第70話 街道の狂犬たち、森の精霊の慈悲
「気が進まないけど……、鳥に見張られたら逃げきれなさそうだし、片付けて行こうか」
ソウタが溜息混じりに前方の街道を見据える。心の中では「何も起きないでくれ」と切に願っていたはずなのに、どうして自分の人生はこうもトラブルばかりに引き寄せられるのか。足元のリャンゾウが、主の内心を察したのか、小さく威嚇するように唸り声を上げた。
「そうだね。返り討ちにする準備はできてるよ」
ナナミがアイテムバッグから「豊穣の杖」を取り出し、構える。彼女の瞳には、かつて王都で見せた不安の色は消え、大切な仲間を守るという強い意志が灯っていた。
「分かった! サクッと終わらせて獣人国のおいしい物食べに行こう!」
モモカは軽やかにナイフを抜き、戦闘のスイッチを入れる。ドリアードのクロリスはといえば、戦いの直前だというのに、相変わらずニコニコと花が咲くような笑顔を浮かべてソウタの背後に立っている。
ソウタたちは、盗賊が待ち伏せている街道の中心へとゆっくりと歩みを進めた。
「クロリス、隠れている盗賊たちは任せるよ。手加減はしなくていいから」
「了解です。……お掃除の時間ですね」
クロリスがそう呟くと、彼女の体は驚くべきことに地面へと吸い込まれるように溶けていった。森の精霊である彼女にとって、大地は境界線ではなく、移動のための道なのだ。
◇◇
「くくく、来た来た。獲物が自ら歩いてきやがった」
「女と子供と変な小動物か。こりゃ当たりだな」
「何だ、結構可愛い女がいるじゃねえか。退屈な待ち伏せに華が添えられるぜ」
道端の草むらで、盗賊の男たちが卑猥な笑みを浮かべて待ち構えている。彼らにとって、ソウタたちは鴨が葱を背負ってきたようなカモでしかなかった。
「おい、ここから先は通さねえぞ。まずは金目のものを全部出しな! 女子供はそれからどうするか決めてやるからよぉ!」
三人の男が躍り出て、錆びた剣をソウタの鼻先に突きつける。ソウタは心の底から嫌悪感を抱いた。この男たちは、他人の尊厳を踏みにじることに何の躊躇いもない。コミュ症の自分は、彼らと対等に言葉を交わすことさえ吐き気がするほど苦痛だった。
(本当に、こういう輩が一番嫌いなんだ……)
「リャンゾウ。……やるよ」
ソウタの言葉を合図に、足元の雷獣が動いた。
「ははは、坊主、何を怯えてる! 目を逸らしたら斬るぞ!」
盗賊の一人が嘲笑いながら、剣の腹でソウタを横薙ぎに払おうとする。だが、ソウタにとってそんな攻撃は、毎日命を懸けて魔物を狩っている日々に比べれば、止まって見えるほど遅い。
ソウタは最小限の動きで剣を躱し、スッと背後へ跳ねる。
「ほう、ちったぁやるみたいじゃ――」
その男が嘲り笑い続けたのは、そこまでだった。
ドサッ……。
金属的な衝撃音も、怒号も聞こえない。ただ、雷光を纏ったリャンゾウが男の足元を駆け抜け、男は言葉の途中で前のめりに倒れ伏した。心臓に雷撃を通されたのか、男は痙攣一つせず昏倒する。
「なんだ! 何があった!?」
残る二人の盗賊は、仲間の死体に隠れて見えなかったリャンゾウの影に驚愕し、血相を変えて剣を突き出してきた。
「次は私ね!」
モモカが流れるような動きで加速し、一番手前の盗賊に肉薄する。しかし、彼女が懐に入るよりも早く、ナナミが豊穣の杖を静かに地面へ突き立てた。
「動かないで!」
地面を這う草がまるで生き物のように絡み付き、二人の盗賊の足首を強力に拘束した。
ドタッ、バタン!!
「うがっ!? なんだこれ、草が……ッ!?」
転倒した一人の首筋に、一瞬でモモカのナイフが突きつけられる。死の恐怖に直面した盗賊は、凍りついたように動けなくなった。
もう一人の盗賊は、這い上がろうと必死に足掻くが、ナナミは冷ややかな目でそれを眺め、ゴルフのスイングのように杖を振り抜いた。
「……ごめんなさい、おやすみなさい!」
ゴガッ!!
鈍い音が響き、盗賊の顔面が大きく歪む。男は白目を剥いて、そのまま泥の中に沈んだ。
「さて、身ぐるみ剥いじゃおうか。まずは一番大きな口を利いていた君からだ」
ソウタが冷徹な表情で、モモカに押さえつけられた男の元へ歩み寄る。その瞳には、かつて王城で国王たちに見せたのと同じ、一切の慈悲がない。
「て、てめえ! 俺たちを誰だと思ってやがる! こんな事をしてただで済むと思うなよ!」
男はソウタを睨みつけ、最後の賭けに出た。
「みんな! やっちまええええええ!! 草むらから出てきてあいつらを殺せええええ!!」
隠れていた仲間を呼び起こす絶叫。しかし、草むらから返ってきたのは、男たちの援軍ではなく、涼やかな声だった。
ガサガサと茂みが分かれ、そこに現れたのは、淡い緑色の髪をしたクロリスだった。彼女は手の中に、数人の盗賊を蔦でぐるぐる巻きにした状態で引きずっている。
「……みんなって、私のことですか?」
クロリスがニコニコと笑うと、背後の草むらからは、すでに戦闘不能になった盗賊たちが重なり合って転がっていた。それは、恐怖を通り越した圧倒的な静寂の光景だった。




