第63話 招かれざる客と、静かなる嘲笑
門前で一触即発の空気が流れる中、現れた初老の男――執事長ハツルが、その場を支配した。
「……お待ちください」
ただそれだけの言葉だったが、シアウェル伯爵の護衛たちは、背筋を凍らせるほどの気圧に剣を抜くことさえ忘れて立ち尽くした。
「貴様は誰だ?」
シアウェルは虚勢を張って毒づくが、ハツルは優雅な所作で一礼し、一切の感情を見せない笑みを浮かべる。
「私はビーカル様の執事長ハツルでございます。閣下、お足元が冷えますゆえ、門をお通りください」
「……ふん、手間を取らせるな」
シアウェルは気圧されたことを隠すように、大袈裟に鼻を鳴らして馬車へ乗り込んだ。ハツルが馬に跨り、先導を開始する。
館の中へと進む間、シアウェルは馬車の窓から館の外観を蔑むように眺めていた。
(見窄らしい……! これが辺境伯の居城か? 王都の路地裏にある酒場の方がまだマシな外装だ!)
広間に通されると、彼は即座にわめき散らした。
「ハツル! 食事の前だ。今すぐビーカルを呼び出せ! 俺は王命を伝えに来ているんだぞ!」
「……畏まりました。ビーカル様にお伝えいたしますゆえ、こちらでお待ちください」
ハツルは一瞬、何事かを憐れむような――あるいは、哀れな獲物を見るような目をしてから、足早に去っていった。
「なんだ、あの失礼な視線は! しかもこの部屋の家具を見ろ、安物ばかりではないか! 貴族の客人にこんな粗末な環境を用意するとは、この地には礼節という言葉がないのか!」
シアウェルは豪華な調度品に囲まれて育った己のプライドを汚された気分になり、終始毒づき続けていた。
◇◇
暫くして、案内された先は広大な謁見の間だった。
一段高い領主の座に、ビーカル辺境伯が悠然と腰を下ろしている。シアウェルが歩み寄るのを、ただ静かに、射抜くような眼差しで眺めていた。
「何だ……?」
シアウェルは足音を止め、顔を歪めた。
「王命を告げる者は王の代理だ。代理が来たのに、座ったまま迎えるとは何事だ! 高い位置から見下ろすなど、何たる不敬! これだから礼儀を知らない田舎貴族は困る」
「全くです。公爵様にお伝えすれば、即座に領地没収されても文句は言えませんな」
追従する従者と二人で肩を並べ、傲慢に謁見の間を歩む。彼らは自分たちが、今まさに「踏み込んではならない領域」に足を踏み入れていることに気づいていない。
領主の座のビーカル辺境伯は、彼らの不遜な態度を見ても動じず、ただ口元に冷笑を浮かべていた。
それはこれから始まる「ざまぁ」の舞台に現れた、滑稽な道化師を眺めるかのような、静かな愉悦を含んだ笑みであった。




