソウタがそう告げた直後だった。
(あ、見つかったみたいだキュ)
リャンゾウが空を見上げて、嫌なことを言い放った。
「鳥か?」
(鳥の眷属だキュ。完全にマークされた)
ソウタが空を見上げると、一羽の猛禽類が旋回しながら盗賊たちの潜む方向へと飛んでいくのが見えた。モモカもそれを目撃し、悔しそうに頭を掻く。
「あちゃー……もしかして私の気配を察知されたのかな。ごめんね、ソウタ」
「いや、モモカのせいじゃないよ。気にしないでくれ。……はぁ、本当に面倒なことになったな」
盗賊団との鉢合わせは避けられない。回避しようとした矢先の露見に、ソウタは大きく肩を落とした。のんびりとした旅路の途中に現れた、厄介な障害物。ソウタたちの獣人国への道は、思わぬ波乱の幕開けを迎えていた。




