第55話 傲慢の代償、公爵の焦燥
都市メアサに戻ったウオハから報告を受けたメアサ男爵は、怒りのあまり執務机を粉砕した。
「何だとぉ! 平民上がりの田舎貴族がぁ! 都市一つしか持たぬ分際で、この俺を追い返すとは……! クッソーッ!」
執務室をのたうち回り、怒りの矛先をウオハに向けた。
ドカッ!!
「ぐふぅっ!」
腹を蹴り上げられ、ウオハは悶絶する。メアサは暴力で自身のプライドを保たねば気が済まないほど、追い詰められていた。
「行ってやろうじゃないか! 武力を見せつければ、あの老いぼれも恐怖でひれ伏すに違いない!」
メアサは軍を率いて都市ヤコイケへ強襲をかけた。しかし、ヤコイケの門は固く閉ざされ、籠城の構えを見せている。
「ヤコイケェェーッ! 門を開けろ!」
城門の上から、老騎士・ヤコイケ子爵が冷ややかに見下ろした。
「なんだ、メアサ。何の真似だ」
「貴様ぁ! その門を開けろと言っている!」
「お前、自分の立場を忘れたか? 爵位が上の儂に、その無礼な口の利き方は何事だ」
「うるせぇ! 俺がリーキヤ公爵の名代だと知って言っているのか!」
「知らん。初めて聞いたな」
ヤコイケの騎士は少なく、今攻めれば勝てるかもしれない。しかし、老騎士のあまりに泰然自若とした態度に、メアサの心に小さな「疑念」が芽生える。
「ヤコイケ、今すぐ門を開けて回復薬を渡せ! 泣いて謝れば許してやらなくもないぞ!」
「がっはっは、まるで強盗だな。兵を挙げて無断で領内に侵入した時点で『騒乱罪』だ。門を破り民を傷つければ『内乱罪』で爵位剥奪、領地没収。貴様が公爵の名代と宣言した以上、公爵本人にまで罪が及ぶが、その覚悟はあるのか?」
「うっ……そ、それは……! いや、あれは私の独断だ! 公爵様は関係ない……ッ!」
メアサの声が急速に萎んでいく。ヤコイケ子爵は冷笑した。
「爵位も儂より下の男爵ごときが、何を要求する。とっとと失せろ! 武力で脅せば言うことを聞くと思ったか? 愚か者め!」
「くっ……覚えてやがれぇ!」
すごすごと退却するメアサの背中を、老騎士の高笑いが追い越していった。
◇◇
数週間後、リーキヤ公爵の執務室。
「馬鹿者ぉッ!!」
ドカッ!! という鈍い音と共に、報告に訪れたメアサが床を転がる。
「貴様、何をしてくれた! ヤコイケから『領地襲撃』の告発が王家に届いているぞ!」
「そ、それは、回復薬を売らないので脅しをかけただけで──」
「煩い!」
ドカッ!!
さらなる追撃の蹴りがメアサの鳩尾をえぐる。
「全部分かっている! ヤコイケ側からは、貴様が公爵の名を騙って脅迫する様子が、録画魔道具で完封されているのだ。言い逃れは出来ん!」
「えっ……ま、まさか、あの罠だったのか……!?」
メアサは青ざめた。兵を挙げて脅したのは自分だが、そのすべてが完璧な罠として機能していた。
「儂まで騒乱罪の共犯として告発される始末だ。儂への疑いは揉み消したが、貴様一人を切り捨てれば済む話だ。……騒乱罪により、爵位剥奪、領地没収とする!」
「そ、そんなぁ……! 助けてください、リーキヤ公爵様ぁ!」
「連れて行け!」
泣き叫ぶ元男爵は、力ずくで引きずり出されていった。
残された公爵は、苛立ちを隠せない。
「ちっ……回復薬の要望が軍部から殺到しているというのに、拒否権のない状況だ。何とかせねば、我が領地も、軍の信頼も崩壊する……!」
奪うことしか頭になかった傲慢な者たちが、自ら作り出した泥沼に沈んでいく。
都市メアサの崩壊は、まだ始まったばかりであった。




