第5話 勇者の理屈と、母親の病と、オーク討伐の誘い
ソウタが放った「ドロボー!」という叫び声は、静かな村の空気を切り裂いた。異変を察知して駆けつけたソウタの母親によって、ユウキの悪行は白日の下に晒された。
問い詰められたユウキは、まるで「面倒なフラグが立った」と言わんばかりの態度で、ぶつぶつと文句を言いながらポケットから盗んだ小銭を返した。しかし、その瞳に反省の色は一切ない。
彼にとって、このヤコイケ村は攻略すべきゲームの序盤ステージであり、他人の家にあるタンスを漁るのは、プレイヤーとして当然の権利だと思い込んでいるのだ。
「おっかしいなぁ? ゲームの仕様通りなら問題ないはずなのに」
そう呟くユウキの耳を、母親は容赦なく引きちぎらんばかりの勢いで掴み上げ、強制的に彼の両親のもとへ引き渡した。
事態はそれで終わらなかった。ユウキが村中の家を無差別に巡り、あらゆる物品を「回収」していたことが判明したのだ。極めつけは村長の家にあったはずの『秘蔵の剣』が、こともあろうにユウキの部屋から発見されたことだった。
村長は烈火の如く怒り狂った。もっとも、そんな高価な剣を子供に奪われるような場所に保管していた村長の管理能力にも疑問符がつくが、そんな突っ込みを口にできる雰囲気ではなかった。
ユウキの両親は顔面を蒼白にしながら、村中を駆け回って頭を下げ続ける羽目になった。しかし、肝心の本人であるユウキは、「なんだかこの世界のゲーム仕様、難易度が高すぎないか?」と、どこまでも的外れな不満を抱くだけだった。
(こんな奴に、世界の命運を任せなきゃいけないのか……不安しかないぞ。本当に魔王を倒せるのか? 仮に倒せたとして、その後のこの世界がどうなるか想像するだけで恐ろしい。俺TUEEEと叫んで、ヒャッハーする未来しか見えない……。とにかく、関わらないのが一番だ)
ソウタは深く溜息をつき、関わり合いを避けることを心に誓う。額には、あの時ユウキに刻まれた傷痕が、消えない痛みとして残っていた。
◇◇
それから数年。ソウタの日常は穏やかに、しかし確実に変わりつつあった。
額の傷も癒え、モブとして平穏に暮らしていたある日のこと。最愛の母親が病に倒れた。
ソウタは懸命に看病を続けた。錬金術師のおばばにも懇願し、診察してもらったが、病状は好転するどころか悪化の一途を辿るばかりだ。家計は火の車となり、ソウタは幼い身体で森へ向かい、母親の代わりに薬草を採取して日銭を稼ぐ毎日を余儀なくされた。
そんなソウタを支えてくれたのは、近所の幼馴染であるナナミだった。彼女は頻繁に森へとついてきては、ソウタから教わった薬草の知識を吸収し、健気に採取を手伝ってくれている。彼女の明るい笑顔だけが、今のソウタにとって唯一の救いだった。
ある日のこと。森の奥で、かつてないほど強くなった勇者の姿を目撃した。
ユウキはショートソードを手に、スライムだけでなく、かつてソウタを追い詰めたゴブリンの群れをも一人で薙ぎ払っていた。流れるような剣筋、迷いのない一撃。
(……レベルが上がっているのか。あんなに強くなっているなんて)
かつての殺意に近い恐怖は薄れ、今はただ、圧倒的な「才能の差」への羨望だけが胸を刺す。自分にはない力。俺が戦闘スキルさえ持っていれば、母さんを助けるためのもっと高価な薬草も採れたのかもしれない。
そんな複雑な思いで勇者の背中を見つめていたとき、背後から不意に声がかかった。
「おい、ソウタ。森の奥にオークが出たらしいぞ」
振り返ると、そこには不敵に笑うユウキがいた。
「討伐するからついてこい。俺のレベル上げに付き合えよ」
それは誘いというよりも、強制に近い響きを帯びていた。ソウタは言葉を失い、ただ目の前の勇者の、傲慢な表情を見つめることしかできなかった。




