第65話 王都への行軍、噛み合わぬ大義
国王の執務室に、紙を破らんばかりの怒声が響いた。
「な、なななななななんじゃ、こりゃああああああああ! おい! リーキヤを呼べ、すぐにだ!」
駆けつけたリーキヤ公爵は、国王から突き出された「宣戦布告」の文面を読み、顔を青ざめさせた。
「なんと……ビーカルが謀反とは。しかもこの文面、もはや交渉の余地など残しておらぬ……」
(しまった……。王命を出せば従うと踏んだのが誤算だったか。このままでは回復薬が手に入らぬどころか、我が首も危うい……)
「リーキヤ、早急に討伐軍を編成せよ! 辺境を制圧し、ビーカルを討ち取れ!」
「陛下、どこにその兵がいるのですか! 前線に全ての兵を回しており、国内に動かせる部隊などございません」
二人は顔を見合わせ、途方に暮れる。その時、リーキヤの脳裏に一つの影が過った。
「陛下……領地に引きこもっているコトウハ公爵がおります。彼に討伐の命を下せば、不平不満も解消され、兵も出しましょう」
「成る程、コトウハか! それはいい。すぐに王命を下せ!」
彼らは知る由もなかった。そのコトウハ公爵こそが、ビーカルと手を組み、牙を研いでいた張本人であることを。
◇◇
一方、王都へと向かう馬車の中。ソウタは今にも泣きそうな顔でビーカルに詰め寄っていた。
「えええええ! ビーカルさん、王都襲撃なんてイヤですよ。俺は戦争反対ですってば!」
馬車にはコエザ、ライゴー、ナナミ、モモカ、クロリス、そして膝の上にはリャンゾウがいる。さらには、かつての王国最高戦力・コトウハ公爵まで同乗していた。
「やっとリーキヤの野郎を討てるチャンスだ。ここで立たなきゃ男が廃るぜ!」
コトウハ公爵は、これ以上ないほど晴れやかな笑顔を浮かべている。
「……はあ。コトウハ公爵、初対面で失礼ですが、人の命を奪うなんて嫌なんです。俺にはそんな大義なんてないし、王国の騎士たちだって命令に従っているだけの普通の人かもしれないのに……」
ソウタは本気で困り果てていた。どれだけ発展に貢献しても、結局は暴力で解決しなければならない現状が、たまらなく嫌だった。
「そう言うなよ、ソウタ。回復薬の提供と、最高戦力としての同行。お前がいないと始まらないんだ」
「ビーカルさんと護衛の騎士さんたちだけで行けばいいじゃないですかぁぁ!」
ソウタの悲痛な叫びをよそに、馬車の外ではコトウハ公爵の私兵千人が整然と王都へ向かっていた。コトウハにとって、これは王命を口実にした「正当なクーデター」への行軍である。
「ねぇソウタ、そんなに暗い顔しないで。私たちには回復薬という最強の武器があるわ」
ナナミが優しく肩に触れるが、ソウタの溜息は止まらない。
(大義名分なんて知らない。ただ、誰も傷つかずに済む方法があったはずだ……)
しかし、運命は加速していく。王都の城門はすぐそこまで迫っていた。
かつての英雄コトウハと、辺境の開拓者ビーカル、そして最強の採取士ソウタ。三者が揃った時、王国の歴史は血塗られた終焉を迎えることになる。
誰もが信じていた「正しい王」への期待は、今、冷たい冬の風とともに消え去ろうとしていた。




