第19話 忍び寄る『狂鬼』の影と、勘違いの代償
冒険者ギルドの片隅で、卑屈な噂話が繰り返されていた。
「『草毟り』の野郎、Dランクに昇格したんだってよ」
「モンスターも狩れねえ癖に? どうせ受付のカモリナに色目を使って、特別扱いされてるだけだろ」
彼らは、ソウタという存在が許せない。自分たちが命を削ってモンスターの肉塊と格闘している横で、武器も持たず薬草を摘むだけのソウタが、着実に成果を出し、ギルドの評価を得ていることが面白くないのだ。
だが、事実は彼らの想像の遥か先にある。ソウタは採取の傍らでリャンゾウが狩った魔物を大量に確保しており、それをコエザや懇意の宿屋へ直接回しているだけだった。カモリナへの指名も、コミュ障ゆえの「この人以外とは話せない」という切実な理由からくるものだが、周囲にはそれが特別な関係に見えるらしい。
そんな中、一人の受付嬢からソウタに提案がなされた。
「ソウタくん、リャンゾウちゃんが狩れるなら、ゴブリンやコボルトを納品してみない? それだけでランクが上がるわよ」
ソウタは無造作にアイテムバッグを開き、コエザへ渡すためにストックしていたゴブリンとコボルトの魔石を、山のようにカウンターへ積み上げた。
「……これでいいの?」
「えぇっ!? モンスターも狩ってたの!? それなら早く言ってよ!」
カモリナの悲鳴のような驚きをよそに、ソウタは淡々と昇格手続きを済ませる。彼の関心はランクアップではなく、いかにして面倒を避け、平和に薬草を採取し続けるか。それ一点に尽きていた。
◇◇
その昇格から数日後。都市ビーカルの門を、疲れ切った五人の男たちがくぐった。Cランク冒険者パーティー『狂鬼』。
彼らはオークの群れとの遭遇という不運に見舞われ、依頼は未達成、収穫もゼロという散々な結末を迎えていた。
「ちぃ……腹が減って死にそうだ」
「今日は飯抜きかよ……」
荒んだ空気を纏う彼らの視線が、路地裏から歩いてくるソウタとリャンゾウに止まった。
「……ん? あそこにいるのは、『草毟り』じゃねえか」
リーダーの男が、歪んだ笑みを浮かべる。リャンゾウの実力を知らない彼らは、自分たちこそが森の秩序を守る上位者であり、ソウタはその庇護の下で楽をしている寄生虫だと信じて疑わない。
「おい、俺たちがモンスターを狩り尽くしてやってるから、あいつが安全に仕事できてるんだよな」
「だよな。俺たちが苦労して稼いでるっていうのに、美味しいとこだけ持っていきやがって」
「挨拶しても無視しやがる。Dランクに昇格して、調子に乗ってるんだよ」
彼らの論理は完全に破綻していた。ソウタが返事をしないのは単なるコミュ障であり、自分たちが苦労しているのは単に実力不足だからだ。しかし、飢えと疲労、そして何より「自分たちが上位であるはず」というプライドが、彼らの理性を塗りつぶす。
「なぁ、昇格のお祝いをしてやろうぜ。俺たちが苦労してやってることを、身をもって教えてやる必要がある」
夕暮れ時の街角で、『狂鬼』の五人はソウタに向けて、取り返しのつかない一歩を踏み出そうとしていた。
何も知らないソウタは、リャンゾウの頭を撫でながら、明日の採取ルートを念話で相談している。静かな日常が崩れ去るまで、あとわずかであった。




