第22話 「草毟り」の不在と、崩壊する物流
コエザの屋敷に身を寄せたソウタは、リャンゾウと二人、広い一室で呆然としていた。
「いいかソウタ、しばらくの間はここで大人しくしておくのじゃ。冒険者ギルドへの報告と手続きはすべて妾が片付けてきた。お主の安全は妾が保証する。宿には戻らぬ方がいい」
「……ありがとう、コエザさん。でも、本当にこんなことまでしてもらって……」
「礼には及ばぬ。それに、お主が採取してくる薬草がなくては、妾の工房も困るからのう」
コエザはニヤリと笑ったが、その瞳は怒りに燃えていた。街を牛耳るはずの冒険者ギルドが、卑劣な虚偽の報告を信じ、聖獣を襲うような愚を犯したことに対する、賢者なりの報復の一歩でもあった。
ソウタが姿を消して数日が過ぎた。
都市ビーカルの冒険者ギルドには、かつてない悲鳴が響き渡っていた。
「何だってぇ! 回復薬の在庫がゼロだと!?」
「冗談じゃない! これじゃあ依頼なんてこなせるかよ!」
中ランク、高ランクの冒険者たちが受付で怒号を浴びせている。ソウタが大量に、しかも最高品質で納品していた薬草が途絶えた結果、街の回復薬供給網は完全に麻痺していた。ソウタという安定供給源に甘えきっていた錬金術師たちも、今さら重い腰を上げようにも、手遅れだった。
さらに悪いことに、コエザが根回しをしたことで、冒険者ギルドへの薬草供給は事実上ストップしていたのだ。
受付カウンターでは、カマルカが責任転嫁に必死だった。
「全部『草毟り』が悪いのよ! 自分勝手に採取をサボって姿をくらませたのよ!」
しかし、その言葉はもはや空虚だった。Aランク冒険者のドアサ・ヒフーが、ギルドの床を震わせて歩み寄る。その瞳には、回復薬を絶たれた殺気が宿っていた。
「おい、そこら辺の低ランクども! お前ら、今すぐ薬草採取に行ってこい!」
怒鳴られた低ランク冒険者の一人が、引きつった笑みで言い返す。
「ドアサさん、俺たちはモンスターを狩るのが仕事で……薬草採取なんて『草毟り』の──」
その言葉が終わるよりも早く、ドアサの重い蹴りが彼の腹部を打ち抜いた。
「グダグダ言ってんじゃねえ! 回復薬なしでどうやって狩りに行くんだよ! さっさと行ってこい!」
高ランク冒険者たちの殺気に押され、低ランクの冒険者たちは逃げ惑うようにして門の外へと駆り出された。
しかし、それはさらなる悲劇の始まりだった。
数年もの間、採取をサボり、ソウタを馬鹿にしてきた彼らに、適切な採取場所などわかるはずもない。手当たり次第に草を引きちぎり、薬草と毒草を区別もせずバッグに詰め込む。結果として、近隣の森の薬草は根こそぎ枯死し、納品されるのは泥と腐敗臭にまみれたゴミだけとなった。
都市ビーカルの生命線は、一人の「草毟り」が消えたことで、驚くべき速さで崩壊しつつあった。
(皮肉なものじゃ。あ奴らが散々馬鹿にしていた『草毟り』が、どれほど貴重な存在だったか、骨身に沁みて理解することになるのじゃ……)
屋敷の窓から街の騒乱を静かに眺めるコエザの顔には、かつてないほどの冷徹な微笑が浮かんでいた。




