第53話 空っぽの玉座と、メアサの慢心
ビーカル伯爵の居城、その地下会議室には都市ビーカルとヤコイケの全ギルド長、そして主要な幹部たちが集結していた。転封命令という理不尽な暴挙に対し、彼らの怒りは頂点に達していた。
「クソッ、ここまで俺たちが汗水垂らして発展させた街だぞ! それを公爵如きにくれてたまるか!」
「連中には、一滴の油も、一房の薬草も残してやる必要はない!」
「やってくれたな……この倍返し、きっちり受け取ってもらうぞ!」
怒号が飛び交う中、計画は淡々と、かつ迅速に進められた。
リーキヤ公爵が手に入れることになるのは、もはや「価値のない抜け殻」である。全住民の移住、全ギルドの機能移転、そしてあらゆる物流ルートの遮断。ビーカルからスギンビへの引越し作業は、軍事作戦並みの速度で完遂された。
辺境の地スギンビでの生活が始まる。
ビーカル辺境伯は敵国と対峙する最前線に都市を築き、ソウタは魔の森のすぐ傍に新たな都市を設立した。クロリスとナナミの手によって、ヤコイケから持ち込まれた薬草たちは即座に根付き、かつてない勢いで増殖を始める。
ソウタの打ち出した策はシンプルかつ強力だった。
「この都市で採れる素材を売れば大儲けできるし、回復薬は格安で提供する。命を懸ける冒険者にとって、これ以上の楽園はないだろう?」
その言葉通り、スギンビには冒険者がこぞって集まった。回復薬という最大の安全保障を手にした彼らは、魔の森へ果敢に挑み、莫大な富をスギンビにもたらした。
一方、ビーカル辺境伯も負けてはいない。広く募った兵士たちに徹底した訓練を施し、回復薬を惜しみなく使用させることで、王国内でも類を見ない精強な騎士団を育て上げた。
当然、ヤコイケ印の回復薬はスギンビ領内の消費と供給で完結するようになり、外の市場からは完全に姿を消した。
◇◇
数ヶ月後、ビーカルの旧都市に乗り込んできたのは、リーキヤ公爵の側近・メアサだった。彼は新任の男爵として、大いなる野望を胸にこの地に降り立った。
「……何だか随分と閑散とした都市だな」
「そうですねぇ……。空き家が多く、商会の姿もまばらです」
従者の報告を聞いても、メアサの笑みは消えない。
「イッヒッヒ、空き家かぁ。ビーカルも愚かなものだ。これら全てを領主権限で没収し、リーキヤ領の商人たちに格安で叩き売ってやろう。ダンジョンと回復薬さえあれば、商売など放っておいても潤うからな」
「なるほど、それは儲かりますね!」
メアサは居城のバルコニーに立ち、寂れきった街並みを見下ろした。彼はここに、「黄金の卵」がまだあると信じている。
「この都市を足掛かりとして、私の成り上がりが始まるのだ。今日からこの都市の名前は『都市メアサ』。歴史に名を刻んでやる!」
「おめでとうございます、男爵様!」
「うむ、俺についてこい! 栄華は約束されたも同然だ!」
メアサは満足げに笑った。
しかし、彼が没収しようとしているその「空き家」には、もう住むべき人々も、潤うための商売も存在しない。
彼が手に入れたのは、かつての繁栄の残滓と、ただ静寂だけが支配する無価値な箱庭だった。
皮肉にも、メアサの「栄華」が崩れ去るための舞台は、完璧に整えられていた。
これから彼を待っているのは、薬草一つ手に入らず、冒険者からも見捨てられた都市で、己の無能を突きつけられる惨めな日々である。
ざまぁの序章は、メアサが夢見た「都市メアサ」の旗が掲げられた瞬間から、すでに鳴り響いていた。




