第50話 切り捨ての策略と、記憶の断片
重苦しい沈黙の中、コエザが核心を突く。
「問題はソウタの今後じゃ。転封の辞令はビーカル家にのみ下る。ソウタ……ヤコイケ子爵はどうなるのじゃ?」
ビーカル伯爵は苦々しげに顔を歪めた。
「当然、俺はスギンビへ向かう。だがソウタは、形式上は我が寄子でありながら、領地たるヤコイケは今のまま留め置かれる……いや、そう仕向けられるはずだ」
リーキヤ公爵の狙いは明白だった。ソウタという「金の卵を産むガチョウ」を切り離し、回復薬の利権をビーカル家から収奪すること。
「距離が離れれば、今までビーカルの商人が行っていた流通をリーキヤが握る。売り先を制御し、ヤコイケの富を全て公爵家の懐に吸い上げる算段じゃな」
コエザの冷徹な分析に、ビーカル伯爵は深く頷いた。
「俺がスギンビへ発てば、平民上がりの子爵など、あの公爵にとっては赤子の手をひねるようなものだろう。……ソウタ、権謀術数の渦中に一人残すのは、俺も心苦しい」
(えええええ! ちょっと待ってくれ! 俺が一人で政争に巻き込まれるなんて、絶対に御免だよ!)
ソウタは焦りを隠せず、即座に口を開いた。
「いえ、僕はビーカル様と共にスギンビへ行きます」
「何を言う、ヤコイケの領地はどうするつもりだ?」
「家督を譲りますよ。誰か適当な人に」
会議室に驚愕が走った。爵位や領地を「誰でもいい」と言い放つソウタの感覚は、貴族の常識からはあまりに逸脱している。
「辺境には他国やモンスターがいる。回復薬は絶対に必要になるはずです。なら、ヤコイケを丸ごと畑ごと、辺境へ引っ越せばいい」
その言葉を発した瞬間、ソウタの脳裏に、かつてプレイしたゲームの記憶が雷光のように走った。
(……待てよ。ヤイムラ王国って、勇者が出国した後に『鉄鼠』の群れに荒らされるイベントがなかったか?)
鉄鼠……。そうだ、そのボスが誰だったか――。
(あのライゴーだ! 大司教の皮を被っていたけど、正体は『鉄鼠』を操る魔物の親玉だった……!)
顔を思い出せば、あの慈悲深げな笑みすら、すべては王国を怨み、崩壊させるための仮面に思えてくる。
(あいつは、イテンダ教という王国最大勢力に嵌められたという設定だったはず。つまり、王国が内側から腐っていくのがこのシナリオの序盤だ……!)
「おい、ソウタ! またボーッと考え事をしておったな」
ビーカル伯爵の声に、ソウタはハッと現実に引き戻される。
「あ、ああ……すまない。家督を譲る相手の選定はコエザさんに任せるよ。誰でもいい、信頼できる奴なら」
「はぁ、全く。お主というやつは……」
コエザは呆れつつも、その瞳にはどこか楽しげな光があった。
「分かった。叙爵を斡旋した責任として、その後始末は引き受けよう。……回復薬でたらふく稼がせてもらったしな」
ビーカル伯爵も苦笑して頷く。
政治の盤上でコマとして動かされそうになったソウタだったが、その発想の斜め上をいく決断によって、リーキヤ公爵のシナリオは根底から崩れ去ろうとしていた。
ビーカル領からの脱出、そして辺境という新たな地への移住。
ソウタは知らぬ間に、ライゴーという大物魔物が潜む王国の「内乱」の渦中へと、自ら足を踏み入れようとしていた。
――ただし、その背には『豊穣の杖』と、最強の相棒たちが控えている。
嵐の予感を感じながら、ソウタは静かに次の準備を整え始めた。




