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【ブラッシュアップ版】 モブキャラ異世界転生記~モブキャラに転生しちゃったけど従魔の力で何とかなりそうです~  作者: ボルトコボルト


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第3話 始まりの村の日常と、勇者という名の理不尽

 転生してから数年、ソウタの日常は驚くほど平坦だった。チート能力もなく、魔法の才能もない。それでも、前世で二十年を生き抜いた精神年齢だけは、この小さな身体に不釣り合いなほど達観している。


 近所の幼馴染、ナナミとの「おままごと」は、ソウタにとっての数少ない癒しの時間だった。ナナミはソウタより一つ年下で、母親同士が顔見知りであることから、よくこうして庭で遊ぶことになる。子供相手なら緊張もせず、むしろ大人としての余裕すら感じながら遊んでやれる。


「ただいまぁ。今日も疲れたよ」

 ソウタは、仕事帰りの父親という設定を演じ、大げさに肩を叩きながら庭に戻る。


「あなた、お帰りなさい。あら……お願いしていた食材は買ってこなかったのね。これじゃあ今夜の一品が足りないわよ」

 ナナミもまた、幼いなりに母親の役を板に付いた様子で演じている。その真剣な表情が微笑ましい。


「ああ、買い物しようと町まで出かけたんだけど、財布を忘れてしまったみたいでね。愉快だろう? みんなも小犬も、俺のうっかりに笑っていたよ」


 ソウタは自然と口から出たフレーズに、心の中で懐かしいメロディを奏でる。ルールルルルーと軽快な歌を脳内で再生しながら、のどかな午後のひと時を堪能していた。


「……ナニソレ? ソウタ、変なこと言ってる」


 首を傾げるナナミに、苦笑する。子供というのは、こうした独特の感性を持っているものだ。平和だ。このまま何も起きなければ、モブキャラとして一生を終えるのも悪くないかもしれない。


 そう思った直後だった。背筋にゾクりとするような、冷ややかな視線を感じた。


 庭の隅、隣家との境界を隔てる塀の隙間。そこから、ぎらついた視線がこちらを凝視している。


(勇者だ……)


 物語の主人公であり、後にこの世界を救うことになる少年。名前はユウキといったか。村の誰もが特別視し、腫れ物に触れるように扱うあの少年が、なぜか塀の陰から俺たちを睨んでいる。


「よう、ユウキ。そんなところで見てないで、こっちに来たらどうだい。一緒におままごとをしようぜ」


 ソウタはあえて、屈託のない笑顔で声をかけた。自分は元二十歳。同い年とはいえ、目の前のユウキがただの幼稚な子供にしか見えないからこそ、余裕のある態度が取れる。


「はぁ? てめぇ、何でそんな上から目線なんだよ。俺を舐めてんのか?」

 庭の入り口を蹴り飛ばすようにして、ユウキが現れた。右手に握られているのは木剣。まだ幼い少年が振り回すには、あまりにも殺伐とした光景だ。


(随分と態度が悪いガキだな……。これが後に世界を救う勇者なのか?)


「まあ、そう硬くなるなよ。俺たちを見てたんだろ? 仲間外れなんて悲しいだろ、入りなよ」


「誰がそんな女の遊びをするかよ! お前も男なら、剣の練習くらいしろ!」


(青い猫型ロボットの漫画に出てくる、あのジャイ〇ンだって隠れ趣味はおままごとだったぞ……男のロマンを否定するなよ)


 内心で悪態をつきつつ、ソウタは穏やかに首を振った。


「悪いが、剣の練習なんて興味ないね。俺は戦うのが苦手なんだ。今はナナミと遊ぶので忙しいんだよ」


「……はぁ? そんなガキ、放っておけよ! 俺が特別に、最強の剣の使い方を教えてやる」

 ユウキは有無を言わせぬ勢いで、ソウタに向かって木剣を投げつけてきた。空を切る鋭い音。反射的にキャッチしたが、その剣をすぐに投げ返す。


「だから、やらないって言ってるだろ」

 ソウタの淡々とした拒絶に、ユウキの眉間に皺が刻まれる。殺気にも似た苛立ち。どうやら、自分の思い通りにならないことに我慢がならない性格のようだ。


 その時、二人の間にナナミが割り込んだ。

「ちょっと! アタシがソウタと遊んでるんだから、邪魔しないでよ!」


 彼女はソウタを守るように、小さな両手を広げてユウキを睨みつける。だが、勇者の苛立ちはもはや制御不能だった。


「はぁ? 退け!」

 突き飛ばされたのは、非力なナナミだった。彼女は地面に叩きつけられ、痛みに目を潤ませる。


「きゃあ!」

「えーん、えーん……っ!」

 地面に泣き伏すナナミを見て、ソウタの中で何かが切れた。これはただのいじめではない。理不尽な暴力だ。


「うるせい!」

 ユウキが叫び、木剣を高く掲げた。泣き叫ぶナナミに向かって、ためらいもなく振り下ろそうとしている。子供の遊びの範疇を超えた、凶暴な一撃。


「危ない!」

 思考よりも先に、身体が動いていた。ソウタはナナミを突き飛ばし、自らの背中で彼女を庇った。


 ガツン、と嫌な音が鼓膜を震わせた。


 額に走る激痛。視界が急速に赤く染まり、世界が明滅する。強烈な衝撃に、ソウタはたまらず膝から崩れ落ちた。地面に滴り落ちる、熱い血の匂い。


「ちっ、寸止めだったのに。急に出てくるから当たっちまったじゃねぇか」

 遠のく意識の中で、ユウキの冷めた声が聞こえた。


「俺は悪くねえからな。NPCの分際で、いちいち生意気なんだよ」

 NPC。その言葉が、ソウタの胸に突き刺さる。こいつの中では、自分もナナミも、ただの背景に過ぎないのか。勇者という称号の裏側にある、傲慢な歪みに戦慄する。


「ソウタ! ソウタ、しっかりして! 死なないでよ、えーん……っ!」

 泣き叫ぶナナミの温かい手が、ソウタを抱き締める。その震えが、ソウタの指先に伝わってくる。


 一方、ユウキは不愉快そうに顔をしかめ、自分の家に背を向けて去っていった。その足取りには、罪悪感の欠片も感じられない。


 地面に横たわり、滲む血の冷たさを感じながら、ソウタは深く悟った。


(そうか……これがこの世界の『勇者』の正体か。こいつらに正義を期待するだけ無駄だ)


 痛みは激しい。しかし、それ以上にソウタの胸に刻まれたのは、この理不尽な格差に対する強烈な怒りと、絶対に屈しないという渇望だった。


 死の淵に近い意識の中で、ソウタは微かに笑う。


 モブである俺たちを、NPCと蔑む者たちへ。いつか必ず、この身を以て、俺という存在を叩きつけてやる。そんな歪んだ執念が、ソウタの魂に静かな火を灯し始めていた。

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