第49話 迫る悪意と、辺境への宣告
ヤイムラ王国。小国ゆえに周辺諸国との緊張が絶えないこの国において、ソウタたちの住むビーカル領は、ある種の「特異点」となっていた。
ヤコイケ印の回復薬が国軍に正式採用されたことで、戦線は拡大の一途を辿り、それに比例するようにビーカル領とヤコイケ都市は空前の好景気に沸いていた。だが、光が強ければ影もまた濃くなる。
隣領を治めるリーキヤ・ドバ公爵にとって、それは看過できない事態だった。
「冒険者上がりの成金めが……! ダンジョンの素材独占だけでは飽き足らず、回復薬まで荒稼ぎしおって……」
歪んだ顔で舌打ちをする公爵の傍らで、側近のメアサ・ダアが冷たい笑みを浮かべる。
「公爵閣下、ビーカルはどこの派閥にも属さぬ平民上がりの田舎領主。やりようはいくらでもございます。我らでその領地、丸ごと収奪してしまいましょう。イッヒッヒ」
「ふむ……何か良い手があるのか?」
「ええ、とっておきの罠がございます」
二人の醜悪な笑い声が、領主館に響いた。
◇◇
数ヶ月後、ソウタとコエザはビーカル伯爵の居城に呼び出されていた。
伯爵の表情は険しく、会議室の空気は氷のように冷え切っていた。
「伯爵、火急の用事とは如何なることか」
コエザの問いに、伯爵は力なく肩を落とした。
「……リーキヤ公爵に嵌められた。国王より『転封』の命が下った」
「転封?」
ソウタは首を傾げる。貴族の政争に疎い彼には、その言葉の重みがすぐには理解できなかった。
「領地替えだ。今のビーカル領を明け渡し、別の土地へ移れという命令だよ」
「そんな馬鹿な! 私たちがここまで発展させたこの街を、今さら捨てるなどと!」
ソウタは戦慄した。積み上げた畑、完成した都市機能、そこに住む人々。すべてが他人の手に渡るというのか。
「形の上では『ダンジョン運営と回復薬開発の功績に対する褒美』だが、裏があるのは明白だ」
「で、転封先はどこなのですか」
「……スギンビだ」
その名を聞いた瞬間、コエザが険しい顔で眉をひそめた。
「辺境中の辺境ではないか。ダンジョンのノウハウを活かして王国を守護せよ、だと? 防衛費と維持費で赤字になるのが目に見えているわ」
伯爵は自嘲気味に笑う。
「国王は本気で俺を評価してくれているんだ。だからこそ始末に負えん。辺境伯という新しい爵位まで付けて、な」
「辺境伯……侯爵と伯爵の中間程度の、王国初の爵位ですか」
「そうだ。断れば王命への背信。俺は、この愛着あるビーカルを失うことになる」
そして、その空いた席に座るのは、当然のごとくリーキヤ公爵だった。
ソウタは溜息を隠せなかった。
(……貴族って、本当に面倒くさいな)
必死に努力して築き上げた成果が、大物貴族の嫉妬と政争で簡単にひっくり返される。そんな理不尽を目の当たりにし、ソウタの胸には静かな怒りと、それ以上に深い「貴族社会への嫌悪」が渦巻いていた。
「スギンビ、か。……コエザさん、辺境ってどんな場所なんですか?」
ソウタは冷静に問うた。もはや驚きは薄い。
もし力ずくで奪われるのなら、その辺境とやらで、またゼロから作り直すまでだ。今度は、誰にも邪魔されない場所で。
ソウタの採取士としての血が、新たな「開拓」への覚悟を静かに燃やし始めていた。




