第40話 精霊との契約、採取士の新たな相棒
先ほどまでの気恥ずかしさは、未知への高揚感によってかき消された。ソウタは気を取り直し、リャンゾウから溢れる魔力を杖の柄へと伝導させる。手の中に握られた『豊穣の杖』が緑色の燐光を放ち、杖先から放たれた波動がボス部屋奥の大木を飲み込んだ。
「──枯れろ!」
刹那、数百年もの時を刻んできたかのような大木が、枯れ葉を散らすこともなく、砂のように音もなく崩れ去った。背後の壁が消失し、そこには隠されていた地下へと続く螺旋階段がその姿を現した。
(よし! 記憶通りだ。この『裏ルート』を知っている者は、世界広しといえど俺一人かもしれないな)
この部屋の発見こそが、『豊穣の杖』の真価を解放する唯一の鍵なのだ。ソウタは鼓動を早めながら、リャンゾウと共に階段を降りた。
たどり着いたのは、外界からは完全に隔絶された十二畳ほどの小空間。そこは、地下であることを疑うような、生命の源泉とも呼べる場所だった。天井からは柔らかな光が降り注ぎ、無数の花が咲き乱れ、芳醇な森の息吹が肺を満たす。
その中央、複雑に捻じ曲がった大木が自然の玉座と化した場所に、彼女はいた。
豊かな肉体を包む緑の葉のドレス。母性を感じさせる慈愛に満ちた瞳。迷宮の支配者、木の大精霊フローラだ。彼女は侵入者の気配に目を開き、その神秘的な貌を驚きに染めた。
「あら……? 人間……しかも、こんな場所まで。なぜここに来たのかしら? 何千年と精霊の魔法で隠蔽を施し、誰にも探知されないはずの場所なのに」
フローラは不思議そうに小首をかしげ、ソウタの隣に立つリャンゾウに視線を止めた。
「その隣にいる雷獣の子……初めて見るわね。でも、雷獣であってもこの場所を特定するのは不可能なはず……」
彼女の鋭い問い詰めに、ソウタは努めて平静を装い、短く答える。
「……それは、秘密です」
「ふふ、人間は本当に不思議ね。面白いわ」
ソウタは緊張で汗ばむ手を、豊穣の杖を握ることで誤魔化した。
「フローラ様、ここに人が到達した場合、木の精霊の加護が授けられるという言い伝えがある。それを求めて参りました」
「あら、それを知っているの? 随分と博識な男爵様ね」
(よし、会話は順調だ! ゲーム通り、加護を得る条件を満たしている……!)
ソウタの心臓は高鳴る。ただ単に加護を得るだけではない。真の狙いはその先にある。
「ただの加護ではなく、木の中級精霊ドリアードを……その、私と契約させてもらいたい」
言い終えてから、言葉の選び方が拙かったかと冷や汗をかく。だが、フローラは慈愛に満ちた笑みを崩さなかった。
「……なるほど、貴方はドリアードとの契約を望んでいるのね。いいわ、貴方という魂に触れて、その誠実さを感じたわ。名を名乗りなさい」
「ソウタです」
「ソウタ、貴方の願いを受け入れましょう」
フローラがしなやかな腕をかざすと、空間全体が光に包まれた。聖なる魔力が、春の陽光のように温かく、キラキラと輝きながらソウタの頭上に降り注ぐ。
「ドリアードよ、古の契約の絆の下に。ここにいるソウタと縁を結び、その背を支え、共に歩みなさい」
「畏まりました」
光の粒子が収束し、ソウタの目の前に一人の少女が姿を現した。若葉のような明るい緑の髪、木の葉の模様を織り込んだ質素だが美しい服。それは、迷宮の深い緑を擬人化したような、可憐で清廉な精霊だった。
数多いる精霊の中でも、木の精霊は唯一にして至高。自己中心的になりがちな他属性の精霊とは異なり、彼らは従順で、主人の願いを己がことのように汲み取る。採取士という道を歩むソウタにとって、これ以上の相棒は存在しない。
「俺はソウタ。これからよろしく頼むよ。……君の名前を教えてくれないか?」
少女は少しはにかむように微笑み、一歩前に進み出た。
「私はクロリス。ソウタ、こちらこそよろしくね」
クロリスが差し出した小さな手を取り、ソウタは深く息を吐いた。
ただの採取士から始まった旅路は、今、最強の相棒を得て、新たな段階へと踏み出した。ダンジョンマスターの部屋を出た先には、ソウタがまだ知らない、広大な未来が待っているはずだ。




