第36話 迷宮の深淵へ、独り歩む採取士
迷宮の森は、進むほどにその表情を変えていく。テロツたちがコボルトやグリーンスライムを相手に、着実に連携を深めていくのを見届け、ソウタは満足げに頷いた。
「よし、あの子たちなら当分は大丈夫だな。ヤフジさん、カモリナさん、あとは頼みます」
「任せておけ、坊主。安全第一でな」
「……無理はしないでね。何かあったらすぐに戻ってくること」
ナナミの心配そうな視線を背中に感じながら、ソウタはリャンゾウを連れて迷宮の奥へと足を踏み入れた。
二手に分かれたメンバーと距離が離れると、ソウタは足早に迷宮の最深部を目指した。ここからは「採取士」ではなく「探索者」としての動きだ。
(地下10階か……。ゲームの記憶だと、この『翠露の迷宮』は初心者向けのダンジョンだった。今の俺なら、リャンゾウと一緒なら大した脅威はないはずだ)
地下1階から地下2階への階段を見つけるため、ソウタはリャンゾウと共に森の中を直進する。リャンゾウの鋭い聴覚と嗅覚が、モンスターの気配を先読みし、一切の無駄な戦闘を回避させる。
ふと、ソウタは立ち止まり、鑑定ゴーグルで周囲をスキャンした。
(地下1階の構造は、やはり記憶通りか。入り口から一番遠い壁際に、地下へ続く階段がある)
ダンジョン攻略の常識を無視して、ただひたすらに下層を目指すその背中は、かつての「草毟り」とは別人のように迷いがなかった。
「リャンゾウ、もう少しだ。次の階層に行こう」
『キュイッ!』
リャンゾウが頼もしく鳴き、ソウタを先導する。階段を下りるごとに空気が変わり、モンスターの気配も僅かながら強くなっていく。しかし、ソウタには迷いがない。彼には『豊穣の杖』を手に入れるという明確な目標があるからだ。
(もしあれが、採取量や薬草の成長を早める効果があるなら……。俺たちのギルドにとっては、喉から手が出るほど欲しい逸品になるはずだ)
地下3階、4階……。ソウタは淡々と階層を駆け下りていく。
道中で遭遇するモンスターも、今のソウタとリャンゾウの敵ではない。リャンゾウが放つ雷光が、襲い来る魔物を一瞬で無力化する。
(よし、このペースなら、半日かからずに最深部に到達できるぞ)
ソウタは手に入れたばかりの鑑定ゴーグルの表示を確認し、地図データを頭の中に構築していく。かつての攻略情報が、少しずつ鮮明な現実としてソウタの手の中に集まっていく。
彼が去った後の地下1階では、ナナミたちが驚くほどの効率で薬草を採取し始めていた。ソウタが「先へ進む」という選択をしたことで、採取士ギルドは「迷宮資源の管理と攻略」という、二つの大きな役割を同時に担い始めていたのである。
地下6階へ続く階段を前に、ソウタは小さく笑みを浮かべた。
「さあ、ここからが本番だ。リャンゾウ、いこうか」
男爵の肩書きも、ギルドの看板もここにはない。ただの採取士ソウタが、ゲームの知識と相棒と共に、迷宮の最深部へと加速していく。




