第61話 無礼な特使、辺境の洗礼
辺境スギンビの領都に、場違いなほど煌びやかな馬車が乗り入れた。御者台から降り立ったのは、王都の流行をこれでもかと詰め込んだ派手な貴族服に身を包むシアウェル伯爵だ。彼はリーキヤ公爵の忠実な腰巾着であり、今回の「出兵要請」という名の恫喝を運んできた特使でもある。
「ふむ、やはり辺境だけあって田舎丸出しの街並みだな」
「いひひ、おっしゃる通りで。王都の華やかな街並みと比べれば、殺風景な土くれの集まりに過ぎませぬな」
痩せこけた従者が媚びへつらう。スギンビは開拓地だ。ビーカル辺境伯は、住民の住居確保と経済の安定を最優先しており、無駄な装飾や芸術品に金をかける余裕などない。質実剛健を旨とするビーカルにとって、街は「機能」するものであり、シアウェル伯爵のような宮廷貴族が求める「雅」とは無縁の世界だった。
「一刻も早く立ち去りたい場所だ。さっさと用を済ませて帰るとしよう」
「シアウェル様、すでに日は暮れかけております。今から領主の館へ行っても、面会が叶うかは……」
「関係ない。こちらは王命を持ってきているのだ。緊急の事態と言えば、深夜だろうと叩き起こしてでも会うのが筋というものよ」
シアウェル伯爵はニヤリと卑しい笑みを浮かべた。領主の都合など知ったことではないという慢心。彼は王命という錦の御旗さえあれば、辺境伯であっても自分には逆らえないと高を括っていた。
再び馬車に乗り込み、ビーカル辺境伯の居城へと向かう。道中、窓から見えた質素な屋敷を眺めて、シアウェルはせせら笑った。
「ははは! あれがビーカルの館か。随分と見窄らしい建物だな。あの堅物な辺境伯にはお似合いの粗末さだ」
やがて馬車は居城の門の前に横付けされた。
シアウェルは自分がこれから足を踏み入れようとしている場所が、単なる田舎の館ではなく、王国という巨大な船舶から離脱を決め、独立の火種を宿す「戦場」であることを微塵も理解していない。
門兵が冷ややかな視線を送る中、シアウェル伯爵は当然のように馬車から降りようとする。彼を待っているのは、王都の宮廷で行われるような、のらりくらりとした駆け引きではない。
かつてビーカル辺境伯が命を懸けて育てた地で、その誇りを侮辱された者たちの、静かなる怒りだった。
シアウェル伯爵のその傲慢な態度は、辺境の幹部たちにとって、「断固拒絶」という決断をより強固なものにするための、格好の材料でしかなかった。




